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職務質問30回 身に覚えはないのに…

「30回以上職務質問を受けてきました。ただ普通に生活しているだけなのに―」
(ナイジェリア人の父と日本人の母を持つ20代男性)

日本で暮らす外国人や外国籍の親を持つ人たちから「警察から差別的な職務質問を受けた」という声があがっています。
警察などの捜査機関が、人種や肌の色、国籍、民族的な出身をもとに職務質問や取り調べの対象者を選ぶことは「レイシャルプロファイリング」と呼ばれ、世界的な問題となっています。

国内では、東京弁護士会が9月、外国にルーツのある人を対象に行ったアンケート調査の結果を公表。職務質問のあり方に疑問を投げかけました。

中学生の時から30回以上の職務質問

「中学生の頃から何度も職務質問を受けるうちに、だんだん差別的だなという感覚に変わってきました」
職務質問の経験をこう振り返るのは、ナイジェリアから来日した父親と日本人の母親がいる中尾英鈴(えいべる)さん(27歳)です。モデルの仕事をしています。

外見の特徴を理由に違法な薬物を所持しているのではと疑われたり、周囲に大勢の人がいるにも関わらず、自分だけが何度も職務質問を受けてきたりした経験から、これまでの職務質問が「レイシャルプロファイリング」にあたると感じています。

なかでも中尾さんが違和感を持ったのは、撮影の仕事に行くため、日本人のモデル仲間と歩いているときに、中尾さんだけが警察官に呼び止められたことです。
中尾英鈴さん
「警察官に『どうしてもちょっと止めさせてもらいたいんだけど』と声をかけられました。その場には他にも日本人のモデル仲間3人がいましたが、自分だけがかばんや財布の中を見られたうえ、『そういう髪型だから取り調べの対象になりやすい』とも言われました。“何だ、俺だけなんだ”みたいな感じはありますよね」
高校生のころの中尾さん
初めて職務質問を受けたのは中学生のころ。

自転車に乗っているときに「外国人登録証を見せてほしい」と警察官に呼び止められたといいます。

これまでに合わせて30回以上の職務質問を受けたという中尾さん。
回数を重ねるにつれ、自分の中で受け止め方が変わってきました。
中尾英鈴さん
「10代のころから何度も職務質問を受けてきて、数えきれないほどです。外国人登録証の提示を求められ、そもそも持っていないので代わりに保険証を見せると、名前で日本人だとわかったのか急に態度が丁寧になったこともあります。

最初のうちは“なにか悪いことしたのかな?”と思う程度だったのですが、何度も何度も警察官に声をかけられるうちに“差別されているのでは”と感じるようになりました」

世界で高まる意識 国連も在日アメリカ大使館も

「レイシャルプロファイリング」について国連の人種差別撤廃委員会はおととし、各国に防止のためのガイドライン策定などを勧告しました。

去年12月には、在日アメリカ大使館が日本に暮らすアメリカ人に対し、「日本の警察によるレイシャルプロファイリングが疑われる事例が複数報告された」とSNSで発信しました。
Twitterより 在日アメリカ大使館の公式アカウント
在日アメリカ大使館はNHKの取材に対し、「個別の事例については回答できない」としたうえで、「我々が最も優先しているのは、海外にいるアメリカ国民の健康と安心を確保することだ。レイシャルプロファイリングが疑われる事例があったことを日本の当局にも伝えている」と回答しました。

弁護士会の調査で浮かび上がった課題

東京弁護士会が行ったレイシャルプロファイリングに関するアンケート調査
こうした中、東京弁護士会が実態調査に乗り出しました。

ことし1月から2月にかけて、日本で暮らす外国人や外国籍の親を持つ日本人などにインターネット上でアンケート調査への協力を求め、およそ2100人から回答を得ました。

ことし9月に公表された結果では、過去5年間で職務質問を受けた人は62.9%にあたる1318人で、このうち6回~9回という人が10.8%、10回以上職務質問を受けた人も11.5%いました。
また、「声をかけてきた警察官は最初から自分が外国にルーツを持つ人だとわかっていたと思う」と回答した人は85.4%で、その理由として90%以上の人が「身体的特徴」を挙げました。
このほか、自由記述にも差別的な対応を訴える様々な声が寄せられました。

「外国人だとわかったとたん、警察官の態度が急変しタメ口で職務質問が行われた」
「大勢の人々の前で犯人のように調査された」
「見た目だけで薬物を持っているのではと疑われた。侮辱的だし差別的」

こうした結果から、東京弁護士会では「差別や偏見に基づく職務質問が多く行われている可能性がある」とみています。
東京弁護士会 宮下萌弁護士
調査を行った東京弁護士会の宮下萌弁護士
「私が聞き取りした中では、たった1回の職務質問でも、その後、その人が同じ場所に行くことが怖くなって、その場所を回避するようになったり、しばらく外出することが怖くなったりした人もいました。このような声があがっている現状があるので、捜査機関には対応を振り返り、今後、職務質問をどうすべきなのかを考えてもらいたい」

