“カミングアウト”の波紋

“カミングアウト”の波紋
『みなさんが知らなそうなことをカミングアウトしてみました』

その“カミングアウト”にSNS上で様々な反応があり、企業や国の組織が相次いで謝罪する事態になりました。

いったいなぜでしょうか?

(ネットワーク報道部 杉本宙矢 大津放送局 岡本綾)

#国際カミングアウトデー

10月11日は「国際カミングアウトデー」

この日に合わせてSNSでは企業などが「#国際カミングアウトデー」とつけて宣伝をする投稿が相次ぎました。
花王 メリット
実は…#ノンシリコーン シャンプーなんですよ。
#国際カミングアウトデーということで、
みなさんが知らなそうなことをカミングアウトしてみました。
自衛隊大阪地方協力本部
今日は「カミングアウトデー」
ありのままの自分を #カミングアウト するきっかけの日なんや!
というわけで、まもるもカミングアウトするで~
「実はな… #ほふく前進 得意やねん!」

SNSで議論に

こうした投稿に対してSNS上では、批判のコメントが相次ぎました。
「カミングアウトデーがどういうものか分からず安易に便乗するべきではないですね」

「カミングアウトや国際カミングアウトデーのことをあまりにも軽視したツイートで腹が立ちます」
一方で、こんな意見も…
「普通に「ぶっちゃける」程度の意味で使ってたわ」

「『ふだん言えないことを言う日』と受け取ってしまうのも無理はないんとちゃうか?」

国際カミングアウトデーってどんな日?

そもそも国際カミングアウトデーとはどのような日なのでしょうか?

はじまりは1987年10月11日のアメリカ。この日、首都ワシントンではレズビアンとゲイの権利を求める大規模なマーチが開かれ、50万人もの人々が集結したと言われています。
翌年、この運動をきっかけに性的マイノリティーであることを表明することを支援しようと、10月11日が「ナショナル・カミングアウト・デイ」として制定され、以後、カミングアウトを祝う世界的な記念日となっていきました。

LGBTQの運動の歴史に詳しく、自身もゲイだと公言し活動してきた永易至文さんはこう話しています。
NPO法人パープル・ハンズ 永易至文 事務局長
「国際カミングアウトデーのキャンペーンが始まった頃は、ゲイ男性がエイズで次々と亡くなる一方、政策的には見捨てられた状況で、カミングアウトは『自分たちはここにいるぞ』と表明する活動だったのです」
その後、LGBTQへの理解が進んだとはいえ、今も当事者にとって「カミングアウト」は深刻な問題だといいます。
NPO法人パープル・ハンズ 永易至文 事務局長
「日本はカミングアウトのしやすさという点ではいまだに厳しい状況にあり、特に職場などでのカミングアウトはハードルが高い現状です。一度カミングアウトすると、思いもよらない形で受け取られたりして、みずから命を絶ってしまう人もいます」

今も家族全員には…

「私は公にカミングアウトできたのは2019年で、それまで大切な家族にすら伝えることができませんでした。今でも全員に伝えられたわけじゃなくて、伝えられない人もいて」
国際カミングアウトデーの翌日に、こうツイートしたのはフォトアーティストの「プリちゃん」さんです。
みずからがトランスジェンダーだと公表しています。

小学生の頃から男性という性別に違和感を覚え、男性向けの学生服やスーツを着ることに抵抗があったという「プリちゃん」さん。長年、誰にも相談することはできなかったといいます。

