ビジネス特集

“白いダイヤ”南米でリチウム争奪戦激化 中国も本格参入

EV・電気自動車やスマートフォンなどバッテリーの原料となる「リチウム」。世界各国が脱炭素化・カーボンニュートラルの実現を目指す中、その需要は高まり、価格も上昇し続けています。

その色と希少性から「白いダイヤモンド」とも呼ばれるリチウム。実は日本の“裏側”、南米大陸の高原地帯に集中して存在することが推定されています。現地では、日本企業が先行して開発を続けてきましたが、ここにきて中国企業が参入し、激しい争奪戦が起きています。
(サンパウロ支局 木村隆介支局長)

南米“リチウム・トライアングル”を訪ねて

アルゼンチン 最北部のアンデス山中
「白いダイヤ」を一目見ようと私たちが向かったのは、南米・アルゼンチンの最北部、チリとの国境に近いアンデスの山中。

標高3000メートルを超える高地のため、標高1200メートルにある手前のホテルで高度順化をしてから現地に向かいました。
車の前方に現れたのは一面が真っ白な世界。

南半球は今、冬ですが、雪ではありません。表面が塩でできた「塩湖」です。
この下に、膨大な量のリチウムが溶け出した水が存在しているのです。

この水を精製すると白いダイヤ、リチウムの化合物になるのです。

電池社会 重要度増すリチウム

スマートフォンやノートパソコンなどを動かすバッテリーの原料になるリチウム。

世界各国がEV・電気自動車の導入を加速させる中、その需要は急速に高まっています。

USGS・アメリカ地質調査所によりますと、北米を除いた去年の世界全体のリチウム生産量は、前年に比べて21%増加しました。

生産量の国別の内訳は、▽オーストラリアが5万5000トンで最も多く、次いで▽チリの2万6000トン、▽中国が1万4000トン、▽アルゼンチンが6200トンなどとなっています。
一方、推定埋蔵量でみると違う世界地図が見えてきます。

リチウムの埋蔵量のおよそ6割は、▽ボリビア(2100万トン)、▽アルゼンチン(1900万トン)、▽チリ(980万トン)と、上位3か国が南米に集中していると推計されているのです。

その位置関係から、南米の「リチウム・トライアングル」と呼ばれています。

リチウム開発 先行する日本

豊田通商が出資する会社の生産設備
ボリビアに次いで、世界第2位のリチウム埋蔵量があるとされるアルゼンチン。

現地のリチウム開発で一歩先を行くのが、日本の大手自動車メーカー系の商社、豊田通商です。
12年前、2010年から、地元企業などと共同で、開発を進めてきました。
リチウムを含んだ水の蒸発池
塩湖の下からリチウムを含んだ水をくみ上げ、1年かけて蒸発させて、リチウムを濃縮。

「炭酸リチウム」という、リチウムイオン電池に使う化合物を精製します。

富士山よりも高い標高3900メートルという環境下ですが、雨が少なく、年間を通じて強い日ざしと風があることが、リチウムの精製に適しているといいます。
生産したリチウムは、日本を中心に、アジアやヨーロッパ、北米に輸出。
EV・電気自動車向け蓄電池の需要拡大を背景に、その価格も急上昇しています。

12年前の開発開始当時、1トンあたり日本円で70万円ほどだったリチウムの価格は、現在はその10倍以上、およそ1000万円で取り引きされているということです。

会社は現在、生産設備の大幅な増強に乗り出しています。
新たな工場施設を建設し、早ければ年内にも、生産量を倍増させる見通しです。
豊田通商アルゼンチン 須藤俊佑マネージャー
豊田通商アルゼンチン 須藤俊佑マネージャー
「リチウムの価格も上昇し、まさに『白いダイヤモンド』といった呼ばれ方がされるようになってきました。生産能力の増強や、新しい技術の採用などに力を入れ、品質の良いリチウムを、日本をはじめ各国に安定供給できるよう頑張っていきたい」

後を追う中国 し烈な争奪戦に

しかし、次の「電池時代」を見据えてリチウム確保に力を入れているのは日本だけではありません。欧米やアジアの国々も同様です。

なかでも、日本をしのぐ勢いで権益の獲得を進めているのが中国です。
中国企業による塩湖の開発権を持つ企業買収の発表
EV・電気自動車への転換で世界をリードする中国。
爆発的なリチウムの需要を満たすため、南米を有力な進出先の1つにしています。

中国最大手のリチウム開発企業、「ガンフェンリチウム」は今年7月、アルゼンチンの2つの塩湖の開発権を持つリチウム開発企業を、日本円で1300億円をかけて買収すると発表。

さらに、日本企業が進出する州では、地元企業などと合同で、年内にも世界最大規模のリチウムの生産を開始する予定です。

この企業がアルゼンチンで進める大規模なプロジェクトは3か所に上ります。
中国は、南米からのリチウムの輸入も拡大させています。

チリとアルゼンチンで生産された「炭酸リチウム」の輸出先は、いずれも中国が5割近くを占め、アメリカや日本、韓国などを引き離し、最も多くなっています。

蓄電池の製造能力向上へ 日本政府が新戦略

ノーベル化学賞を受賞した吉野彰さん(左)
もともとリチウムイオン電池は、ノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんが基本技術を確立し、ソニーが1991年に世界で初めて量産化を成功させるなど、日本が技術や販売面で世界をリードしてきました。

