3年ぶりの神戸ジャズストリート 歌い続ける84歳現役シンガー

10月8日、9日に、ジャズの街 神戸を象徴する「神戸ジャズストリート」が3年ぶりに開かれます。

その舞台に立つ1人、84歳の現役ジャズシンガー 石井順子さん。

生まれ育った神戸で、太平洋戦争の戦火を逃げまどい、阪神・淡路大震災で働いていたジャズバーが全壊するなど、さまざまな苦難を味わいながらも、ジャズとともに生きてきました。

初舞台を踏んだ17歳から84歳になった現在まで、神戸でジャズを歌い続ける理由とは。

(神戸放送局 カメラマン 遠藤夏帆)

神戸ジャズ界の“レジェンド”

「順ちゃん!」「順子ママ歌って~!」

神戸市内の自らが営むジャズバーで、親しみを込めて「順ちゃん」と呼ばれる石井順子さん。84歳になった今でも、お客さんからのリクエストに応えて30曲ほどの持ち歌を披露します。

ハリのある伸びやかな声、高音から低音まで軽々と歌いこなす姿、左右に弾む軽やかなステップ。聴いている人たちの心を弾ませます。

プロとしての初舞台を踏んだ17歳のときから神戸を中心に活躍し続ける“レジェンド”です。

生きる力をくれたジャズ

石井さんは1938年、ジャズ好きの両親の長女として神戸で生まれました。幼いころから家でかかるレコードにあわせて自然とジャズを口ずさんでいました。

3歳の時に太平洋戦争が開戦。神戸は何度も空襲を受け、立ち上る炎と煙の中、母親と逃げまどいました。今でも、焼け野原になった神戸の街が忘れられないといいます。
中学生の時には歌のコンテストでジャズを披露するほどでしたが、敗戦の傷の残る神戸では、ジャズは「敵国の歌」、「石井さんの家の子は不良や」「非国民」と言われることもあったといいます。

そうしたなかでも心の支えとなっていたのがジャズでした。

家計を支えるために高校をやめステージへ

戦後の苦しい時期を乗り越え、生活が軌道にのってきた矢先。高校2年生の冬、父親が事故に遭って大けがを負い、働けなくなってしまいます。

まだ小さな妹や弟がいる石井さんは「私ががんばるしかない」と高校をやめ、家計を支えるためにプロの歌手として歌う覚悟を決めます。
近所の音楽喫茶で歌い始めた石井さん。その歌声は評判になり、大阪の劇場やアメリカ軍の基地など、さまざまな舞台で歌い続けました。

以来、一時ステージから離れた時期もあったものの、長年にわたりプロとして神戸をベースにジャズを歌い続けてきました。

阪神・淡路大震災で気付いた“歌の力”

1995年1月17日、石井さんが56歳のときに阪神・淡路大震災が発生。勤め先のジャズバーも大きな被害を受けました。生活を立て直すことに必死で、ジャズのことを考える余裕は全くありませんでした。

震災から2か月、「神戸を元気づけるために開かれるコンサートで歌ってくれないか」と誘われました。
目の前には、まだ震災の傷痕が多く残る街が広がっています。

「ほんまこんな状況のとこで歌なんて歌ってええんかいな」と思いながら、おそるおそる舞台に立ちました。なんだか、悪いことをしているような気持ちだったといいます。

久しぶりのマイクを握り、ゆったりとした曲調の「テネシーワルツ」を歌いあげました。

出番を終えて会場を出ると、1人のおばあさんが歩み寄り、こう言いました。

「歌ってくれてうれしかった。あの曲は、震災で亡くした主人とダンスを踊った思い出の曲だったんです」

手を握り、涙ながらに話してくれたのです。

変わり果てた神戸の街で生活もままならず、「歌なんて」と思っていた石井さん。自分の歌が、誰かに喜んでもらえる、誰かを励ます力になるんだと気づいた瞬間でした。

コロナ禍でも“歌を待つ人”に励まされ

そして、2020年、新型コロナウイルスが流行。

1982年以来、長年神戸の人々を楽しませ、力づけてきた「神戸ジャズストリート」も初の中止に追い込まれました。

震災から25年、再び、神戸の街からジャズの音色が消えたのです。

石井さんのお店も、緊急事態宣言により、開けたり閉めたりを繰り返していました。営業できてもライブは再開できず、歌うこともできません。

常連客と電話で話しても、お互いあいさつは「生きてるか?」

震災直後、知人と会って「ああ、生きてた、よかったな」と言い合った記憶と重なりました。

また、あのときのように、歌も、人も、遠ざかってしまうかもしれない…。
しかし、そんな石井さんを支え、励ましてくれたのは、お客さんの言葉でした。
「順ちゃんの歌、聞きたい人いっぱいおるねんで」

石井さん
「歌うのをやめようとはそんなん思わない。お客さんからものすごく励ましてもらってるから。やっぱ歌やめたらあかんなって」

3年ぶりの神戸ジャズストリート

1982年に始まった「神戸ジャズストリート」。神戸市三宮の北側に位置する北野坂を中心に、街の中の各会場でジャズの演奏が繰り広げられます。海外からも演奏者が招かれ、県内外から多くのジャズファンが訪れます。

石井さんも長年にわたり毎年出演してきた恒例のステージです。

イベントの実行委員長から石井さんが出演依頼の声をかけられたのはことしの春ごろでした。

歌う機会を心待ちにしてきたはずなのに、石井さんは、久しぶりにステージに立つことが心配になったといいます。コロナ禍でめっきり減ったステージ。これまで難なく覚えてきた歌詞にも不安がよぎるようになりました。

そんな石井さんの気持ちを奮い立たせてくれたのも、やはりお客さんと“歌”でした。
久しぶりのステージでも、自分を励ましてくれてきたお客さんに、納得してもらえる歌を歌いたい。そんな思いで、持ち歌の歌詞を改めて毎日見直すことにしました。

すると、これまでその曲を歌ってきたときの情景、そして、お客さんの顔が次々に思い浮かんできたといいます。

とことん歌えるだけ歌う!

歌に力をもらい、歌で励まし、歌を待つ人に励まされ、歌とともに生きてきた石井さん。

3年ぶりの神戸ジャズストリート。

生きる力を与えてくれた、ジャズ、歌、そして聞いてくれる人たちへの感謝を込めて、飾らない今の歌声を神戸の街に届けます。

石井さん
「ジャズは、やっぱ私の宝やな。なにものにも代えがたいものになってるね。ここまできたら、とことん歌えるだけ歌います!」