もう一度あの場所へ 2年続く外出制限の中

2年以上、自由に外出できない。

そんな生活、あなたは想像できますか?
コロナ禍で多くの高齢者施設では今も外出制限が続いています。

“もう一度、思い出のあの場所へ行ってみたい”
そんなお年寄りの願いを若者たちがかなえました。

いったい、どうやって?

(大阪放送局記者 秋吉香奈)

2年間ずっとステイホーム

大阪の特別養護老人ホームで暮らす磯崎照子さん(91)。
足の痛みで1人での生活が難しくなり、4年前から入居しています。

磯崎さんが暮らす施設「ふれ愛の館しおん地域密着型特別養護老人ホーム」では、新型コロナの感染を防ぐため、やむをえずおととしから外出制限を続けています。
通院以外の外出は、職員が同伴しての近所へ散歩のみ。
遠出や外泊は制限されています。

(磯崎照子さん)
「出かけに行くということはずっとないですね。お医者さんに行くだけです」

行きたいあの場所へ 旅をお届け

そんな中、行動を起こしたのは桃山学院大学の学生20人。
福祉活動の団体のメンバーです。

お年寄りの心の健康を心配する施設関係者の声を聞き、自分たちにできることはないかと考えました。
そして、学生たちが始めたのが、旅をシェアする「SHARE TABI」プロジェクトです。
感染対策をしたうえで、入居者のお年寄りから詳しく話を聞き取ります。
そして、代わりにその思い出の場所を訪れ、動画を作成します。
動画を見て外出気分を味わってもらおうというものです。

(学生団体「FIOREI」代表 長谷川大陽さん)
「お年寄りの方にもポジティブな気持ちになってもらいたいですし、ふだんお年寄りと関わる機会の少ない若者が、お年寄りの立場に立って物事を考えるきっかけになればいいなと」

30年の思い出が詰まった”あの場所”

磯崎さんの思い出の場所の動画を作成することになった学生たち。
ことし7月から、聞き取り担当の学生が何度も施設を訪れました。

磯崎さんが人生を送ってきたのは和歌山県。
特に思い出に残っているのは30代から60代まで、30年近く働いた白浜町のホテルです。
客が宿泊する部屋への配膳や、掃除などの仕事を担当していました。
めまぐるしく働く日々でしたが、気心の知れた仲間に囲まれ、充実していたといいます。
しかし、施設に入居してからは一度も訪れていません。

(磯崎さん)
「あの頃は一生懸命働きました。みんな仲よしで、和気あいあいとしていて楽しかったですよ。今でもあの場所は忘れられないですね。戻りたいけど、ここに入ったらなかなか外に出て行かれないからね。撮ってきてくれたらうれしいわ」

学生の成長にも

聞き取りを担当しているのは4年生の次村周真さんです。
大学では子どもの福祉について学んでいます。
これまで、お年寄りと関わり合う機会はほとんど無かったといいます。

(次村周真さん)
「親族以外のお年寄りと関わったことが全くないので、初めて会ったときは緊張しました。会話が成り立つのか不安で」

しかし、何度も訪れるうちに、磯崎さんとの心の距離が縮まってきたと感じています。
お年寄りの話を聞くことは、学生にとっても成長につながっているようです。

(次村さん)
「磯崎さんは明るくて、親しげに話しかけてくれて、家族のこととかいろんな話をしました。本当のおばあちゃんみたいに感じています」

これまで部屋で1人で過ごすことが多かったという磯崎さんも、次村さんが来るのを楽しみに待つようになりました。

(磯崎さん)
「この方といろんなお話をするようになってとても楽しかったですよ。かわいい人やなと思ってね」

面影の残る場所を探せ

8月。
何度も聞き取りを重ねたうえで、次村さんたちは、撮影のため白浜町を訪れました。

向かったのは磯崎さんの働いていたホテル。
16年前に改装されて別のホテルになっていました。

それでも、なんとか磯崎さんの思い出をよみがえらせようと、改装前のホテルを知る関係者に話を聞いて、面影の残る場所を調べました。

その1つが露天風呂。
磯崎さんからは、客がいない時間にくつろいでいたというエピソードを聞いていました。
さらに、仲間と働いた充実した日々を思い出してもらえるよう、磯崎さんがしていた配膳の仕事も再現しました。

(次村さん)
「懐かしさを感じてほしいですし、動画を楽しんでもらえたら、いちばんうれしいです」

見て、食べて、思い出にひたって

そして、9月。
感染対策のもと、完成した動画を磯崎さんに見てもらう上映会が施設で開かれました。

ホテルの客室から見える海。
変わらない景色に、磯崎さんからは思わず「懐かしいですわぁ…」と声が漏れます。
さらに、好きだった地元の銘菓が紹介されます。
そして動画を見ている磯崎さんに、そのお菓子が手渡されます。
次村さんたちからのプレゼントです。
懐かしい味とともに、“疑似旅行”を楽しみました。

旅も笑顔も分け合う

上映会が終わり、磯崎さんと次村さんは笑顔で握手を交わしました。
(磯崎さん)
「こんなにしてもらえると思わなかったから、もうなんとも言えないうれしさで胸がいっぱいです。忘れられない思い出になりました」

来年4月からは障害のある子どもたちの支援施設で働くという次村さん。
今回の活動を通じて大切なことを学ばせてもらったといいます。

(次村さん)
「磯崎さんがよろこんでくれたこと、それだけでうれしかったです。人の立場に立って考える、行動するというのが福祉の前提だと感じました。これから現場で頑張っていきたいです」

コロナ禍で生まれた、ひと夏の温かい交流。
お年寄りにとっても学生にとっても、宝物になったようです。