しかし、市場の拡大とともに中国や韓国のメーカーのシェアが拡大、日本勢は徐々に劣勢になってきています。
EVに使われるリチウムイオン電池で、2015年に51%余りあった日本のシェアは、2020年には半分以下のおよそ21%にまで低下しています。

日本政府はこうした状況に危機感を抱き、原材料であるリチウムについても権益確保に力を入れていく方針です。
経済産業省はことし8月末に「蓄電池産業戦略」の案をまとめ、2030年までに、日本メーカーによる蓄電池の製造能力を、電気自動車に換算しておよそ800万台分まで増やすことや、蓄電池の関連産業全体で3万人の技術者を育成すること、さらに南米など資源保有国との連携強化を盛り込んでいます。

アルゼンチン政府も歓迎

リチウムを供給する側のアルゼンチン政府も各国企業によるリチウム開発に期待を寄せています。

年率で78%にのぼる急激なインフレや、通貨ペソの急落など、深刻な経済危機が続いているためです。

現在、アルゼンチンで進んでいる各国企業の開発プロジェクトは20件以上。
すべてのプロジェクトが稼働する数年後には、リチウム生産量は、現在のおよそ10倍になると試算しています。
アルゼンチン マッサ経済相
アルゼンチン マッサ経済相
「世界がリチウムなどの資源を巡って争っている。わたしたちの国は、世界が最も必要としている重要な資源を大量に有している。アルゼンチンには主導権を握るチャンスがある」
アルゼンチン フフイ州工業庁 ミゲル・ソレル長官
アルゼンチン フフイ州工業庁 ミゲル・ソレル長官
「最も関心を示しているのが、カナダ、豪州、中国、そしてアメリカ。ドイツ、オランダ、韓国、英国、メキシコ、そしてインドからも問い合わせがある。どの国も、リチウムの重要性を理解しているからです。いま投資しなければチャンスを逃すでしょう」

開発現場の住民 賛否は?

アルゼンチンで加速するリチウム開発。

開発現場近くに住む人たちに話を聞いてみると、意外にも受け止め方は大きく分かれていました。
リチウム関連企業による開発が進む塩湖近くの集落では、学校や公民館、町の中央広場などが次々に新設。

新たな雇用が生まれ、町に活気が戻ったと、住民からは歓迎の声が上がっています。
開発現場の近隣住民 マリオ・ヘロニモさん
マリオ・ヘロニモさん
「以前、この地域の人たちは遠くに働きに出なければなりませんでしたが、リチウムの開発が始まり、生活のすべてが変わりました。教育や福祉、雇用が大きく改善し、地域に活気が戻りました。ネガティブな要素は何もありません」
一方、塩湖の観光業や、塩の販売で生計を立てている人たちからは不安の声も。
リチウムの開発が始まれば、観光客がいなくなってしまい、観光や塩の販売といった地域の生活の糧が失われるのではないか。

さらに、大量の地下水をくみ上げることで、自分たちの生活用水にも影響が出るのではないかと心配しています。
アンデス塩湖の観光ガイド ネルダ・ラマスさん(右側)
塩湖の観光ガイド ネルダ・ラマスさん
「この塩湖はわたしたちが先祖代々受け継いできた土地です。私たちの文化や歴史、生活の一部です。リチウムの開発によって、大切な水が失われ、環境に悪影響が出るおそれもあります」

南米のリチウム開発 政治に翻弄

南米でのリチウム開発は、政治の動きにも左右されてきました。

リチウム・トライアングルの一角で、世界最大の埋蔵量があるとされるボリビア。

EVや再生可能エネルギーへの転換を進めるドイツ政府が2018年、ボリビア政府との間で、70年間にわたってリチウムを安定的に供給する契約の締結にこぎ着けました。
ドイツ政府とボリビア政府との契約締結(2018年)
ところが、リチウムの開発現場近くの住民の間で激しい反対運動が発生。

その後、リチウム開発に反対の立場を取っていた左派の政権が誕生したことで、契約が一方的に破棄される事態となりました。

同じくリチウム・トライアングルを形成する国の1つ、チリ。

これまで、銅などと並んでリチウム開発にも積極的でしたが、先の大統領選挙に勝利した左派のボリッチ大統領は、より環境に配慮した生産へと舵を切る姿勢です。

地元の環境団体は、日本などの先進国が主導して、地域の住民の環境に配慮した開発を進めるべきだと主張しています。
環境団体「FARN」環境政策部門 ピア・マルケジャニ代表
「技術力のある日本や欧州、アメリカは、鉱物のリサイクルを主導することができます。少ない水でリチウムを抽出できる技術もあります。自分たちの利益のために、地域を破壊するようなことがあってはなりません」

日本の成長のために

南米などに偏在し、開発にはリスクも指摘されてきたリチウム。

一方で、今後世界が脱炭素化を実現するためになくてはならない資源でもあります。

日本の成長力確保のためにもオールジャパンで安定した開発を進めていくことがますます重要になってくると、アンデス山脈の高地で取材してまざまざと実感しました。
サンパウロ支局長
木村隆介
平成15年入局
ベルリン支局、経済部などを経て、現在は中南米の取材を担当

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