子どものスポーツ 今も体罰がなくならない理由は

子どものスポーツ 今も体罰がなくならない理由は
大阪の高校でバスケットボール部のキャプテンが体罰を受け自殺に追い込まれた事件。
あれから10年になろうとしています。
この間、スポーツ界は体罰根絶に向けた取り組みを進めてきました。しかし、今も子どもたちのスポーツ指導の現場では、暴言や暴力がはびこっています。
競技団体が「衝撃的」と目を疑った調査結果。
体罰を容認するような保護者の存在も浮かび上がりました。

(大阪放送局 記者 中本史 鈴椋子)

今もこんなに体罰が バスケットボール協会「衝撃的」

「日々罵声・ものを投げる・無視・暴言」
「時々死ねとも言われることもある」
「蹴る、つき押す、暴言」
「吐いても走るのをやめさせてくれない。夏は水分も取らせてくれなかった」

昔の話ではありません。

今も小学生のバスケットボールチームの一部で繰り返されている指導者の言動。
日本バスケットボール協会に保護者から寄せられた声です。
今から10年前。大阪市立桜宮高校のバスケットボール部でキャプテンだった男子生徒が、当時の顧問の教諭から体罰を受けて自殺しました。
元顧問は傷害などの罪で有罪判決を受けました。

事件から10年になるのを前に、日本バスケットボール協会は去年、小学生のチームを対象に体罰に関するアンケート調査を行い、9387人の保護者から回答を得ました。(有効回答 9332人)
その結果、試合中のコーチからの暴力について、「よくある」「たまにある」と回答した保護者はあわせて1割あまり。

暴言については3割あまりになりました。

日本バスケットボール協会でユースの育成を担当している、桃山学院教育大学教授の村上佳司さんは、この結果に大きな衝撃を受けたと言います。
村上さん
「10人に1人が暴力、10人に3人が暴言に関わっていると。非常に多い。桜宮高校の事件は社会的な問題になったにもかかわらず、現在でもこういった数字が出たことは非常に衝撃的でした」

根強く残る体罰 これまで取り組んできたが

桜宮高校の事件後、スポーツ界では体罰をなくす取り組みが続けられてきました。

日本スポーツ協会や日本オリンピック委員会、全国高等学校体育連盟など主な5団体が「暴力行為根絶宣言」を採択。

各スポーツ団体には通報窓口が設置され、問題を見える化し、解決しようという機運が高まったのです。

日本バスケットボール協会でも、コーチたちに暴言暴力をしない誓いを立てさせました。

2019年以降は、試合中の暴言暴力に対しテクニカルファウルを厳しく適用することに。

また、過剰な勝利至上主義を抑えるため、いちど負けたらおしまいの「トーナメント戦」から、「リーグ戦」へと移行しました。

補欠文化をなくし、すべての子どもたちに出場機会を与える“育成”を重視したのです。

それでも、まだ根強く体罰は残っていたのです。

コーチが不機嫌だと子どもは成長しない

調査結果を受けて、日本バスケットボール協会が改めて強化しているのが、コーチの意識改革。

全国各地を回って研修を行っています。
9月に岩手県一関市で開かれた合宿には、東北各地から子どもたちとコーチが参加しました。

子どもに技術を教えるのは、協会から派遣された指導者。

コーチたちは、協会派遣の指導者の教え方を見て実践します。

また、スポーツ心理学の専門家による講習も行われました。
暴言暴力が子どもの人生に及ぼす深刻な影響を学びます。
紹介された事例のひとつは、ミスをしてコーチから「おまえはもう必要ない!」などと暴言を言われ、たたかれた子どものケース。

親を心配させたくないとチームに通い続けましたが、ある日、顔を洗うために鏡をのぞいたところ、自分が醜い姿に見えてしまい、頬がすりれきれて血がにじみ出るまで何度も顔を洗うようになりました。学校にも行けなくなりました。

参加したコーチたちは「こんなに傷が残るものなんだなっていうのを知って、心が痛みました」と話していました。
大阪 和泉市の強豪チームを率いる叶田和之コーチ。協会の研修を受けて指導方法を変えた1人です。

