2人が亡くなった町 大雨で田んぼを見に行く農家の本音とは

2人が亡くなった町 大雨で田んぼを見に行く農家の本音とは
その町では、4年で2人の男性が亡くなりました。

原因と見られるのは、大雨のとき、田んぼや水路の様子を見に行ったこと。同じ理由で亡くなる人は、全国で後を絶ちません。

なぜ、男性たちは命を落としたのか?
足どりを追うことにしました。

(社会部 災害担当記者 内山裕幾)

2人が亡くなった町 「都会の人には分からない…」

「都会の人には分からないかもしれないけれど…私は、気持ちがよく分かります」
私の取材にそう話してくれたのは、広島県北広島町に住む河内聰さん(69)です。
北広島町では、2017年と2020年、河内さんの知り合いの男性2人が、大雨で命を落としました。
2人とも、田んぼに続く水路の見回りに行って、亡くなったとみられています。

今回、農家の気持ちを知ってほしいと、取材に応じてくれました。

後を絶たない「田んぼを見に行って」被災

今回、私が取材を始めたのは、田んぼや水路を見に行き、亡くなる人が多いためです。

災害担当記者の私は、大雨が予想されるとき、原稿などで「用水路や川の様子を見に行かないでください」と呼びかけてきました。
それでも、亡くなる人は相次いでいます。
大雨で農地や水路を見に行って亡くなったと見られる人
78歳男性(2022年8月 岩手県一戸町)
80代男性(2021年8月 広島県東広島市)
51歳男性(2020年7月 長崎県対馬市)
こうした被害をなくすことはできないのだろうか。

今回、北広島町で2人が亡くなっていることを知り、その詳しい背景を取材することにしたのです。

亡くなった男性 「口数少ないけど責任感ある男」

北広島町は、人口1万7000ほどの町です。
町の高齢化率は40%近く(2020年時点)。空き家もあちこちにあり、訪れた地区の小学校は去年、廃校になっていました。

亡くなった2人は、いずれも当時67歳。
この町で、農家としては、「若手」だったと言います。

その1人、2017年7月に亡くなったのが、柳川周郎さん(当時67)です。

近所の人などによりますと、田んぼの水路や水門の見回りに出て、増水した川に流されたとみられています。
「物静かで口数は少なかったけど、責任感のある男だったよ」
そう話してくれたのは、柳川さんのいとこの河内聰さんです。子どものころから知った仲でした。

地域の役職も共にしていて、仕事をきっちり果たそうとする姿が印象に残っているといいます。

几帳面な性格で、自宅の畑をいつも丁寧に耕していました。

「異常な雨」の中、水門・水路の見回りへ

柳川さんが川に流されたとみられる2017年7月の大雨のときの地域の川の様子です。
河内さんは、「とにかく異常な大雨だった」と振り返ります。
平常時と比べると、当時の増水の度合いが分かります。
大雨で水路と道路の境は分からず、視界も悪くなるほどの大雨。

あちこちで冠水が発生する中、柳川さんはこの日の早朝5時ごろ、車で出ていく姿が目撃されたのを最後に、行方が分からなくなりました。

水門管理の責任者だった

柳川さんは、こんな危険な状況の中、なぜ早朝に出かけていってしまったのか?

「きっと周郎が、“いでがかり”だったからだろう」と河内さんは話します。

“井手係(いでがかり)”は、地域の農家が担う、田んぼに流れ込む水量管理の責任者です。

その役職を、柳川さんが務めていました。

写真が、調節に使う水門です。
水量が少なくなればこの門を上げ、逆に多ければ門を下げる。コメの生育に関わる重要な仕事で、まめな管理が必要になるといいます。

あの日、柳川さんは、この水門や水路の様子を見に行くために外出し、誤って川に転落したとみられています。

「田んぼを見に行く気持ちは理屈じゃない」

私は、長年の疑問を率直に聞いてみました。

「大雨の中、田んぼや水路の様子を確認する必要があるのでしょうか?」

問いかけると、河内さんは、危険な中、様子を見に行きたくなる気持ちは「分かる」と答えました。
河内聰さん
「農家にとって、田んぼは先祖代々受け継いできた財産です。そして田んぼにとって水は“命の源”。だから水利は農家にとって命であり、守るべきもの。大切なものなんです。都会の人には分からないかもしれないけれど、水路が気になる気持ちはよく分かるんです」
増水した水が田んぼに流れ込むと根腐れをおこし、生育にも影響するおそれがあります。

