政治不信を防ぐ“くじ引き民主主義”

「無作為での抽出で、あなたが選ばれたので会議に参加しませんか?」
ある日突然、自治体からこんな案内状が届いたらどうしますか。
今、「くじ引き民主主義」と呼ばれる取り組みが広がってきています。選挙で選ばれた議員ではなく、無作為に選ばれた市民が討議を行い、行政の意思決定や政策に反映させるというものです。
「“くじ引き”なんかで政策を考えていいの?」
そんな疑問も聞こえてきそうですが、選挙による議会に頼るだけではない新しい民主主義の形として、注目を集めています。
(おはよう日本ディレクター 酒井佑陶)
ある日突然、自治体からこんな案内状が届いたらどうしますか。
今、「くじ引き民主主義」と呼ばれる取り組みが広がってきています。選挙で選ばれた議員ではなく、無作為に選ばれた市民が討議を行い、行政の意思決定や政策に反映させるというものです。
「“くじ引き”なんかで政策を考えていいの?」
そんな疑問も聞こえてきそうですが、選挙による議会に頼るだけではない新しい民主主義の形として、注目を集めています。
(おはよう日本ディレクター 酒井佑陶)
“くじ引き”で市民を選ぶ
東京・武蔵野市では、気候変動対策の具体的な市の行動計画を作る「気候市民会議」の初会合が7月に開かれました。

一見すると何の変哲もない会議風景ですが、この会議の参加者は無作為に選ばれた住民たちが中心です。
住民基本台帳の中からランダムに選ばれた市民1500人に案内が送られ、承諾した41名に、公募で参加を希望した27人が加わって参加しています。その際、武蔵野市全体の年齢層や男女比、居住地の割合に近づくように考慮されています。
参加者の年齢層は10代から70代までさまざまで、男女比もほぼ半々です。関心や知識が無い人でも議論に参加しやすいよう、専門家の講演や質疑応答の時間もあります。
そして、班ごとに分かれて行われる議論では、発言する機会が偏らないように市の職員がファシリテーター役を務めます。
住民基本台帳の中からランダムに選ばれた市民1500人に案内が送られ、承諾した41名に、公募で参加を希望した27人が加わって参加しています。その際、武蔵野市全体の年齢層や男女比、居住地の割合に近づくように考慮されています。
参加者の年齢層は10代から70代までさまざまで、男女比もほぼ半々です。関心や知識が無い人でも議論に参加しやすいよう、専門家の講演や質疑応答の時間もあります。
そして、班ごとに分かれて行われる議論では、発言する機会が偏らないように市の職員がファシリテーター役を務めます。
無作為抽出だからこその多様な意見
武蔵野市は、無作為抽出によって幅広い市民が参加することで多様な意見が集まりやすくなると言います。
この日の会議は市民の消費行動やリサイクルなどを考えるため、「モノを買う、使う、手放す」というテーマで話し合われました。
会場では、年配の男性と若い女性が椅子を並べて意見を交わしていました。
世代が異なるこちらの2人の議論は…。
この日の会議は市民の消費行動やリサイクルなどを考えるため、「モノを買う、使う、手放す」というテーマで話し合われました。
会場では、年配の男性と若い女性が椅子を並べて意見を交わしていました。
世代が異なるこちらの2人の議論は…。

女性
「古着を買うのは、再利用でエコだからという意識もあるけど、ただそういうのが好きだから選んでいます」
男性
「我々の年代は、なかなか(古着を)買おうという意識にならないですね。人が着たものは少し抵抗があります」
「古着を買うのは、再利用でエコだからという意識もあるけど、ただそういうのが好きだから選んでいます」
男性
「我々の年代は、なかなか(古着を)買おうという意識にならないですね。人が着たものは少し抵抗があります」
それぞれの古着に対する考え方の違いが浮き彫りになっていました。多様なバックグラウンドを持つ市民同士が議論することで、お互いの気づきも生まれやすくなります。
他のグループでも、世代や性別、居住地などが異なる市民同士で活発な議論が交わされ、2時間の会議があっという間に思えるほど、会場は熱気に満ちていました。
会議は全部で5回開かれてまとめられ、市は会議で出された幅広い意見を基に気候変動対策の行動計画を今年度中に作ることにしています。
担当者は、環境問題に関心の無い人も含めて無作為抽出で選ぶことの狙いについて、次のように述べています。
他のグループでも、世代や性別、居住地などが異なる市民同士で活発な議論が交わされ、2時間の会議があっという間に思えるほど、会場は熱気に満ちていました。
会議は全部で5回開かれてまとめられ、市は会議で出された幅広い意見を基に気候変動対策の行動計画を今年度中に作ることにしています。
担当者は、環境問題に関心の無い人も含めて無作為抽出で選ぶことの狙いについて、次のように述べています。