かつては、感情的に強く指導する一面もあったと言います。
叶田コーチ
「暴言暴力までいかないけれど、熱くなって子どもに対して圧をかける。思いが強すぎてということをたくさん経験しています」
▽コーチが不機嫌だと選手たちのパフォーマンスは下がってしまう。
▽『集中しろ!』と強く声をかけても、必ずしも選手のパフォーマンスは上がらない。

研修で学んだことです。

そのとおりだな、とうなずくことばかりだったと言います。
自分の思いどおりに子どもたち動かそうとしていたと振り返りました。

子どもたちが成長するにはどうすればいいのか。

「こうしろ」という“上からの指示”から、「どうしたらよくなるか」を“自分で考えさせる指導”へと変化させました。
叶田コーチ
「こっちの力で、パワーで、人を変えようと思うと、暴言暴力が出てくるんだろうなと思います。指導のしかたを変えてから、子どもたちが主体的に変わっていったことを実感しています」

保護者に体罰を容認する傾向も

日本バスケットボール協会が行った今回のアンケート調査では、一部の保護者の間に体罰を容認する傾向もみられました。
「試合中に暴力がある」と答えた保護者のうち、それでも「子どもが成長している」と回答した保護者が9割近くにのぼったのです。

背景には、自分自身が厳しく指導されてきた経験や、競技成績によって進学や進路に有利になるという期待があるとみられています。

こうした保護者の意識も、体罰がなくならない原因のひとつだと、協会は考えました。
そこで、取り組み始めたのが、保護者向けの研修です。

9月の岩手県一関市での合宿には、子どもとコーチに加え、保護者も参加しました。

研修で繰り返し理解を求めるのは、親世代が受けてきた暴言や暴力をともなう指導は過去のものだということ。

子どもの結果を褒めるのではなく、そこに至るまでの過程を褒めるようにしてほしいと訴えます。
参加した保護者
「親が子ども以上に勝ちにこだわってしまうことが多かったです。ミスを責めてしまうこともあったので、自分自身すごく反省しました」
日本バスケットボール協会 村上佳司さん
「コーチに対してだけでなく、保護者も含めてすべての大人の間で、“暴言暴力はダメなんだ”“そういう時代じゃないんだ”という雰囲気を醸成していかなければいけないと考えています」

“一流の選手は体罰指導では決して育てられない”

スポーツ心理学が専門の、びわこ成蹊スポーツ大学の豊田則成教授は、子どもからプロ選手までのカウンセリングを行っています。

コーチの暴言暴力が子どもに与える影響は想像以上に深刻だと指摘します。
豊田教授
「暴言や暴力を受けた子どもは大きなショックを受けます。大人や人との信頼関係をつくることができなくなってしまう。自分が悪いと思い込んで自信がなくなる。不安傾向が強い人間になる。決してその時だけのものではなく、大人になってもダメージは続くのです」
豊田教授は、世界で活躍する一流の選手たちは、体罰指導では決して育てられないと強調します。
豊田教授
「海外のプレーヤーに比べると日本のプレーヤーは非常に依存的です。背景には、幼い頃から怒られ、たたかれ、ペナルティーめいたことを受けながら成長してきていることがあります。海外でのコーチングは、やる気を高めることに重きを置いています。子どもの時期には特に、技術指導より、心の成長を重視した取り組みが必要です。スポーツに関わるすべての方が暴言暴力の根絶に力を注いでほしい。大人が変わらないといけないと思います」

体罰根絶のため 発想の転換を

取材を通じて、私たちも運動部だった学生時代のことを思い出しました。

保護者にとって、熱心に指導してくれる指導者は、非常に頼もしい存在です。
子どもの活躍を楽しみにしている保護者の方も多いと思います。

ただ、一歩立ち止まって、10年前に失われた子どもの命を思い出してください。

子どもはスポーツを楽しんでいるでしょうか?
大阪放送局記者
中本 史
平成16年入局
沖縄局、首都圏センターを経て現所属
大阪放送局記者
鈴 椋子
令和2年入局
警察担当を経て遊軍担当