“鉄道廃線先進地”に見るリアル バスは救世主になる?

“鉄道廃線先進地”に見るリアル バスは救世主になる?
日本に鉄道が開業してことしで150年。人口減少が進む地方では、廃線となる路線も相次いでいます。こうした中、北海道では鉄道が廃線になったあとに地域の足を支えてきた、とあるバスが9月30日に一部区間で廃止になりました。現地で取材を進めると、鉄道だけでなくバスですら路線を廃止せざるを得ない利用状況を目の当たりにしました。“鉄道廃線の先進地”北海道の現状をお伝えします。(札幌放送局記者 波多野新吾)

36年の歴史に幕

9月30日、私は、北海道のJR倶知安駅に向かいました。

この日、旧国鉄の胆振線の代替交通手段として36年にわたって地域の足を支えてきたバスが一部の区間で廃止になるためです。
駅前のバスターミナルには、バスが出発する1時間ほど前から、数十人ほどの鉄道やバスの愛好家たちが集まっていました。中には、本格的なカメラを持って乗り込む人たちの姿も。

“ラストラン”と銘打って行われた最終便の運行は、座席がほとんど埋まるにぎわいで、バス会社の担当者は「これだけ人が乗っているのは見たことがない」と話していました。

バス路線の廃止について愛好家に話を聞くと…。
愛好家
「寂しいですね。年々ローカル路線のバスとか鉄道路線とかも消えていっているので」
旧国鉄の胆振線は、鉄鉱石などの資源や農産物を運ぶ路線として整備され、地元の人の生活の足として親しまれてきました。
しかし、鉱山が閉鎖されたあとは利用者が減少し、昭和61年に廃線となりました。

一部区間が“公共交通の空白地帯”に

胆振線が廃線になったあとに運行されてきた代替バス。その区間は倶知安町から伊達市までの南北91.2キロという長さがありました。
しかし、緑色で示した中央部にあたる「喜茂別」から「大滝本町東団地」までの25.3キロが9月30日をもって廃止になり、この一部では“公共交通の空白地帯”が生じることになったのです。
生活の足がなくなる地元の人はどうなってしまうのか?
鉄道がなくなり、その代わりを担ってきたバスでさえ、なぜ路線の廃止になってしまうのか?

バスの運営にあたっている「胆振線代替バス連絡協議会(沿線自治体などで構成)」に取材すると、理由は極めてシンプルなものでした。
「この区間は定期的な利用がなく、人が乗っていないことのほうが多い。赤字を少しでも減らすために、廃止する区間以外を持続可能な交通手段とするために苦渋の決断となった」

バスに乗ってみると…

では、実際にどれだけ利用されていたのか?

バスの乗客に話を聞こうと、私は、代替バスのラストランが行われる前に、この区間のバスに乗ってみることにしました。

乗車したのは廃止される前日の昼間です。廃止区間の北側にある「喜茂別」停留所に行くと、バスを待っている1人の男性がいました。

「利用する人もいるじゃないか」と思い、話を聞いてみました。
代替バスの利用者
「あしたでこの区間のバスがなくなると聞いて、墓参りのために乗ります。ふだんは全然使わないですし、廃止されたら寂しいですが、生活上は特に困りません」
インタビューのあとバスに乗車してみると、この時間帯、廃止される区間で利用していたのは先ほどの男性や私を含めて4人。この区間はほとんどが山道で、途中で乗り込む人はいませんでした。
バスは定員が56人、座席は25席という中型のもので、やはり空席が目立ちます。

ほかの人に話を聞いてみても、この区間のバスがなくなったら困るという人は、取材の中では出会うことはありませんでした。

むしろ「このまま空のバスを走らせておくわけにはいかない」と廃止に賛成の声もありました。

利用の実態は…

こちらは、2020年にバス会社が1週間にわたって行った利用実態の調査結果です。
この調査によると、利用者数は1週間の合計で13人。1日当たり平均2人も利用していないというものでした。1日当たり3往復6便あるため、1便当たりの利用者数の平均は0.3人程度です。

