本当の自分隠し“強い人”演じた…語り出した元アスリートたち

本当の自分隠し“強い人”演じた…語り出した元アスリートたち
20歳を過ぎたあたりから急に環境が変わってしまい、夜眠れなくなって睡眠導入剤を服用していました。

本当の自分を隠して「強い人」を演じている、これがとてもつらかった。

この話は、隠すべきではないと思いました。誰かのためになるのなら…。

言えなかった苦しみ

現役時代はまわりに相談できず、引退してもしばらくは隠していました。

でも、少しずつ講演の場で話すようになっていたときに、返ってきたことばがありました。

「そのことばに救われた」
「大山さんもそうなんだと思ったら気が楽になりました」

そのことばを聞いて、つらかった経験が役に立つなら発信していこうと思うようになりました。

急変した環境

3人きょうだいの1番上、長女として育った大山加奈さん。
まわりの子より背が高く、小学2年生からバレーボールを始めました。

小中高すべての世代の全国大会で優勝し、高校在学中の2001年にはじめて日本代表に選ばれ、その後オリンピック・世界選手権・ワールドカップの三大大会に出場。

同じ年齢の栗原恵選手と「メグ・カナ」コンビと呼ばれて活躍が注目されました。
部屋から一歩出れば、まわりの視線が集まる。

生活環境はがらりと変わり「日本中の人が自分のことを知っている状況」に。

夜はなかなか眠れなくなりました。

日中どんなに激しいトレーニングをして疲れていても、夜中の3時4時まで寝つけない日々。

翌日の練習ではパフォーマンスが上がらず監督に怒られ、怒られることによってまた次の日の朝が来るのが怖くなって、また怒られる…。

どうにかしなくては...。

弱い自分を必死に隠して

それでも、まわりには相談できませんでした。

チームスポーツで、どうしても仲間とライバル関係にある中で、仲間を蹴落としてでも自分が生き残らないといけない世界。

そのこと自体にも違和感やつらさを感じていました。

自分の悩みや苦しみはぜいたくなものだとも思っていたので、なおのこと相談しづらく感じていました。

もう一つ、小中高ずっと全国制覇をしてきて常に世代のトップを歩んできて、エースはこうあるべき、キャプテンはこうあるべき、という考えにすごく縛られていました。

本当は弱い自分を必死に隠して「強い人」を演じている。

人に言えない、自分の中でため込むしかないという状況を、とてもつらく感じていました。

このままでは本当にまずい…

次第に眠れないだけでなく、どうきやめまいで目の前が急に真っ暗になり、倒れてしまうようなことまで。

このままでは本当にまずい、誰かに相談しなくては…。

そんな折、日本代表のメディカルチェックのとき、高校時代からお世話になっていた信頼するドクターに今なら言えるかなと、思い切って相談しました。
「大山さんだけじゃなくて同じように苦しんで悩んでいるトップアスリートは実はたくさんいるんだよ」
ドクターからはそう声をかけられ、睡眠導入剤を処方してもらいました。悩みを相談できたことはすごく大きなことでした。

「ただの大山加奈でいいんだ」

高校時代の恩師や両親にいつもかけてもらっていたことばにも救われました。
「加奈はスポーツ選手に向いていないんだから、いつでも辞めていいんだよ」

「そんなつらい思いをしてまでバレーボールを続ける必要はないんだよ」

「帰っておいで…」
このことばにはどれだけ救われたかわかりません。

もしこのとき「頑張れ、諦めるな」って言われていたら、たぶん心がポキッと折れて、いまの私はいなかったと思います。
どんな私であっても受け止めてくれる人たち。

日本代表じゃなくても、オリンピックにいけなくても「ただの大山加奈」でも大切に思ってくれる人たちが私にはいる。

そう思えたことが、すごく支えになりました。

あなただけじゃない

ここまでの話は、今月10日に厚生労働省が公開した動画の中の対談で、大山加奈さんが話した内容(※一部取材で追加)をまとめたものです。
対談には大山さんのほか、競泳の元日本代表の萩野公介さんやラグビーの元日本代表の廣瀬俊朗さん、シンクロナイズドスイミング(現在はアーティスティックスイミング)の元日本代表の田中ウルヴェ京さんの4人の元アスリートが参加して、心の不調に陥った経験や心の健康の大切さを語り合いました。

その動画ですが、厚生労働省で勤務する田中裕記さんが企画したものです。

田中さんは去年3月まで福岡の病院で多くの患者と向き合ってきた精神科医でもあります。
厚生労働省 田中裕記さん
「心の不調はトップアスリートだけでなく誰にでも起きうることだと理解することが大切です」
田中さんが「誰にでも起きうる」とする指摘を、裏付けるデータもあります。