自分が変なんじゃないか…

そう思い、あえて髪を短く切り、無理に“男らしく”ふるまおうとしたこともありました。

髪型や服装が比較的自由な職場を渡り歩いた後、フォトアーティストとして手に職をつけて開いた個展のときのこと。
来館者から聞かれたのは「あなた、男なの?女なの?」

言葉を濁して答えましたが「このまま一生、本当の自分を隠し通すの?」と自問自答する中で、次第に女性であることへの思いを強めていったといいます。

カミングアウトできたのは3年前、28歳の時。

生い立ちから性自認、なりたい自分の姿までを1万字にのぼるブログに書き記し公開しました。公開ボタンは震えながら押したといいます。

いざブログを公開すると、友達から「プリちゃんはプリちゃんでいいんだよ」と励まされました。

その声に背中を押され、ついに母に打ち明けました。LINEででした。

「変わらず味方だからね」

その返事に救われました。

ただ、今もまだ家族全員には直接伝えられていません。

今回の「国際カミングアウトデー」に便乗するツイートを複雑な思いで眺めていたといいます。
「プリちゃん」さん
「今回のような無自覚なツイートを見ると、小馬鹿にされているように感じてしまいました。国際カミングアウトデーは秘密を明かして驚かす日ではなく、ずっと隠し通してきた本当の自分を公に出す勇気をたたえ、“頑張ってきたんだね”と寄り添い合える日であってほしいと思います」

より多くの人の目にとまって欲しかった…

なぜ、このような便乗ツイートをしてしまったのか企業を取材すると…
花王 広報担当者
「正直『国際カミングアウトデー』を正しく理解しないまま、『カミングアウト』ということばにひも付けて発信してしまった。ふだんから各ブランドの担当チームが、効果的なタイミングでSNSの発信をしていて、記念日はいいきっかけになると思った」
国際カミングアウトデーのハッシュタグに込められた本来の意味を正しく理解しないまま、自社の宣伝やPRでより多くの人の目にとまってほしいと投稿してしまったといいます。

一方、便乗ツイートを指摘されすぐに削除してしまう企業が多い中で、花王は今月14日時点でツイートを残しています。
花王 広報担当者
「不適切なツイートはすぐに削除すべきという意見もあるが、コメントでいろいろなご意見をいただいたので、それも削除してしまっていいのかという思いもあり、対応を検討している」

「企業理念として多様性を受け入れダイバーシティーを推進することを掲げて、これまでも定期的に研修などを行ってきていたが、今回の件で多くのご意見をいただき、改めて気付かされることも多かった。複数の社員の目を通しても防ぐことができなかったことを重く受け止め、より一層研修を強化していきたい」
このほか、自衛隊の地方組織や複数の企業が便乗ツイートの批判を受けて謝罪しました。

このうち自衛隊大阪地方協力本部は「一般的に『暴露する』という意味のカミングアウトする日という意味にとらえてしまった。自衛隊を知ってもらうためにツイートした」と話しています。

広がるSNSマーケティング リスクも

自社のサービスや製品について情報発信するSNSマーケティングは広がりを見せています。

ソーシャルメディアやネット炎上を研究している国際大学の山口真一准教授は、SNSマーケティングはテレビCMや広告などに比べて▼一方通行ではなく、消費者と対等に発信できることや▼運営費用が安価なことなどから、広く行われていると指摘。
特に「○○の日」などと絡めて、おもしろいと思ってもらえるような“攻め”の発信をすることで、より拡散されることをねらったことが、背景を知らずに安易な投稿につながったのではないかといいます。

他の人を傷つけないために大切な3つのポイント

SNSで投稿する際に注意すべき点として、山口さんが挙げたのは次の3点です。
1.他者を尊重し、誰かを傷つけることにならないか考える。

2.政治や宗教、ジェンダーなどのセンシティブな話題は特に注意する。

3.文化・文脈を知っておく。
国際大学 山口真一 准教授
「特に今回の事例は、少し調べれば国際カミングアウトデーの意味や由来が分かるはずだった。SNS担当者は萎縮しすぎる必要は無いが、よく調べて発信すべきだ」

一歩立ち止まって…

誰もが自分の思いを届けることができるSNS。

ハッシュタグの裏には伝えたい人たちの思いが込められています。

私たちも、自分たちが発信する際には一歩立ち止まって考えたいと、改めて思いました。