ビジネス特集

防衛力強化 その財源は?

ロシアによるウクライナ侵攻に台湾海峡をめぐる緊張、そして北朝鮮の相次ぐミサイル発射。日本の安全保障を取り巻く環境は急速に変化している。政府が5年以内の防衛力の抜本的強化を掲げる中、防衛省は敵基地への「反撃能力」を念頭にした武器の量産を盛り込んだ過去最大規模の予算要求を行った。9月30日に始まった政府の有識者会議では、従来の防衛費の枠組みを見直すという議論も浮上。日本の防衛が大きく変わろうとする中、防衛費、そしてその財源の負担はどうなるのか、水面下で進む政府・与党内の議論を取材した。(経済部記者 白石明大 政治部記者 瀬上祐介)

過去最大の概算要求

毎年恒例の来年度予算案の概算要求。

ことし最も注目されたのは、防衛省だった。
政府はことし6月に公表した骨太の方針に「防衛力を5年以内に抜本的に強化する」と明記した。

これに基づき防衛省は概算要求で、過去最大となる5兆5598億円(デジタル庁との重複計上分を除く)を要求。

敵の射程圏外から攻撃できる「スタンド・オフ・ミサイル」の量産をはじめ金額を明示しない「事項要求」を多数盛り込むという異例の要求方式をとった。

防衛費の増額議論

先月30日、総理大臣官邸で「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の初会合が開催され、政府内での防衛力強化の議論が本格的に始まった。
有識者として選ばれたのは、元防衛事務次官など防衛の専門家のほか、金融機関や科学研究、メディア関係者など以下の10人だ。
・上山隆大 総合科学技術・イノベーション会議・議員
・翁百合 日本総合研究所理事長
・喜多恒雄 日本経済新聞社顧問
・國部毅 三井住友フィナンシャルグループ会長
・黒江哲郎 三井住友海上火災保険顧問(元防衛事務次官)
・佐々江賢一郎 日本国際問題研究所理事長(元外務事務次官)
・中西寛 京都大学大学院法学研究科教授
・橋本和仁 科学技術振興機構理事長
・船橋洋一 国際文化会館グローバル・カウンシルチェアマン
・山口寿一 読売新聞グループ本社社長
この会議で、政府は抜本的な防衛力の強化のあり方や防衛費の増額の規模、財源の方向性などについて議論する。

防衛関係費の大幅な増額を検討するにあたって政府が参考にしているのがNATO=北大西洋条約機構の「国防関係支出」の算定基準だ。

NATOは2014年のロシアのクリミア半島の併合を受けて、加盟国間で10年以内に「国防関係支出」を対GDP比で少なくとも2%の水準まで引き上げることを目標に掲げた。

さらに、ことし2月のロシアによるウクライナ侵攻を機にドイツは1000億ユーロ、日本円で約14兆円規模の基金を新設して国防費を増額するほか、NATOへの加盟を申請しているスウェーデンも対GDP比2%規模まで防衛費を増額する方針を示している。

ただ、NATOの「国防関係支出」には、日本の防衛費には含まれていない沿岸警備費や国連平和維持(PKO)関連費、退役軍人らの年金なども含まれている。

日本の対GDP比は1%

一方、日本の防衛費は2022年度の当初予算で5兆4005億円。

対GDP比で0.96%となる。

さらに、NATO基準を参考に政府が算定した日本の「国防関連支出」は、海上保安庁の予算2231億円などを含めて約6兆1000億円、対GDP比で1.09%となる。

対GDP比で「2%以上」とするには、さらに5兆円以上、防衛費を上積みする必要があり、こうした観点からも防衛省は財務省に大幅な増額を求めている。

防衛の新たな枠組み検討へ

財務省といえば予算を厳しく査定し、歳出をできるだけ抑えることが職務だ。

ただ、防衛費の増額要求についてある幹部は「防衛力を抜本的に強化するために必要な予算をつけることにためらいはない」と述べ、安全保障をとりまく厳しい環境を踏まえ、一定の理解を示した。

