誰もが楽しめる観光地を 甲冑姿で全国の城を巡る男性の思い

誰もが楽しめる観光地を 甲冑姿で全国の城を巡る男性の思い
「甲冑を着て、日本の名城200か所を巡ります」
ある日、ひとりの男性からこんな案内が届いた。聞けば、目が不自由だという。なぜ、甲冑で?そして、なぜ城へ?どんな旅をしているのか、同行取材した。(名古屋放送局記者 堀之内公彦)

おぬし、何者!?

10月上旬、新型コロナの感染者数も減少に転じ、多くの人が行き交う夜の名古屋駅前。

ひとりの男性が改札を抜けて現れた。なんと、甲冑姿。
「お、おぬし何者!?」

思わずそう尋ねたくなるほど、周囲の雰囲気から浮いていた。

働き盛りで突然の失明

男性は、横浜市に住む西郷光太郎さん(46)。戦国武将さながらの甲冑姿で、全国各地の城や城跡を訪れる「城巡り」に挑戦している。

城巡りのときは、自宅から甲冑を身につけるという西郷さん。周囲の視線をよそに「名古屋は横断歩道にも点字ブロックがあって、歩きやすいですね」と笑顔で話しかけてくれた。

実は西郷さん、両目の視力が全くない。

ITエンジニアとして働いていた30代のとき、過労によって失明。仕事を続けられなくなったことで将来への希望も失い、一時は、ほとんど引きこもりの状態になったという。
西郷さん
「生きている理由がわからないくらい絶望しました。誰も分かってくれないだろうと。あるとき、ヘルパーさんに『見えないことがどういうことか分かりますか』と聞いたら、やっぱり『全部は分かりません』と答えたんで『わからないんだったらもうしゃべるな!』って言ったり…。自暴自棄になっていました」

全盲の自分だからこそできること

そんな西郷さんに転機が訪れたのは4年前。きっかけは、ある外国人アスリートからSNSを通じて送られてきたメッセージだった。

「日本は伝統あるすばらしい観光地がたくさんあるのに、障害者は楽しめない」

折しも、新型コロナの感染拡大前。東京オリンピック・パラリンピックの開催も決まり、日本がインバウンド需要に沸いていたころだった。
「全盲の自分だからこそ、障害者のためにできることがあるかもしれない」

観光地のバリアフリーの現状を身をもって体験しようと決断し、外国人からも人気が高い城を巡ることを思い立った。

全身で城を感じる

西郷さんは、視覚以外のすべての感覚をフル稼働させて城の雰囲気を感じようと、武将さながらの甲冑を身に着けることを思いついた。

地域の祭りで使われていた古い甲冑を譲り受け、職人から手ほどきを受けたり、ヘルパーに手伝ってもらいながら文献を調べたりして、甲冑づくりの技術を磨いた。今では修繕もできる腕前だ。
10キロを超える甲冑を着て、息を切らしながら天守閣までの急勾配を登り、迷路のような通路を歩くことで、難攻不落の城を目指した当時の工夫を感じてきた。

甲冑姿でいると観光客に声をかけられることもあり、みずからの思いを知ってもらう機会にもなっているという。

国宝・犬山城へ

この日、西郷さんが32か所目の訪問先に選んだのが愛知県の犬山城。室町時代に建てられた天守閣は、現存する中では日本最古と言われ、国内に5か所しかない国宝の天守閣の1つだ。
200ある名城の中でも、城郭の跡が残っているだけの場所や、公園などとして整備されている場所は比較的訪問しやすい。しかし、文化的に貴重な価値を有する城は、訪問を許可してもらうまで時間がかかることもあるという。

ここ犬山城も、本来は、建物を傷つけるおそれがあるとして、甲冑はもちろん、傘すら持って入ることは認められていない。しかし今回、城の管理事務所が、西郷さんの取り組みに共感し、特別に見学を許可してくれた。

さらに、担当者による丁寧な案内も。天守閣に続く坂道は、ほかの城よりも蛇行が多いことや、途中に門や櫓(やぐら)を設け、防備の要としていたことを説明してくれた。
途中、石垣に触れながら、河原などの石を加工せずに積み上げた当時の技法についても丁寧な解説を受けることができた。

たどりついた天守閣の中は急な階段ばかり。しかし、手すりやロープが至る所に設置されていたうえ、城のスタッフが、頭を柱にぶつけたり、階段を踏み外したりしないように声をかけてくれ、無事に見学を終えることができた。
西郷さん
「本当に感謝します。設備面でも、ものすごく気を遣われているのがわかりました。さらに『甲冑姿で入りたい』といった私の思いをむげにせず相談ができるところが、やはり、バリアフリーの中でもいちばん大切な部分だと感じました」

思わぬ所に危険が

翌日訪れたのは、岐阜城。天守閣は標高329メートルの金華山山頂に復元されたものだ。途中までロープウエーで行くことができるが、その後は、急な石段を上がっていかなければならない。
天守閣に向かう途中、地元の男性が声をかけてくれた。目が見えないことを知ると、織田信長が造ったという石垣について説明をしてくれた。

天守閣では、城の副館長が出迎えてくれ、のぼり旗に快く記念のサインをしてくれた。こうした交流が、力になっているという。

一方で、課題も見つかった。
天守閣までの道で、西郷さんは、たびたび転びそうになった。道には手すりが設置されているが、ところどころ途切れている場所が。手すりの端には途切れることを知らせる点字の表記がなく、手すりを頼りに歩いている西郷さんにとっては、突然、手の中から手すりが消えることになっていたのだ。

危険は足元にも。道の脇には手すりにそって灯籠が置かれていた。趣深く足元を照らしてくれるものだが、目の見えない西郷さんにとっては、ひざをぶつける障害物となってしまっていた。
西郷さん
「視覚障害者が来るとは思わないのかもしれないですね。来るっていうことを想定して整備すること自体が、そもそも、他の城でもできてない部分があるので」

誰もが楽しめる観光地づくりを

地道に目指す200の城。ただ、趣旨を理解してもらえず、訪問自体を断られることも少なくない。
西郷さん
「何かの宣伝目的だと思われてしまって。『面倒くさい』とか『忙しい』と、冷たくあしらわれてしまったこともありました。もともと、お城自体がバリアフリーな場所ではないのでしかたないんですが、バリアフリーをうたっている城でも、働いてる人がバリアフリーの心を持ち合わせていないこともありました」
厚生労働省によると、国内の視覚障害者は、およそ31万2000人。視覚障害者のおよそ4割は、ほとんど外出しておらず、ほかの障害者と比較しても、その割合が高いという調査結果も出ている。

西郷さんは、障害の有無にかかわらず、誰もが行きたい場所に行ける環境をつくっていくため、城巡りを通じて得られた気付きを、さまざまな人に伝えていきたいと考えている。
西郷さん
「皆さんも、新型コロナの感染拡大で家の中に押し込められる経験をしたと思いますが、障害者は常にそういう生活をしています。そういう方々にも気軽に外に出てほしいです。『障害者も観光地に来るんだ』ということに気付いてもらえれば、まず1つの成功だと思います」
名古屋放送局記者
堀之内公彦
2008年入局
長野局、社会部、沖縄局を経て、2020年より現所属
現在は、愛知県政を担当