武蔵野市 環境政策課 白石さん
「市全体の意見を聞くのはなかなか難しいので、無作為抽出でこういった会議を設定して小さな武蔵野市の縮図、いわば“ミニ武蔵野市”を作ります。その中からどんな意見が出るのか、市全体の総意や傾向を探りたいと思っています」
「市全体の意見を聞くのはなかなか難しいので、無作為抽出でこういった会議を設定して小さな武蔵野市の縮図、いわば“ミニ武蔵野市”を作ります。その中からどんな意見が出るのか、市全体の総意や傾向を探りたいと思っています」
「自分ごと化会議」で条例策定へ
100人を超える市民が参加して議論の結果を提案書としてまとめ、市の新しい条例のベースにしようという取り組みが行われているところもあります。
京都府の長岡京市では、無作為抽出によって選ばれた市民を中心とした会議が行われました。
参加した市民に、地元の課題を自分の問題として考えてもらおうと、会議の名称は「自分ごと化会議」とされています。
京都府の長岡京市では、無作為抽出によって選ばれた市民を中心とした会議が行われました。
参加した市民に、地元の課題を自分の問題として考えてもらおうと、会議の名称は「自分ごと化会議」とされています。

大学生の藤野真央さんは、無作為抽出で選ばれてこの会議に参加した市民の一人です。
案内が届いたときは驚いたという藤野さんですが、自分が生まれ育った故郷のために何かできるならと参加を決意しました。
案内が届いたときは驚いたという藤野さんですが、自分が生まれ育った故郷のために何かできるならと参加を決意しました。

会議では環境、防災・防犯、高齢者、子ども・子育ての4つの分科会があり、藤野さんは高齢者がテーマの分科会に選ばれました。
新型コロナウイルスの影響で延期されつつも、2020年12月から2022年7月まで計7回開催。
立場や世代が異なる人と議論を重ねたことにより、これまで気づかなかったところに目が向くようになったと言います。
例えば、ふだん藤野さんも買い物などで利用する駅前の通りについてのことです。
新型コロナウイルスの影響で延期されつつも、2020年12月から2022年7月まで計7回開催。
立場や世代が異なる人と議論を重ねたことにより、これまで気づかなかったところに目が向くようになったと言います。
例えば、ふだん藤野さんも買い物などで利用する駅前の通りについてのことです。

藤野真央さん
「歩道の狭さが一番気になります。ほかにも車道に向かって斜めだったり、激しい段差があったり。今までは自分が若いので気づかなかったんですけど、例えば足の悪い高齢者の方の立場になって考えてみると、歩きにくい歩道になっているなと感じるようになりました」
「歩道の狭さが一番気になります。ほかにも車道に向かって斜めだったり、激しい段差があったり。今までは自分が若いので気づかなかったんですけど、例えば足の悪い高齢者の方の立場になって考えてみると、歩きにくい歩道になっているなと感じるようになりました」
会議を通して、自分とは違う人の目線で地域の課題を考えるようになったという藤野さん。
参加前は自分でいいのかという不安もあったそうですが、会議を終えて次のように語っていました。
参加前は自分でいいのかという不安もあったそうですが、会議を終えて次のように語っていました。
藤野真央さん
「これまで触れることのなかった地域の課題に触れる機会ができたのがよかったです。すごく有益な会議でした」
「これまで触れることのなかった地域の課題に触れる機会ができたのがよかったです。すごく有益な会議でした」
地域に関心をもつようになった参加者も

