この150年、鉄道業界では列車の運行や駅の業務を中心に深夜や早朝の勤務があることなどを背景に、長らく「男性中心の職場」と言われてきました。
歴史をみていくと、戦中に、出征した男性たちの補充要員として多く採用された時期を除いて女性従業員の割合は低く、1990年代半ばには1%前後にとどまっている会社も少なくありませんでした。
しかし、労働基準法の改正で1999年からそれまで規制されていた女性の深夜労働が可能になり、各社が採用を進め鉄道業界で働く女性が少しずつ増えていきました。
国の統計によりますと、鉄道業における女性の割合は、平成に入ってまもない1991年には2.9%でしたが、その15年後の2006年には5.8%、さらに10年後の2016年には10%となっています。
NHKが、鉄道各社に直近の女性従業員の割合を聞いたところ、JR東日本では会社が発足した1987年は0.8%でしたが、ことし4月時点で18%に、JR西日本は1987年は0.9%でしたが、ことし4月時点で15.7%となっています。
鉄道業界では、人口減少などを背景に運転士などの担い手不足が課題となっている中、職場環境の整備のほか、柔軟な勤務形態や休暇制度の充実などの改善を進める動きが広がっていて、今後、女性の働く場が広がっていくか注目されます。
鉄道150周年 鉄道業界で働く女性増加 今後も活躍の場 広がるか
10月14日で日本に鉄道が開業して150年。「男性の職場」と言われることもある鉄道業界では、平成に入ったころには働く女性従業員の割合は2%台でしたが、最近では10%を超える会社も出てきていて、女性の活躍の場が広がっていくか注目されています。

鉄道業界で働く女性たちの歴史

長らく「男性の職場」という印象が強かった鉄道業界。
女性たちの働く場はどのように広がってきたのでしょうか。
国立女性教育会館・女性アーカイブセンターのまとめなどによりますと、150年前の1872年、明治5年10月14日に日本で鉄道が開業、それから30年後の1902年(明治35年)に香川県を走っていた当時の讃岐鉄道が「給仕係」として女性の乗務員を採用。
その後、1915年(大正4年)には日本で初めての女性駅長が登場したということです。
太平洋戦争末期には、出征した男性従業員に代わって多くの女性が雇用され、戦時中の輸送を支えたといい、1944年(昭和19年)には女性運転士が登場したといいます。
当時の運輸調査局の「交通労働論」によりますと、国鉄で働いていた女性の割合は、1942年(昭和17年)まで平均2.5%程度でしたが、終戦直前の1945年(昭和20年)に7月には24.2%まで上昇していました。
しかし、戦後は男性らの復職により、戦時中に採用された女性たちは退職や解雇などで減少。
1947年(昭和22年)には、労働基準法が制定され女性の深夜労働が禁止されたことも影響したといいます。
それから半世紀後、労働基準法の改正により1999年(平成11年)に女性も深夜労働の規制が完全に撤廃され、鉄道各社で女性を採用する動きが広がったということです。
女性たちの働く場はどのように広がってきたのでしょうか。
国立女性教育会館・女性アーカイブセンターのまとめなどによりますと、150年前の1872年、明治5年10月14日に日本で鉄道が開業、それから30年後の1902年(明治35年)に香川県を走っていた当時の讃岐鉄道が「給仕係」として女性の乗務員を採用。
その後、1915年(大正4年)には日本で初めての女性駅長が登場したということです。
太平洋戦争末期には、出征した男性従業員に代わって多くの女性が雇用され、戦時中の輸送を支えたといい、1944年(昭和19年)には女性運転士が登場したといいます。
当時の運輸調査局の「交通労働論」によりますと、国鉄で働いていた女性の割合は、1942年(昭和17年)まで平均2.5%程度でしたが、終戦直前の1945年(昭和20年)に7月には24.2%まで上昇していました。
しかし、戦後は男性らの復職により、戦時中に採用された女性たちは退職や解雇などで減少。
1947年(昭和22年)には、労働基準法が制定され女性の深夜労働が禁止されたことも影響したといいます。
それから半世紀後、労働基準法の改正により1999年(平成11年)に女性も深夜労働の規制が完全に撤廃され、鉄道各社で女性を採用する動きが広がったということです。
西武鉄道 “若い女性社員に活躍の場を”