その一方で、防衛省が要求する戦車配備などの要求には疑問を呈した。
財務省幹部
「これまでの防衛の考え方の延長線上で予算を増額することが、果たして抜本的な防衛力の強化につながるのか。政府全体として『安全保障』という観点から他省庁の事業も精査し、総合的な防衛力・国力の強化につながる枠組みが必要だ」
有識者会議を取りしきる内閣官房は、人材や財源など国の資源が限られる中で防衛省以外の他省庁が所管する事業にも安全保障の視点を取り入れる必要があると考えている。

その1つが「科学技術研究」だ。

令和4年度の当初予算で、科学技術関係の予算は4兆2198億円。

このうち文部科学省が48.8%、経済産業省が15.2%を占めている。

一方で防衛省は3.9%の1645億円と省庁別では6番目の規模だ。
防衛省はこの研究予算の中で人工衛星を利用した宇宙空間での情報収集能力の強化や最先端のサイバー攻撃に対応する技術研究を行っており、今回の概算要求でも研究予算の大幅な増額を求めている。

一方で、宇宙開発やAI=人工知能、量子コンピューターなどの最先端技術の研究開発は日本の大学などの研究機関や民間企業も行っている。

文部科学省や経済産業省はこうした先端技術の研究を支援する事業を行っているが、これらの研究分野での防衛省との連携はほとんどない。

政府はアメリカが国家安全保障の観点から巨額の国防予算を最先端の技術研究に投じ、軍事研究が民間の経済成長を促した仕組みを、日本でも導入できないか検討している。

たとえば、新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大した2020年に当時のトランプ大統領が打ち出した「ワープ・スピード作戦」だ。
ワクチンの研究開発に国防費から巨額な研究予算を投じ、アメリカの製薬会社が異例の早さで新型コロナ用ワクチンを開発することに成功した。

アメリカは国内で感染症が拡大したり、化学兵器が国内で使われたりした際に迅速なワクチンや治療薬の開発ができなければ、国民の生命・財産を守れず治安や軍事面での対応にも支障をきたすとしてこうした薬の研究開発なども安全保障の一部としてとらえている。

政府は日本も安全保障分野の枠組みを科学技術に広げて大学や民間企業の研究開発が相互に連携できれば、防衛力の強化につながるだけでなく、最先端分野の科学技術の発展や派生してできた民生品の活用により日本の経済成長にもつなげられると考えている。

こうした考えは以前から政府内にあったものの、本格的な議論に発展することはなかった。

背景にあるのが軍事研究を忌避する学術機関の反対だ。

ことし7月、日本学術会議は、軍事にも転用可能な科学研究について「純粋な科学研究と軍事に転用が可能な研究について単純にわけることは難しく、扱いを一律に判断することは現実的ではない」という見解を示した。

これについて軍事研究への対応が変化したのではないかとの指摘があったが、日本学術会議は「1950年に公表した『戦争を目的とする科学研究は絶対に行わない』という声明を批判したり否定したりすることはできない」として、軍事目的の研究についての立場に変更はないという見解を改めて示した。

このように科学技術と防衛研究を隔てる壁は依然として高いままだ。

こうした分野に詳しい政府関係者も次のように話している。
政府関係者
「防衛と民間研究の相互活用は日本では決して簡単な議論ではなく、戦後以来の科学技術研究のパラダイムを変える議論だ。しかし、最先端分野の研究者と大量のノウハウを保有する大学や民間企業を活用せずに防衛力の抜本的な強化は考えられない。科学技術分野に限らず公共事業などの分野も有事を想定した公共インフラの活用など、安全保障という観点から再検討が必要で、抜本的な防衛力強化のためにすべての省庁でやらなければいけないことは何なのか、そういう議論を進めなければならない」

