日本の半導体産業はどこへ 試される底力

日本の半導体産業はどこへ 試される底力
東京証券取引所のプライム市場で今月、富士通とパナソニックの半導体部門が統合してできた「ソシオネクスト」が上場を果たしました。取り引き初日の時価総額(初値ベース)は1300億円近くにのぼり、ことし2番目の大型上場となりました。

先端分野の半導体の設計・開発を手がける数少ない日本企業の順調な船出は、業界にとって明るい話題となりましたが、半導体産業全体でみれば、日本はアメリカだけでなく、台湾や韓国のメーカーにも大きく後れを取っているのが現状です。

経済安全保障の観点からも日本の半導体産業の強化が待ったなしとなる中で、政府や企業はいま、何をすべきなのか。産業界のキープレーヤーや専門家を取材しました。
(経済部記者 嶋井健太)

半導体を確保せよ!各国が戦略打ち出す

ハイテク分野での米中の覇権争いの激化、新型コロナで顕在化したサプライチェーンリスク…。

自国のものづくりや国民の生活を守るうえで、半導体などの戦略物資の安定調達が重要だという姿勢を各国が強め、対策を打ち始めています。
日本政府も去年6月「半導体戦略」をまとめて、開発や生産拠点の誘致などに力を入れています。

巨額の補助金をつけて、半導体の受託生産で世界最大手のTSMCを熊本県に誘致したのを手始めに、新工場の整備や設備の強化に次々と補助金を投じています。
政府による補助
▼TSMC(台湾)の熊本県の新工場(最大4760億円)
▼キオクシアとウエスタンデジタル(米国)の三重県の合弁工場(最大929億円)
▼TSMCが茨城県つくば市に作った研究開発拠点(約190億円)
▼マイクロンテクノロジー(米国)の広島県の工場(最大465億円)
また、日本政府は、アメリカ政府と次世代半導体の研究開発拠点を新たに整備することでも合意しています。

一連の政策に投じられる予算は8000億円近くにのぼります。

半導体産業に詳しいイギリスの調査会社「オムディア」の南川明シニアディレクターは、各国が支援を強める理由について、次のように指摘します。
「半導体はコンピューター、通信機器、自動車、産業機器、家電などすべての電子機器に欠かせない。100%すべてを国内で生産する必要はないが、ある程度は生産する力を持っておかないと、調達での交渉力がなくなってしまう。地政学リスクも高まる中で、国内で製造力を持つことの意味は高まっている」

“政府はインフラ整備や需要拡大の後押しを”

こうした日本政府の動きを企業はどう見ているのか。

アメリカの半導体メーカー「ウエスタンデジタル」のシバ・シバラム氏(副社長級)がNHKの取材に応じました。

「ウエスタンデジタル」は、「キオクシア」(旧:東芝)と合弁で、三重県と岩手県で世界有数のメモリ半導体の工場を運営していて、このうち、三重県の工場が今回、政府の支援の対象となりました。
シバラム氏は「日本政府はわれわれのコミットメントに対して早い決断をした」と日本の支援を評価しています。

一方、今後に向けては、政府がインフラ整備の支援や最終製品の需要拡大に取り組むことが重要だとしています。
「電力、水、ガスといったインフラの整備が日本ではコストがかかるので、注力してもらえるとありがたい」
「日本製の半導体を使った製品を政府として盛り上げてほしい。例えば、日本のデータセンターには日本のコンテンツを納めるといったようなことを政府が後押しして欲しい」
たとえ、半導体の生産拠点が日本にできても、そこで作られた半導体を必要とする最終製品などの需要拡大がなければ、拠点を維持することは困難です。

シバラム氏が指摘する通り、半導体の進歩は、それを使う製品の需要拡大と表裏一体とも言えるのです。

生き残りのカギは“スピード”と“技術力”

一方、日本が今も強みを持つのが半導体に関わる「素材」や「製造装置」の分野です。

半導体の製造そのもので日本の存在感が低下するなかでも、日本企業は素材では56%、製造装置では32%の世界シェアをおさえていて、日本メーカーしか作っていないという製品も少なくありません。

売り上げで世界3位の半導体装置メーカー「東京エレクトロン」の河合利樹社長は、変化の激しい半導体業界で競争を勝ち抜く秘訣は“スピード”と“技術”だと強調します。
「世界をリードする技術を持ち続けることがものすごく重要。そのために継続した研究開発投資を止めてはならない。近視眼的にならず中長期的な成長ポテンシャルを考えて、スピードを持ってやっていくことが大事だ」

“長期的な視点で人材育成や産業支援を”

変化が激しく先を読むことが難しい半導体産業の育成に向けて、政府はどのような政策を打っていくべきか。

この分野に詳しい南川さんは、政府が長期的な視点にたち、次の2つの点で対策を進めるべきだと指摘しています。
▼人材流出への対策と若手人材の確保
▼半導体を“使う”産業への支援
まず、人材面では定年をはじめとする日本企業の人事制度が活躍を阻み、海外メーカーへの人材流出が続いているとして、見直しを訴えます。
英調査会社「オムディア」 南川明シニアディレクター
「海外の半導体エンジニアには定年制はない。60歳で早期退職とか、65歳で定年だとか、そういうのは海外から言わせればナンセンス。日本は給料も安いし、だから人材が流出してしまう」
また、日本の政策的な支援が技術開発に偏っているとしたうえで、そうした技術を実際の製品に実装していくことを後押しするべきだと指摘します。
「日本は技術を開発する方ばかりにお金を使うが、いち早く新しい半導体を使おうという土壌が全くない。『値段が高い』とか言って、全然使わない。それに対し、新しいものをどんどん使ってブラッシュアップしていくのが海外で、日本はスピード感も遅い。だから、使う方に補助金を出しなさいと言いたい」

問われる日本の底力

かつて日本は半導体で世界をリードし、「半導体王国」とも言われていましたが、世界シェアの低下からもそのちょう落ぶりは明らかです。

そして、取材を進めると、その一因は半導体産業だけにあるのではなく、日本の産業の総合力が落ちていることのあらわれのようにも感じました。
今月、東京証券取引所に上場を果たした日本の半導体メーカーのトップは記者会見で、先端分野の設計を依頼してくるのは、アメリカや中国の企業ばかりで、日本企業が少ないことに危機感を抱いていました。

その意味で、日本の半導体産業の立て直しの成否は、日本の産業全体の底力が試されているとも言えそうです。

半導体をめぐって繰り広げられる国、企業の最新動向をこれからも取材していきたいと思います。
経済部記者
嶋井健太
平成24年入局
宮崎局、盛岡局を経て現所属