“自分の家です”を信じてもらえない

「見た目だけで犯罪者と疑われることについて知ってほしい」と、自らが職務質問されたときの様子を記録していた男性もいました。

撮影したのはバハマと日本にルーツを持つ英語教師の男性。

自宅のアパートに帰り、ポストを確認していたところ警察官に呼び止められ、所持品検査を求められたといいます。
警察官
「犯罪の未然防止っていうのも我々させてもらってますんで。初めてですか?職務質問」

男性
「いやもう今回で6回目ですね」
男性はこうした職務質問を過去にもたびたび受けていて、警察官から「ドレッドヘアーでおしゃれな方は薬物を持っていることが経験上多い」と言われたこともあるということです。

黒人差別の問題などに取り組む団体には、こうした動画がほかにも多数寄せられているといいます。
Japan for Black Lives代表 川原直実さん
「この男性は自分が職務質問される様子を動画で記録していて、その中で、自宅であることを何度も説明していますが、『鍵1本ではここに住んでいる証明にはならない』『友人の家かもしれない』などと言われ、なかなか警察に納得してもらえませんでした。本当にやりきれないし、屈辱的で悔しい思いをしたと思います。このようなことが日本の至る所で起きているのではないか」

積み重なる“恥ずかしさ”と“怒り”

子どもの頃から何度も職務質問を受けてきたという中尾さん。

その経験を家族にも打ち明けたことがあります。

今回の取材に対して中尾さんの母親が寄せてくれたメッセージには、「ルーツを理由に職務質問が行われているならば許されない」という思いが込められていました。
中尾さんの母親
「息子は小さいころから差別を感じながら成長してきた。容姿で外国人と見られ、ヘアスタイルで麻薬所持者と疑われる。警察官も自分で意識していないだけで差別や偏見からそのような行動にでているのではないかと思う。職務質問は中学生の頃からされており、成人してからはさらに多いようで、母としては心が痛む」
中尾さんに職務質問について改めて尋ねると、治安を守るために必要であることや見た目で声をかけざるをえないということには理解を示しつつも、「恥と怒りです」という答えが返ってきました。
中尾英鈴さん
「“恥ずかしい”というのは、職務質問を受けると結構目立つんです。人通りの多いところなど、目立つ場所でされるので、人の目にさらされる。それは嫌ですよね。見た目で声をかけるかどうか判断しなければいけないというのは理解しています。

その反面やっぱり外見の特徴で職務質問するかしないかを振り分けているとすれば差別だと思います。そこに関する“怒り”はあります」

警察の受け止めは

レイシャルプロファイリングに対する疑問の声を警察はどう受け止めているのか。

谷国家公安委員長は9月13日の記者会見の中で次のように述べました。
谷国家公安委員長
谷国家公安委員長
「職務質問は法にもとづいて行われるものであり、人種とか国籍などの別を理由として行うことは許されることではないと承知しております」
警察庁
職務質問をきっかけに検挙につながった刑法犯の件数は、去年1年間で2万2076件にのぼっています。

警察庁はNHKの取材に対し、「職務質問は凶悪事件等の未然防止及び検挙に資する手段となるものであり、治安維持に有効な活動である」としています。

そのうえで、「人種、国籍等に対する偏見や差別との誤解を受けないように、職務質問の際における不適切・不用意な言動を厳に慎むよう全国会議や警察学校における教育等の各種機会を通じて繰り返し指導している」とし、今後もしっかりと教育・指導をしていくと回答しました。

また、警察庁では、各都道府県の公安委員会に昨年寄せられた人種や国籍に基づく職務質問に関する相談について調査を行っているということです。

元警察官僚 “人権教育の徹底を”

元警察官僚で刑事政策が専門の中央大学法学部教授・四方光さんは、警察官への人権教育の徹底が重要だと指摘します。
中央大学法学部 四方光教授
元警察官僚 中央大学法学部 四方光教授
「警察学校では新卒採用や階級昇任の際に人権教育の時間は必ずありますし、警察署などでの日々の朝礼でも、警察署長や幹部が折に触れて教育をしていますが、治安情勢や関係法令に関する様々な教育がある中で、人権教育が埋もれてしまっているかもしれないという懸念があります。

法的機関の代表でもある警察から差別的な取り扱いを受けているのではないかと、外国にルーツを持つ人たちが思ってしまうこと自体が社会の分断につながりかねません。現場で職務質問の必要性を十分に丁寧に説明するとともに、差別的な応対、言動がないように教育を徹底してもらいたいと思います」
政経国際番組部 ディレクター
朝隈芽生
2016年入局
名古屋局、おはよう日本を経て2022年から現所属
外国人労働者などをテーマに取材
社会部記者(司法担当)
清水彩奈
2012年入局
福岡局、横浜局を経て2019年から社会部で裁判を担当
東京地裁・高裁を中心に取材
社会部記者(警察庁担当)
福岡由梨
2008年入局
社会部で司法や警察取材、調査報道取材などを経て2022年8月から警察庁を担当
おはよう日本 ディレクター
渡邊覚人
2015年入局
横浜局、福岡局などを経て2021年から現所属
ヘイトスピーチなど人種差別の問題を取材

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