東京大学の教授などで作るグループが平成27年度までの3年間に無作為に抽出した全国2450人を対象に行った調査では、全体の22.9%、およそ5人に1人がうつ病やパニック障害など何らかの心の不調を経験していたということです。

一方で、このうちおよそ4人に3人は(74.6%)医療機関への受診や専門家への相談の経験がなかったということです。
では、もし自分が心の不調を感じた場合にはどうしたらいいのでしょうか。

田中さんはまず「自分を褒めること」だと言います。
田中裕記さん
「心の不調に気付くこと自体が難しいことなので、まずは不調に気づいた時点で自分自身を評価してあげてほしいです。そして1人で抱え込まずに家族など身近な人や行政機関の相談窓口に相談したり、医師の診察を受けたりしてほしいと思います」
一方で、相談を受けた場合は。
「相手のそばにいたり、同じ空間で過ごしたりするだけでも意味があるし、日常会話の中で使うようなことば、たとえば『いつもと違うような気がするけど何かあったの?』っていうようなことばでかまわないので声をかけてあげてほしいと思います」

「克服」ということばは…

動画では、大山さんと同じく世界の第一線で活躍した競泳の元日本代表、萩野公介さんも自分の経験を話しています。
萩野さんはリオデジャネイロオリンピックで金メダルを獲得したあと、心の不調を感じるようになり、2019年には約3か月間、競技から離れ休養しました。
競泳元日本代表 萩野公介さん
「オリンピックで1番をとったとき、純粋に速さを競う世界が終わった瞬間、なんで泳いでいるんだろうなとすごく思い始めて…東京オリンピックの前などは部屋から出られなかったり眠れなくなってしまったりしてすごくしんどかったです」
「その状況を、どうやって克服したんですか?」

取材の際、そのように質問した私(記者)に対し、萩野さんが返してくれたのは次のようなことばでした。
競泳元日本代表 萩野公介さん
「『克服』ってことばがきらいなんです。克服とか乗り越えるっていうとステップアップって意味合いがすごく強いのかなと思うんですけど、決してそうではなく、『心の不調を感じていることも自分だよ』って思うことが大事だと思うんです。言うならばそれも自分の血肉となって自分の色になる、そういう感覚です」
萩野さんから、いま心の不調を感じている人に対してのメッセージです。
競泳元日本代表 萩野公介さん
「朝起きて会社に行きたくないなって思う方もたくさんいる思うし、そんな弱い自分はダメだと思う方もいると思いますけど、僕はうそ偽りなく自分に対して幸せに生きることが大事だと思うんです。自然に生きていくことが1番大事で、自分で自分のことを認めてあげるってことがすごく大事なことだと思うので自分を大切に生きていってほしい」

自分のことを褒めてあげて

現役時代、「なんでこんなに自分は弱いんだろう」と苦しさを抱えながら、なかなか相談できずに苦しんだ大山加奈さん。
2010年に現役を引退し、いまは2児の母として子育てをしながら講演活動などを通じて自分の経験を発信しています。
「もっと自分のことを褒めてあげてほしいなと思います。私自身も現役時代それが苦手で全くできてきませんでした」
今は『きょうも子育て頑張った』『愛犬の散歩を1時間行ってきた』と、小さなことでもその日にできたことや頑張れたことを寝る前に思い返すようにしているということです。
「そのおかげで毎日元気に過ごすことができています。どうしても人って自分の足りていない部分だったり、できていないところに目が向いてしまいがちだと思うんです。そうではなく、自分で自分のことを認めてあげたり褒めてあげたりして、自分のことを評価してあげてほしいなと思います」

「アスリートだけじゃなく、皆さん苦しんでいる方もいらっしゃると思うんですけど、あなただけじゃないんだよ、みんな同じなんだよって」

相談窓口はこちら

支えが必要な方へ、主な電話での相談窓口はこちらです。

▽「こころの健康統一ダイヤル」(0570-064-556)
都道府県が行っている電話相談などにつながります。

▽「いのちの電話」(0570-783-556)
一般社団法人「日本いのちの電話連盟」が行う電話相談です。

▽「24時間子供SOSダイヤル」(0120-0-78310)
こちらは文部科学省が子ども向けに行う電話相談です。

このほか、厚生労働省のホームページでもさまざまな相談窓口を紹介しています。
社会部記者
守屋 裕樹

2012年入局。
仙台局、気仙沼支局を経て社会部で厚生労働省を担当。
メンタルヘルスの大切さについて取材をしながら勉強中。