会社員の池永稔良さんは、長岡京市におよそ20年間暮らしてきましたが、仕事と家族が中心の生活でした。
これまで地域の課題にそれほど関心は無かったと言います。
「自分ごと化会議」に参加してから、自分の子どもたちや市の将来のために何かできることがないかとより強く思うようになったと言います。
池永さんは環境がテーマの分科会に参加し、長岡京市のゴミの分別やゴミ置き場のマナーが課題となっていることを知りました。
市民がゴミ出しのルールを守らないとゴミ置き場が荒れ、ゴミを回収・処分する行政の負担が増し、最終的に税金の負担増や行政サービスの低下として市民へ返ってくるのです。
これまで地域の課題にそれほど関心は無かったと言います。
「自分ごと化会議」に参加してから、自分の子どもたちや市の将来のために何かできることがないかとより強く思うようになったと言います。
池永さんは環境がテーマの分科会に参加し、長岡京市のゴミの分別やゴミ置き場のマナーが課題となっていることを知りました。
市民がゴミ出しのルールを守らないとゴミ置き場が荒れ、ゴミを回収・処分する行政の負担が増し、最終的に税金の負担増や行政サービスの低下として市民へ返ってくるのです。

ゴミの問題が自分自身や子どもの将来にも影響すると気づいた池永さんは、日常生活でもちょっとした行動の変化が生まれました。
自分でペットボトルを洗ってラベルを剥がすなど分別の意識がこれまで以上に高まったり、あらかじめラベルが付いていないラベルレスの飲料を買うようになったりしたそうです。
自分でペットボトルを洗ってラベルを剥がすなど分別の意識がこれまで以上に高まったり、あらかじめラベルが付いていないラベルレスの飲料を買うようになったりしたそうです。

会議に参加したことで、地域の課題を自分ごととして捉えるようになって、行政と市民についての考え方が変わったのです。
池永稔良さん
「もともとは自分たちの“要望”していることを言おうとしていたんですけど、会議を重ねるごとに、そうではないと思い始めました。行政と市民が一体にならないと、これからは難しいと思うようになったんです。行政に何かを期待するだけではだめだと思いますし、市民どうしが協力し合っているその姿が、いいまちづくりにつながっていくのかなと思います」
「もともとは自分たちの“要望”していることを言おうとしていたんですけど、会議を重ねるごとに、そうではないと思い始めました。行政と市民が一体にならないと、これからは難しいと思うようになったんです。行政に何かを期待するだけではだめだと思いますし、市民どうしが協力し合っているその姿が、いいまちづくりにつながっていくのかなと思います」
提案書を基に条例化へ
100人を超える市民が参加した「自分ごと化会議」の結果を提案書として市に提出しました。
その中で特に多かったのが、地域の課題や行政の持つ情報をわかりやすく伝えてほしいという声でした。
その中で特に多かったのが、地域の課題や行政の持つ情報をわかりやすく伝えてほしいという声でした。

提案書の中には次のような声がありました。
「地域の課題を初めて知る貴重な機会だった。みんながこういう会議に参加するわけでもないので、情報が得にくいのではないか」
「市は困ったことがあれば相談してくださいと言っているが、そのことが市民に伝わっていない」
市は提案に基づいて、条例作りの準備を進めています。
その中ではSNSなどを活用した情報提供の改善を「行政の責務」と条例に明記する方針です。
市の担当者は、今回の条例作りの意義について、次のように述べています。
その中ではSNSなどを活用した情報提供の改善を「行政の責務」と条例に明記する方針です。
市の担当者は、今回の条例作りの意義について、次のように述べています。
長岡京市 自治振興室 藤田敏浩 室長
「無作為抽出であるからこそ、今まで地域に関わったことのない方、全く関心がなかった方も一緒になって、意見をもらって作り上げたという手法に関して効果的で意義があったなというふうに思っています」
「無作為抽出であるからこそ、今まで地域に関わったことのない方、全く関心がなかった方も一緒になって、意見をもらって作り上げたという手法に関して効果的で意義があったなというふうに思っています」
くじ引き民主主義の広がり
「くじ引き民主主義」の広がりについて、こうした取り組みを支援している「市民討議会推進ネットワーク」によると、無作為抽出で選ばれた市民が討議する「市民討議会」が2005年以降、これまでに全国で推計600件ほど開かれているということです。
日本では地方自治体レベルにとどまっていますが、海外では国レベルで導入されている事例もあります。
日本では地方自治体レベルにとどまっていますが、海外では国レベルで導入されている事例もあります。