さらに、水路に流れ込んで来た砂や泥、木くずを取り除く作業も、大変な労力だといいます。

実際に5年前の大雨の後、水路につまった砂や泥、ゴミなどの撤去は大変な作業だったということです。
「事前に処理できるならその方がいい」と、雨の中、自分の田んぼを見に出る高齢者は今もいるということです。
河内聰さん
「周郎も、危険なことは分かっていたと思いますよ。人の田んぼを預かっているという責任感もあったでしょう。何もできないと分かっていても、この目で見たくなってしまう。田んぼを見に行く農家の気持ちは、理屈じゃないところがありますね」

水利の守り手 高齢化、担い手不足も

取材を進めていくと、田んぼの水利の担い手不足という課題も見えてきました。

この町では、柳川さんの事故から3年後、おととしの7月にも、水門の点検係だった男性が亡くなりました。

この男性も、大雨で増水した水門の点検に訪れ、誤って川に落ちたとみられています。
人柄を取材すると、誰に聞いても「本当に、優しい人だった」という答えが返ってきました。

夏場、男性は毎日のように水路の見回りに出かけ、木くずやゴミの掃除をしていたということです。

この地区では水門管理の責任者は10軒弱で回していて、高齢化が進む中、半ば空き家となっている家もあり、担い手は不足がちだといいます。

この年の責任者だった男性は、「ほかの人に、けがをさせてはいけん」と言って年配者を心配し、一人で水路を見回っていたということでした。

―人の優しい男性が、水利の担い手不足の中、責任感を感じ、点検を行っている中で命を落とした。そういった状況が伺えました。

取材した農家の男性が話した言葉が印象に残りました。
「農家にとって水利はとても重要で、守るべきもの。それが農村部の高齢化・過疎化で崩れ始めている。そういった歪みが、あの事故に繋がったのではないかとも思います」

専門家「“危ない”という呼びかけが効きにくい」

長年、豪雨災害の実態について調査・研究を続けている静岡大学の牛山素行教授によると、水田など農地の見回りで亡くなった人は、1999年から2020年までの20年あまりで66人にのぼります。

さらに牛山教授は、「農家だけにとどまる問題ではない」と指摘します。
牛山教授は、移動や避難の目的でなく、“自分から”危険な場所へ行って命を落とした人を「能動的犠牲者」と名付け、集計しています。

それによると、仕事場や自宅周辺など、何らかの「様子を見に」いき命を落とした人は84人。
さらに、土嚢積みや雨戸の点検、他人の救助といった「防災行動」により命を落とした人は136人にのぼるなど、自分から“あえて“危険に近づき被災するケースは多いことが分かりました。

その総数は、20年余りで339人と、大雨の犠牲者のうち、およそ4人に1人の割合です。
牛山教授は、これらの人々には、「危ない」という呼びかけが効きにくいと指摘します。
静岡大学 牛山素行教授
「例えば土嚢積みや、地域のパトロール中に出かける人々は“危険”であることが分かったうえで危険な場所に近づいている可能性が高い。そもそも避難を目的としていないため『危ない』という呼びかけが効きにくいと考えられる」
一方、牛山教授は、災害時におけるこうした被害は、減らすことができると指摘します。
「まずは、危険な場所へ“あえて” “自分から”近づくことで300人以上の人が命を落としている事実を多くの人が知り、『リスクには決して近づかない』ことを徹底することが重要です。興味本位で近づくことはもってのほかですが、たとえ他人の救助など『支援』の目的であっても、まずは『自分の身の安全を確保』を最優先とする意識を根づかせていくことが大切ではないでしょうか。雨の中、田んぼに近づいて被災というケースは決して他人事ではなく、自分事と捉えてほしい」

北広島町川戸地区 「犠牲を無駄にしない」

柳川さんが亡くなった北広島町の川戸地区では今、大雨の時には無理せず、危険な場所には近づかないことを改めて徹底するようにしています。
仮に大雨の時に見回りに行くとしても、決して一人では行かないよう、呼びかけ合っているということです。
河内聰さん
「いかなる責任があるとしても危険な時は、行かない。生活にも関わりますが、命がなくなったら作ることもできない。命とどっちを優先するかという問題。気になる気持ちは止められないかもしれないけれど、周郎の死を無駄にしないためにも、安全優先を徹底していきたい」

「まずは身の安全確保を最優先」

「危険なことは分かっている」

取材で印象に残った言葉です。
亡くなった農家の方々が、それぞれの思いを持って、危険に近づいていたことを改めて実感しました。

ただ、農家の方々をはじめ、犠牲者が相次いでいるという事実は重いと感じます。決して危険には近づかないこと、そして、「自分の命」を最優先にすることの大切さを、今後も発信していきたいと思います。
社会部記者
内山裕幾
2011年入局
気象庁担当などを経て、現在は国土交通省を担当
農家との関わりの薄い公務員の家庭生まれ