“増額”で食い違う認識

一方、こうした防衛費の増額を各省庁の取り組みも含めて議論するという考え方をめぐって「真水=歳出額を抑えたいという財務省の思惑だ」という反発も上がっている。
与党関係者
「有識者会議は財務省が防衛予算を増やさないためにつくったものだからつぶさないといけない」
防衛省関係者
「真水でどこまで増やせるかが重要であって、数字の寄せ集めとみられては元も子もない」
予算の“純増”をねらう防衛省も巻き返しに動くなど、政府内でも認識にずれが生じており、足並みをそろえるのは簡単ではない。
政府関係者
「防衛省は自分たちの予算を増やしたい、ミサイルを作りたい、それがすなわち防衛力だという考えが強すぎる。研究開発での民間との連携にも防衛省は自分たちの研究予算が増えないから乗り気ではない」

焦点となる財源論

防衛の「中身」の議論が進む中、最後に大きな焦点となるのが「財源」だ。

与党内では「赤字国債」や港湾整備などにあてる「建設国債」、あるいは将来の償還財源を決めたうえで発行する「つなぎ国債」という案も浮上している。

自民党の萩生田政務調査会長は、今月4日、記者団に対して防衛費増額の財源について「すべてをこれから先、国債で賄うのは非現実的だ」と述べている。
自民党 萩生田政調会長
「まさにこれから詰めていかなくてはいけないと思うが、防衛費の増額はことし1年の1ショットの話じゃないので、財源をすべて国債でまかなうというのは非現実的だと思っている。どういう形で恒久的な財源を確保するかということも含めて、党内や与党でしっかりと議論をしていきたい」
公明党の石井幹事長も先月30日の会見で防衛費増額のための増税も「選択肢の1つ」との考えを示すなど、今後財源のあり方をめぐって与党内で激論が交わされそうだ。
公明党 石井幹事長
「防衛力を着実に整備・強化していくことを今後、継続すると恒常的に予算が増えていく構造におそらくなる。それをすべて国債でまかなうことは、いまの国の財政状況からいっても難しく、一定の恒久的なしっかりとした財源が必要になる。増税を望ましいと考える人はあまり多くはないかと思うが、選択肢の1つではないか」

欧米では増税の動きも

世界を見ても国防費・防衛費の増額をめぐる財源確保の手法はさまざまだ。

スウェーデンは、酒・たばこ税の増税や大手金融機関に対して銀行税を導入することを決めたほか、アメリカはことし3月に公表した予算教書で国防予算を増額する一方、公的債務の拡大に歯止めをかけるために法人税率の引き上げや富裕層への増税などを実施して、財政赤字を今後10年で1兆ドル、日本円で140兆円以上、圧縮する計画を掲げている。

日本でも今後、有識者会議での議論に加えて自民党税制調査会でも財源のあり方について本格的に議論される見通しだ。

これについては法人税などの「基幹3税」やたばこ税などを引き上げる案も浮上しているが、このうち法人税引き上げ案については経団連や経済同友会が「国民全体で負担すべきものだ」として反発している。

関係者の利害が絡むだけに調整は難航しそうだ。

防衛費はいったん増額すると削減が難しい「恒常的経費」の側面が強く、大幅な増額分を国債でまかなえば、将来の国の予算編成への影響も大きい。

政府は何のために防衛費を大幅に増額するのか。

そして誰がそれを負担するのか。

こうした疑問に真摯に答え、国民に丁寧に説明しなければ理解や納得は得られないだろう。

終戦から77年。

日本の防衛費はこれまで目安としてきたGDPの1%を超えることになるのか。

いま大きな転換点を迎えようとしている。
経済部記者
白石 明大
2015年入局
松江局を経て現所属
金融庁や日銀担当を経て財務省を担当
政治部記者
瀬上 祐介
2005年入局
防衛省キャップ
長崎局、経済部、沖縄局での経験も

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