鉄道現場で働く女性のロールモデルが少ない中、若い女性社員を登用し活躍の場を広げようという動きも出ています。
西武鉄道では昨年度末時点で女性従業員が7.8%にとどまっていて、すでに男性も女性も使える時短勤務や時差出勤の制度を導入していますが、今月からは泊まり勤務を免除できる期間を子どもが小学4年生を修了するまでに拡大しました。
こうした中、今年度は複数の駅を束ねる「管区長」に女性として初めて、入社15年の今成唯依さんが登用されました。
今成さんは、車掌などを経験し、現在は埼玉県の本川越駅など7つの駅の管区を指揮していて、あさ7時すぎに出勤するとさっそく職員たちに声をかけていました。
入社した2007年当時は少なかった女性職員用の宿泊施設なども各駅で整備が進んできたといい、育児休職からの復帰直後は短時間勤務の制度も活用し、いまは小学生になる子どもを育てながら働いています。
1つ上の育児中の女性の先輩の存在にも助けられたといい、「先輩に相談したり工夫を聞いたりする中で、ひとりじゃないんだと勇気をもらうことがありました」と振り返りました。
そのうえで「まだ働く女性職員が少ないという意味で、自分のロールモデルを見つけづらいという課題はあると思います。まだまだ一緒に道を切り開いていく、仲間が欲しいなと感じているところです」と話していました。
西武鉄道では昨年度末時点で女性従業員が7.8%にとどまっていて、すでに男性も女性も使える時短勤務や時差出勤の制度を導入していますが、今月からは泊まり勤務を免除できる期間を子どもが小学4年生を修了するまでに拡大しました。
こうした中、今年度は複数の駅を束ねる「管区長」に女性として初めて、入社15年の今成唯依さんが登用されました。
今成さんは、車掌などを経験し、現在は埼玉県の本川越駅など7つの駅の管区を指揮していて、あさ7時すぎに出勤するとさっそく職員たちに声をかけていました。
入社した2007年当時は少なかった女性職員用の宿泊施設なども各駅で整備が進んできたといい、育児休職からの復帰直後は短時間勤務の制度も活用し、いまは小学生になる子どもを育てながら働いています。
1つ上の育児中の女性の先輩の存在にも助けられたといい、「先輩に相談したり工夫を聞いたりする中で、ひとりじゃないんだと勇気をもらうことがありました」と振り返りました。
そのうえで「まだ働く女性職員が少ないという意味で、自分のロールモデルを見つけづらいという課題はあると思います。まだまだ一緒に道を切り開いていく、仲間が欲しいなと感じているところです」と話していました。
JR東海 女性初の執行役員は…

女性の深夜労働が規制されていた時代から鉄道会社で働き続け、今は役員に就任し、現場の従業員の育成にあたっている人もいます。
去年6月に、JR東海では女性として初めて執行役員に就いた武田千佳さんは、まだ女性の深夜労働が規制されていた1991年に入社し、管理部門で働き始めました。
その後、労働基準法が改正され、1999年から女性の深夜労働が解禁されることになり、女性従業員の受け入れ準備や、若手社員の教育にも従事し、鉄道現場での勤務も経験したといいます。
当時について「もともと鉄道事業というのは、深夜時間帯の勤務というのが不可欠な業種ですので、それが初めて鉄道の現場に女性が入るということになり、受け入れる準備にがむしゃらに対応したのが現状でした」と振り返りました。
その後、自身は新横浜駅長や品川駅長を務め、去年6月から会社として初の女性役員となり、総合研修センターの所長として従業員の育成などに携わっています。
鉄道業界における女性の活躍について「本格的に鉄道事業に従事する女性社員の採用が開始されてようやく25年というところで、ライフイベントが多い女性社員がどのように活躍していけるかは課題だと認識しています。鉄道事業自体もいろんな変化を迎えようとしていますので、多様な社員が活躍していける制度を整え、いろいろな経験のある社員の力をしっかり取り入れ、新しいサービスや発想で仕事を進めていくことが必要だと感じています」と話していました。
去年6月に、JR東海では女性として初めて執行役員に就いた武田千佳さんは、まだ女性の深夜労働が規制されていた1991年に入社し、管理部門で働き始めました。
その後、労働基準法が改正され、1999年から女性の深夜労働が解禁されることになり、女性従業員の受け入れ準備や、若手社員の教育にも従事し、鉄道現場での勤務も経験したといいます。
当時について「もともと鉄道事業というのは、深夜時間帯の勤務というのが不可欠な業種ですので、それが初めて鉄道の現場に女性が入るということになり、受け入れる準備にがむしゃらに対応したのが現状でした」と振り返りました。
その後、自身は新横浜駅長や品川駅長を務め、去年6月から会社として初の女性役員となり、総合研修センターの所長として従業員の育成などに携わっています。
鉄道業界における女性の活躍について「本格的に鉄道事業に従事する女性社員の採用が開始されてようやく25年というところで、ライフイベントが多い女性社員がどのように活躍していけるかは課題だと認識しています。鉄道事業自体もいろんな変化を迎えようとしていますので、多様な社員が活躍していける制度を整え、いろいろな経験のある社員の力をしっかり取り入れ、新しいサービスや発想で仕事を進めていくことが必要だと感じています」と話していました。