例えばフランスでは、全国から無作為抽出で選ばれた市民150人が気候変動対策について話し合う会議が2019年から2020年にかけて開催されました。
この会議での提案を基にした法案が、去年7月に可決。
製品やサービスに温室効果ガスの排出量など環境に与える影響を表示させることや、短距離の航空便を廃止することなどが決まりました。
この会議での提案を基にした法案が、去年7月に可決。
製品やサービスに温室効果ガスの排出量など環境に与える影響を表示させることや、短距離の航空便を廃止することなどが決まりました。
くじ引き民主主義の課題と意義について
このように世界的にも注目されている「くじ引き民主主義」ですが、“弱点”もあります。
同志社大学の吉田徹教授は次のように指摘しています。
同志社大学の吉田徹教授は次のように指摘しています。

▽国家機密に関わる内容など、市民の討議になじみにくいテーマがありうる
▽設定された議論のテーマや方法への反対意見を反映しにくい
▽選挙と違い、間違った結論や政策に対する責任の所在が不明確
そのうえで吉田教授は「くじ引き民主主義」がいま注目を集める背景には、社会の変化があるといいます。
▽設定された議論のテーマや方法への反対意見を反映しにくい
▽選挙と違い、間違った結論や政策に対する責任の所在が不明確
そのうえで吉田教授は「くじ引き民主主義」がいま注目を集める背景には、社会の変化があるといいます。
吉田教授
「気候変動など一国では解決できないグローバルな問題や、生命倫理などの価値観が多様で専門家でさえ一つの答えを見いだせない問題が生じています。政治が“自分たちを代表していないのでは”という不信感を少しでも払拭し、政治的な決定に“納得感”を持つという意味で、くじ引き民主主義は従来の議会制民主主義を補完する可能性があります」
「気候変動など一国では解決できないグローバルな問題や、生命倫理などの価値観が多様で専門家でさえ一つの答えを見いだせない問題が生じています。政治が“自分たちを代表していないのでは”という不信感を少しでも払拭し、政治的な決定に“納得感”を持つという意味で、くじ引き民主主義は従来の議会制民主主義を補完する可能性があります」
取材を通して、くじ引き民主主義に参加した人の意識や行動の変化が印象的でした。
職場や学校、家族や友人のような日常の人間関係の枠を超えて、偶然集まった人たちと議論する機会は貴重で、刺激的なのだと思います。
“くじ引き”と聞くと驚く人も多いかと思いますが、その起源は古代ギリシャにまでさかのぼると言われています。
また裁判員制度など、無作為に選ばれた市民の意見を取り込む制度は、私たちの社会に少しずつ浸透しています。
選挙の投票率が上がらないなど「民主主義の機能不全」が指摘されることもある中で、くじ引き民主主義はその改善策の一つとして可能性を秘めていると感じました。
職場や学校、家族や友人のような日常の人間関係の枠を超えて、偶然集まった人たちと議論する機会は貴重で、刺激的なのだと思います。
“くじ引き”と聞くと驚く人も多いかと思いますが、その起源は古代ギリシャにまでさかのぼると言われています。
また裁判員制度など、無作為に選ばれた市民の意見を取り込む制度は、私たちの社会に少しずつ浸透しています。
選挙の投票率が上がらないなど「民主主義の機能不全」が指摘されることもある中で、くじ引き民主主義はその改善策の一つとして可能性を秘めていると感じました。

おはよう日本ディレクター
酒井佑陶
2021年入局
おはよう日本でニュース制作や企画を担当
大学院時代は政治哲学を専攻
民主主義のあり方や文化財の保護など幅広く取材
酒井佑陶
2021年入局
おはよう日本でニュース制作や企画を担当
大学院時代は政治哲学を専攻
民主主義のあり方や文化財の保護など幅広く取材