緊張のヨーロッパ 軍事的脅威に揺れる人々

緊張のヨーロッパ 軍事的脅威に揺れる人々
ロシアがウクライナの戦地に派遣するため予備役の部分的動員も始める中、ロシアの軍事的脅威と向き合うヨーロッパの国々では緊張がさらに高まっている。

かつてソビエト連邦に併合されたバルト3国の一つ、リトアニアは即応部隊の警戒レベルを引き上げたと発表するなど、国防を強化。

さらに、200年以上貫いてきた軍事的中立を転換し、NATO加盟に踏み切ったスウェーデンでも、急速な軍備増強が進んでいる。国の安全保障政策の変化に、国民の間では動揺も広がっている。

ヨーロッパの安全保障はどこへ向かうのか。軍事的脅威に揺れる人々を取材した。(NHKスペシャル「混迷の世紀」取材班)

ロシアへの徹底抗戦を呼びかけるリトアニア

人口280万のリトアニア。

ロシアと同盟関係にあるベラルーシと、ロシア海軍の拠点がある飛び地カリーニングラードに挟まれている。

およそ100キロの国境が封鎖されれば、バルト3国が孤立するため、重要な防衛ラインだ。

首都ビリニュスに向かうとまず目に入ってきたのが、いたるところに掲げられたウクライナの国旗。

公共バスの電子掲示板にも、ウクライナ支援を表明する言葉が映し出されていた。

町中の広場では、ウクライナへの支援とロシアへの徹底抗戦を求める集会が連日開かれていた。
スラジェブさん
「飛行機の音が聞こえると民間機か軍用機かと無意識に考えてしまいます。ウクライナでの戦争によって、恐怖と緊張を感じています。私たちの国でも何か起きてしまうのではないか」
スラジェブさんは、ウクライナへ防弾チョッキやヘルメットなどの装備品を送る活動を続けてきた。

さらに、国境に出向き、ロシアからの貨物輸送を妨害する抗議活動も行ってきた。
スラジェブさんは、ロシアに対して強硬な姿勢で対抗しなければ、リトアニアの安全は守れないと考えている。
スラジェブさん
「ウクライナは必ずこの戦争で勝たなければなりません。もしもウクライナが負けてしまったらリトアニアも消えます。次の標的はわが国です。ロシアは小さな国の存在を認めないのです」

NATO増強 徴兵制の復活 子どもたちにも防衛教育

リトアニア政府は、国防の強化を進めている。

軍事侵攻を受け、国防費をGDP比2.5%に引き上げた。

さらに、NATOの部隊をこれまで以上に受け入れたいとして、基地や演習場の増設にも取り組んでいる。
リトアニア アブケビチュス副国防相
「ロシアに対する唯一の正しいアプローチは封じ込めと弱体化です。さらなる同盟軍の駐留が必要です」
リトアニアは、ロシアによるクリミア併合以降、国防軍を強化させてきた。

2015年に徴兵制を復活。

毎年18歳から23歳までの男性の一部が、9か月間の兵役につく。
敵軍が国境を越えて侵攻する事態を想定した訓練も行われるなど、軍事侵攻後、実践的な訓練を行う頻度が増えていると言う。
徴兵中の兵士
「ロシアがリトアニアに侵攻したらとても悲しいが、私たちはできる限り対抗します。そのためには実践的な訓練が重要で、本当に役立つし私を勇気づけてくれます」
さらに、若者たちへの防衛教育も進めている。

夏休みには、11歳から18歳までの若者を対象にした合宿がリトアニア全土で行われた。
そこで教えられていたのは、軍の規律やサバイバル術、それに武器の扱い方まで。

武器は本物の銃ではないものの、子どもたちが銃を構える様子は緊張感が感じられた。

リトアニアでは、国防軍だけでなく市民一人一人が抵抗する力を身につけることが重要だと考えられているのだ。

強い国防への危機感 背景には旧ソビエト時代の苦い記憶

リトアニアの人々の強い国防への危機感。

その背景には、かつてソビエトに併合された過酷な歴史がある。
首都ビリニュスには今も、ソビエトの情報機関KGB国家保安委員会が管理していた監獄が残されている。

こうした監獄や強制収容所では、反政府的だとされた人や実際に抵抗活動を行った人たちが拷問や処刑にあい、2万人以上が犠牲になったとされている。
ジタ・ヤンクイネさん(84)は父親がリトアニア軍の軍人だった。

ソビエトに併合されることになると、父親は拘束されることを恐れ逃亡、行方不明になった。
残された家族は、ソビエトの情報機関KGBによる厳しい監視のもとでの暮らしを強いられたという。

ヤンクイネさんは、二度と当時の暮らしには戻りたくないと不安を吐露した。
ヤンクイネさん
「私たちは家の中でも占領されていると感じていました。いつも迫害を受けていました。だから息を殺して目立たないように過ごしていました。ロシアはウクライナの国民を殺していますが、リトアニアもそうなるかもしれません。これからどうなってしまうのか、誰にもわからないのです」

NATO加盟を申請したスウェーデン 200年の軍事的中立からの転換

ロシアの軍事侵攻を受け、これまで貫いてきた国の方針を大きく転換したのが、スウェーデンだ。
これまでおよそ200年前にわたって、同盟には加わらず、軍事的中立を貫いてきた。