さらに、この1週間のうち2日については、1人も利用する人がいないというものでした。

当然、運行にかかる費用は毎年赤字。廃止の区間がある喜茂別町は、赤字の穴埋めとして、胆振線が廃止になった際に旧国鉄から受け取ったお金を取り崩して捻出してきました。

しかし、12年前の2010年におよそ2億円あったこの残高は、2022年5月の時点で2600万円余りにまで減っています。
喜茂別町としては、高校生が通学で使い経済的なつながりも強い北側の倶知安方面の区間は何としても路線を残したいという思いから、利用客が極端に少ない南側の区間については廃止を受け入れざるを得ませんでした。

地元の町長は、全区間を維持することの難しさを次のように述べています。
喜茂別町 内村町長
「地域の足として残せるものであればやっぱり残しておく必要があるんじゃないかなと思うが、小さな町にとっては大変大きな費用負担になっている」

代替バス 利便性を高めても…

北海道では、ほかの地域でも代替バスの運営が厳しい状況に置かれています。
2020年に廃止されたJR学園都市線の北海道医療大学から新十津川の区間では、廃止に伴い、沿線の自治体が一部の区間をバスで代替することになりました。

代替バスの運行の中心にあたる月形町の上坂隆一町長は、これを機に地域に欠かせない交通手段にしたいと考えました。
月形町 上坂町長
「JRよりも利便性の向上について主体的になれるという意味でバス転換に期待した部分がある」
利便性の向上に向けて、町は検討を重ねました。バスの停留所の数は鉄道の駅の3倍に増やしました。多くの利用を見込む町の中心部は巡回するルートを設定して、小回りがきくものにしました。
さらに、定期的な利用が見込める高校生が使いやすいよう、高校の校内にもバス停を設置し、ダイヤも学校活動に合わせた時間に組みました。
鉄道に比べて本数も増え、鉄道では冬に定期的にあったという運休もこれまでのところ無いといいます。

バスを利用している高校生に話を聞いてみると。
バスを利用する高校生
「登下校している分にも楽だし、利用しやすい。鉄道の場合だと、どうしても駅まで歩かないとならないので」
しかし、ここまでして利便性を高めたはずなのに、利用は伸び悩んでいます。

こちらは、バスの利用状況のデータです。
利用者数の目標は、廃止前の鉄道の利用状況から1日当たり115人と設定しましたが、今年度(2022年4月~8月)は38人と、3分の1ほどにとどまっています。

町は新型コロナの影響もあるとしていますが、さらなる改善策は今のところ無いといいます。

鉄道の廃止にあたってJR北海道から20年分の代替バスの運行費用の支援がありましたが、このままでは想定よりも早く尽きてしまうと危機感を抱いています。
月形町 上坂町長
「20年分の支援が半分の期間で底をついてしまうんじゃないか。利用者数の見通しが甘かったのかなという面はある。国や北海道も地域の公共交通を維持していくために、いろいろな形で支援してほしい」

地域の公共交通 どう維持するか

公共交通の維持に苦しんでいる地域は日本各地に存在しています。

国に求められる支援について、公共交通に詳しい北海道大学公共政策大学院の岸邦宏教授は次のように指摘しています。
岸教授
「そもそも公共交通の維持に関する国の予算は十分ではない。財源の確保や地域の公共交通の在り方そのものを国が考えていく必要がある」

北海道の現状から見えるもの

地方鉄道の今後の在り方をめぐって国土交通省の検討会はことし7月、JRの路線について1日に平均何人を運んだかを示す「輸送密度」が1000人未満の区間などを対象に、バスなどへの転換も含め、協議を進めるべきだとする提言をまとめました。
この提言は、鉄道路線の「存続」や「廃止」を前提とはしていませんが、厳しい利用状況を踏まえると、今後はバスに転換する路線が増える可能性もあります。

バスに転換することで、維持費を少なくすることができるかもしれません。

しかし、バスに転換してもなお決して安泰とは言えない北海道の現実を目の当たりにすると、人口減少が進む地方の交通をどのように再構築するべきか、国全体の問題として改めて考える必要があるのではないでしょうか。
札幌放送局記者
波多野 新吾
2009年入局
長野局、山形局、福岡局、おはよう日本やニュースウオッチ9などの番組制作を経て2022年から出身地の札幌局で勤務