戸惑いをどう払拭? ジョブ型雇用導入の日立 その舞台裏に迫る

戸惑いをどう払拭? ジョブ型雇用導入の日立 その舞台裏に迫る
終身雇用や年功序列を見直す動きとして注目を集めている「ジョブ型雇用制度」。日立製作所がその導入を進めています。大改革を行う理由には、世界のデジタル化の潮流のなかで会社の事業そのものが大きく変わらなければならないという危機感がありました。長年働いた社員はどこまで受け入れることができるのか、導入にあたってどんな取り組みを進めてきたのか、その舞台裏を取材しました。(経済部記者 早川沙希)

“うまくいった”採用のジョブ型

ことし8月から9月に行われた日立製作所のインターンシップ。事務系を対象に経理、人事、営業、法務など、職務ごとに役割や必要なスキルを定めて募集する「ジョブ型」のインターンシップが行われていました。

事務系では初めてだといいます。
「ジョブディスクリプション」で参加に必要なスキルを学生に事前に公開。例えば「経理」では次のようになっていました。
必須となるスキル・経験等
・知識と経験を使いこなしながら課題を解決し、新しい価値を生み出すことができる。それを国内外問わず、どのような環境においても実践できる人材。
・英語:TOEIC650点以上
職務ごとに募集したインターンシップ。事務系では合計およそ20人の募集枠に対して、応募はおよそ1000人。倍率は50倍でした。

調達のインターンに参加した大学3年の女子学生は、エネルギー担当の部署に配属され、電力やガスの調達コストを削減するための価格分析の手法などを学んでいました。
女子学生
「コスト削減も大切だが、サステナブルを意識するとコストが上がっていくので、この兼ね合いをどうするのか求められていて、課題についての提案を考えました。事務系のインターンはどうしても広く浅くなってしまうが、ジョブ型だったので、現場の業務を見せてもらい、仕事のことを深く知ることができました」
会社では今年度、新卒と経験者を合わせて1100人を採用する計画ですが、その94%はジョブ型の採用としています。
大久保 部長代理
「職種をしっかり選びたいという学生が増えている印象。ジョブ型の採用は入社する側もモチベーションが高くミスマッチのない配属ができる。会社にとっては、その後の活躍が期待できるメリットも大きい」

“簡単ではない”社員のジョブ型移行

日立製作所では昨年度から社員のジョブ型移行を本格化。国内の社員3万人のうち9500人の管理職から着手し、ことし7月からは残り2万人余りの非管理職でジョブ型への移行が始まっています。
ジョブ型は職務と人材を見える化し、年齢や性別などの属性によらず、本人の能力に応じた適材適所の配置を実現すること。今の時点では、その仕事に応じて給与や待遇を決めるところまではいきません。

社員が上司と1対1のミーティングを重ねながら、個々に「ジョブディスクリプション」を作成する作業を進めています。
年功序列や新卒の一括採用など長年の日本型の雇用制度からの脱却に対して、社員からの戸惑いも大きいと考えられたため、日立製作所では、導入に向けて5年余りかけて社内で議論をしてきたといいます。ことしの春季交渉では労使の議論が合わせて26回行われました。

日立製作所労働組合の半沢美幸中央執行委員長は、議論を重ねる中で、組合員からは次のような不安の声が寄せられたといいます。
「ジョブディスクリプションに書いてある仕事しかやらなくなるのではないか」
「周辺のフリンジの仕事をしないと組織が回らないし事業が形にならない。ジョブディスクリプションから落ちた仕事を拾う人は評価してもらえるのか」
「決められたジョブが終わったら、それで雇用保障は終わりなのか」
半沢 中央執行委員長
「これから具体的に運用していくが、不安や戸惑いの声は今もあると思っている。大きな組織でキャリアに対する考え方も世代によって違う。年齢層が上の皆さんは会社の枠組みの中で与えられた仕事をきちんとこなしてきて、急に転換と言われてもどう受け止め、どう行動していいのか戸惑いも大きいと思う。きちんと事業を支え、誇るべき仕事なのにモチベーションを下げてしまうことがないマネジメントでなければならない」

なぜジョブ型を導入したのか

創業110年余りの日立製作所。かつて家電製品や鉄道、エネルギーなど、ものづくりやシステムで事業を拡大してきました。

その後、デジタル化の世界的な潮流を受けて、本業の事業の大きな改革を迫られています。デジタル技術を生かした課題解決型の新しいサービスなどに力を入れています。
例えば、7月にイタリアで導入されたスマートフォンのアプリ。複数の公共交通機関を使ってもスマホを出し入れする必要なくハンズフリーで移動でき、一日の最後に最も安い運賃が自動決済される仕組みです。

利便性の向上だけでなく、市民に公共交通機関の利用を促すことで、環境負荷の面で課題となっている交通渋滞を解消することにもつながるとしています。

こうした新しいサービスや事業を生み出すには、デジタル人材の強化が必要です。会社では2024年度までの3年間に、国内ではデジタル人材を1万人増やすことを目指しています。

一方で、多くの企業が同様の事業を強化しようとするなかで、こうした人材はどの企業も不足しています。外部から新たな人材の採用も強化していますが、いまいる社員にその役割を担ってもらうことが重要だと考えています。
中畑専務
「ものづくり中心のときはいい製品が作れていればお客様に買っていただける。以前はそういう世界があったが、そうではなくなってきた。これからは、社会やお客様の課題を探しにいく事業となれば、受け身ではなく、プロアクティブに自分から動いていく人材が必要になってくる」

必要なのはリスキリング

ジョブ型の導入に合わせて欠かせないのが社員にもう一度学んでもらう「リスキリング」だと会社では考えています。
会社では3年前に研修機関を統合した「日立アカデミー」を設けて、およそ100コースのデジタル講座を開いています。

しかし、社員が積極的に学ぶようになるためには、まだ課題もあるといいます。
中畑専務
「ジョブ型への転換に向かって、自分でこの教育を受けるとか、具体的な行動に移せている人は残念ながら4割程度という状況。ただ、本人がやる気にならないとリスキルやアップスキルはできない。若い人だけでなく、50代もシニアも含めて、時代にあわせてどういうスキルを持てばいいかを自分で考えて、手を挙げて実現していくという世界を作りたい」
そこで、この10月に導入したのがAI=人工知能を使った学習支援システムです。ジョブ型の導入にあたって、どんな職務を目指すのか、その選択をAIが支援するというものです。

社員が今の仕事や強化したいスキルを登録すると、AIが自動で分析。その社員にあう研修や教材を1万7000以上のコースから選んでおすすめします。

社員はオンラインで無料で受講することができます。

社員の流出はどう考える?

リスキリングで社員のスキルが高まると、逆に社員の流出につながるおそれはないのか?中畑専務に尋ねました。
中畑専務
「日立がやらなきゃいけないのは退職する人を引き止めるということではない。全体の事業の方向や、これから伸びるビジネスはここだということを踏まえて、どういう人材が必要か、あるいはどういう技術が必要か、きちんと社員に提示することが重要だ」

取材を終えて

日立製作所のジョブ型の導入はまだその途上にあります。大企業として乗り越えなければならないハードルも存在していることがわかりました。

社員に危機感を認識してもらうだけでなく、納得感を得てもらうことも必要だと感じます。

「会社が必要としている人材はどんな人材なのか、社員に対して明確に提示する」

とても厳しい考え方ですが、これをあいまいにし、長年働き続けるとキャリアアップやスキルアップが停滞してしまう実態のほうが本当は残酷かもしれません。
経済部記者
早川沙希
2009年入局
新潟局 首都圏局などを経て現所属
電機業界を担当