“道路が怖い” 横断歩道に潜む視覚障害者の危険

“道路が怖い” 横断歩道に潜む視覚障害者の危険
「駅のホームや踏切よりも道路を歩く方が怖いんです」

ある視覚障害者の男性が語った言葉です。
視覚に障害がある人が横断歩道で事故にあうケースが後を絶ちません。去年、歩行中に事故で死傷した視覚障害者は全国で16人。このうち6人は横断歩道を渡っている最中の事故で、1人が亡くなっています。

視覚に障害がある人が街を歩くときに直面する「見えない危険」とは、いったいどのようなものなのでしょうか。

視覚障害者が横断歩道ではねられる

ことし8月、鹿児島市で横断歩道を渡っていた目の不自由な男性が路線バスにはねられてけがをする事故が起きました。

バスを運行していた会社は「歩行者側は赤信号だった」と話しました。
なぜ、この事故が起きたのか取材を進めると、視覚障害者の団体から聞こえてきたのは「道路がいちばん危険だ」という訴えでした。

一緒に歩いて記者が知った危険性

事故があったのと同じ鹿児島市に住んでいる小山義方さんは生まれつき全く目が見えず、ふだんは「白じょう」と呼ばれるつえを使っています。
小山さんがいつも通っている通勤経路を一緒に歩いてみました。
自宅を出てほどなくすると、小山さんは横断歩道にさしかかりました。

通勤経路に横断歩道は数か所あり、できるだけ「青になったことを音で知らせる信号機」があるところを通るようにしていますが、数が少ないため何か所かは「音が出ない信号機」の横断歩道を渡らざるをえないということです。

小山さんはその横断歩道にさしかかると手前で止まります。
周囲の状況に神経を集中させますが、信号が青に変わっても気がついていない様子で歩き出しません。

しかし、少しして渡り始めました。
近くで電話をしていた女性が横断歩道を渡る気配を感じたからです。
小山義方さん
「まず車の流れが止まったというのを音で判断しました。ただしこの段階では信号が青になったかは半信半疑でした。今回は幸い電話で話していた女性が横にいて、その方が横断歩道を渡ったのが音でわかったので『青になったのだ』と思って渡ることにしました」
同行している最中、小山さんは信号が赤にも関わらず横断歩道を渡ろうとする場面もありました。

小山さんはこれまでに何度か車にひかれそうになったことがあると言います。
小山義方さん
「横断歩道を渡るときにはかなり気をつかっています。渡りきれるか、事故にあってしまうか『一か八かで渡っている』という感じの状況も少なくありません。『音で知らせる信号機』が全部であれば、それにこしたことはありませんが…」

音を止めてしまう「音で知らせる信号機」

鹿児島県内で「音で知らせる信号機」は全体の1割ほどにとどまっています。

しかも周辺の住民から警察に「騒音に感じる」などといった意見が来ることもあるため、そのうちのおよそ6割が夜から翌朝にかけて音が鳴らないように設定されているというのです。
小山さんは、なるべく音が止められてしまう時間よりも前に帰宅するよう心がけていますが、仕事の都合などで難しいときもあるといいます。
小山義方さん
「音が止まってしまったら不安ですよね。なるべく音が鳴っている間に帰れればいいのですが、仕事や用事があって遅くなることもありますから。遅くなったときには危険性を感じながら渡らないといけません」

「音で知らせる信号」全国でも少ない

警察庁によりますと、全国の道路に信号機は2021年度末の時点で20万基余りあるとされていますが、このうち「音で知らせる信号機」は3万基に満たず全体の1割ほどにとどまっています。

そして、その「音で知らせる信号機」の中でも7割以上は夜間に音が止まるなどの時間制限があるというのです。

視覚障害者 横断中の事故で死傷6人

警察庁によりますと、去年、歩行中に事故で死傷した視覚障害者は全国で16人いました。

このうち6人は横断歩道を渡っている最中の事故で、そのうちの1人が亡くなっています。

視覚障害者が道路で直面する3つの危険

日本視覚障害者団体連合の三宅隆さんに話を聞くと、駅のホームや踏切よりも道路の横断の方が怖いという訴えでした。

三宅さん自身も強度の弱視で、「白じょう」が手放せません。

道路がどこよりも危険だと感じている現状について詳しく話してくれました。
日本視覚障害者団体連合 組織部部長 三宅隆さん
「みなさんは視覚障害者にとって最も危険な場所は駅のホームや踏切だと思われているかもしれませんが、実は道路を歩く方が怖いんです。なぜなら、駅や踏切は、電車が来る時間が決まっているため備えることができます。しかし、道路ではいつ車がくるかわからないため危険に備えることができないからです」
三宅さんは「ぜひ知ってもらいたいことがある」と実際に街で直面している危険について教えてくれました。

「静かな車」で危険性が察知できない

1つ目は静かな車が増えていることです。

電気自動車やハイブリッド車など静かに動く車が増えたことで、視覚障害者が人の気配とともに頼りにしている「車の音」が聞こえずに危険に気付けないケースが増えているというのです。
三宅さん自身も曲がってきた車に気付くことができずに接触する事故にあったと話します。

また、最近はバリアフリーに対応して歩道と車道の間に段差がない道が増えていて、気づかぬうちに車道に出て危ない目にあうことも増えているといいます。

歩きスマホが新たな危険に

2つ目は「歩きスマホ」です。

歩きながらスマートフォンを操作する人とぶつかるケースが最近になって増えていて、視覚障害者は人とぶつかると歩いている方向がわからなくなってしまうのだそうです。

特に点字ブロックの上で「歩きスマホ」をするのは絶対にやめてほしいと話していました。

点字ブロックの誤解「横を歩く」

また、点字ブロックについての誤解があると指摘します。
三宅隆さん
「視覚障害者は点字ブロックの『上』を歩いていると思う人が多いのですが、点字ブロックを『白じょう』で確認しながら、その『横』を歩く場合もあります。点字ブロックには段差があるので、その上をずっと歩いていると足の裏が痛くなってしまうからです」
そのため点字ブロックの上に障害物がなくても、すぐ脇に物が置いてあるとぶつかったり、白じょうを折ってしまったりするというのです。

点字ブロックの両脇、およそ40センチから50センチ程の間にも可能な限り物を置かないようにしてほしいということです。

困っているように見えたら「声かけ」を

私たちはほかにも視覚障害者をサポートできることはあるのでしょうか。
三宅さんは視覚障害者の状況をよく見て手助けしてほしいと教えてくれました。
三宅隆さん
「視覚障害者は街にある『音』や『におい』のほか、障害物の記憶などのあらゆる感覚をフル活用して歩いています。声をかけると感覚が妨げられてしまうことがあるので、困っているように見えなければ、声をかけるのは控えてもらった方がありがたいです。しかし、危険に気づかずにいるときや困っているように見えるときには、ぜひ声をかけて助けてもらえたらうれしいです」
私たちは、視覚に障害がある人たちが日常の中で感じている危険や気持ちを理解することからはじめる必要がありそうです。
鹿児島放送局記者
熊谷直哉
2020年入局
営業部門を経て
2月から記者に
事件や事故、
経済取材を担当
鹿児島放送局記者
柳沢直己
2021年入局
事件や事故の取材を担当
おはよう日本記者
小林紀博
2013年入局
室蘭局・札幌局では
農業や畜産業などの
一次産業のほか、
地域の観光政策などを取材