しかし、もはや軍事的中立では国を守れないと判断し、侵攻から3か月でNATO加盟申請に踏み切った。
リードベリ副外相
「ロシアの軍事侵攻はヨーロッパの安全保障を根本的に変えました。最も安全な選択は、素早く決断しNATO加盟を申請することでした。私たちは適切な分析を行い、党内で議論した上で決断したのです」

総選挙で例年以上の関心集めた「国防問題」

そのスウェーデンでは今年9月、4年に1度の総選挙が行われた。

選挙では、ほぼすべての党が国防の強化を打ち出していた。
アンデション首相
「スウェーデンではいまほぼすべての党が国防強化を打ち出しています。私はそのことを誇りに思います」
スウェーデンは今後、国防費をNATOが目標とするGDP比2%、およそ2倍の規模にまで引き上げるとしている。

これを受け、有権者の間で関心を集めたのは、その財源をどのように確保するか。

スウェーデンでは、各党が街の広場に小屋を建て、党員やボランティアを配置し、有権者と議論するのが恒例となっている。

そこでは、「国防問題」に例年以上の関心が集まっていて、様々な議論が行われていた。
有権者「国防費はどこから調達されるのでしょうか?」

政党スタッフ「我が党は現状の予算の無駄を洗い直します。時間をかけて徐々に行う予定です」

“社会保障を削減すべき” 中道右派政党 政権運営へ

国防費の財源をどのように確保するのか。

選挙戦では、各党によって主張が分かれた。

与党(改選前)、中道左派の社会民主労働党が打ち出したのは、「富裕層への課税強化」。

現在の手厚い社会保障を維持しながら、国防を強化するとした。

一方、野党第一党(改選前)、中道右派の穏健党は、「すでに高い税金をこれ以上上げれば、国民の暮らしや経済に影響を与える」として、増税案に反対。

その上で、社会保障費などを抑えることで国防費を捻出するべきだと主張した。

選挙の結果、社会保障費の抑制を訴えた穏健党が政権を率いていく見通しとなった。
ヨンソン議員
「より厳しい優先順位が必要です。失業保険などを引き締めて、本当に必要なものに集中させるのです」

軍備増強が進むゴットランド島 住民の暮らしにも影響が

そのスウェーデンで、国防の強化が急速に進められるのが、ロシアの飛び地カリーニングラードと向き合うゴットランド島だ。

中心都市ビスビーはユネスコの世界遺産にも登録されている観光地としても人気の島だ。

スウェーデンは冷戦後、軍縮を進め、ゴットランド島では2000年に駐屯部隊が引き揚げていた。

しかし、ロシアのクリミア併合を受け、部隊を再配備。

さらに、今回の軍事侵攻を受け、増強が加速している。

6月にはこの島で、NATOとの合同演習も行われた。
島の軍備増強は、住民の暮らしに影響を及ぼし始めている。

軍は演習場や管理区域を拡大するため、住民たちから土地を買い取っているのだ。

演習場のそばで暮らす夫妻に話を聞くことができた。
夫妻は30年前、静かな環境で暮らしたいと、中心都市ビスビーから少し離れた郊外に念願のマイホームを購入した。

家を少しずつ増築したり、馬を飼ったりして、島ならではの暮らしを楽しんできた。

しかし、演習場が徐々に拡大し、いまでは家の周りは軍の敷地に取り囲まれている。
アニタ・レバンデルさん
「以前はこれほど近くまで広がっていませんでした。以前は乗馬も自由に楽しめていましたが、今では自由に行動することができなくなってしまい残念です」
この春、夫妻のもとには軍から自宅と土地を手放すよう要請があった。

家を手放すかどうか、夫妻は難しい選択を迫られている。
ボー・レバンデルさん
「ゴットランド島は戦略的な場所に位置していますから軍の増強は良いことだと思います。この島はバルト海の真ん中に浮かぶ空母のようなものですから。ただ、長年愛着を持ってきた家なので、売ると決断することは難しいです」
スウェーデンでは国民の半数以上がNATO加盟申請を支持している。

しかし、今も市民団体は議論がつくされていないと反対の声を上げ続けている。
主催者 エヴァ・ミールダールさん
「スウェーデンは小さな国ですが軍事的中立を保ってきました。しかし今、大国同士の紛争の間で圧迫されています。私たちはこれからも人々と議論を続けます」
世界の軍事情勢を分析するストックホルム国際平和研究所は、各国で軍備増強が加速する現状の危うさを指摘する。

去年の世界の軍事費は、初めて2兆ドルを超え、統計を取り始めて以降、最大規模に。

今年はさらに増加すると見ている。
ストックホルム国際平和研究所 スミス所長
「個々の国や政府からすれば自国の安全保障のために軍事費を費やす必要があるという極めて正当な理由があるでしょう。しかし、地球規模では軍事費の拡大によって逆に世界は安全でなくなっていくのです」
軍事的脅威の高まりによって、急速に軍備増強が進むヨーロッパ。

アジアでも、中国の軍備増強などに伴い、日本をはじめ多くの国が防衛費を増やすとしていて、世界の軍備は増強の一途をたどっている。

そのことが、世界に安定をもたらすことになるのか、これからも注視しなければならないと感じる。