AIに仕事がとられる? 広がる“生活防衛のリスキリング”

AIに仕事がとられる? 広がる“生活防衛のリスキリング”
「仕事は毎日同じことの繰り返し、ロボット、AIに仕事をとられてしまわないかと不安でした」
取材で聞いた事務職で働いていた女性のことばに、正直、はっとしました。

DXやAI=人工知能の技術進展、脱炭素が広がる中で、仕事に求められる人材やスキルも大きく変化しています。

民間のシンクタンクが行った2030年に労働市場で460万人の人材が余るという試算。

取材を進めると働く人の意識が変化し、働きながら新たなスキルを身につけるリスキリングを始める人が増えていることがわかりました。
(経済部記者 櫻井亮)

AIに仕事がとられると不安で…

機械メーカーで正社員として働く30代の女性がリスキリングを始めたのは4年前。

女性の仕事は事務職。
経験も重ねて職場にも慣れやりがいもあり、一定のスキルも身についたと思っていました。

ただ、仕事を続ける中でルーティーンに沿った業務の繰り返しだとも感じていたといいます。

もしかしたら将来、AIの技術が向上する中で自分の仕事は、ロボットでもできてしまうのではないか、取られてしまうのではないか。

その不安が強くなったといいます。
女性
「毎日同じことの繰り返し、もしかたらロボット、AIに仕事をとられてしまわないかと不安でした。事務の仕事が完全になくなるとは思わなかったですけど、生き残れる側の事務員になれるかといったらちょっと厳しいと思いました。不安になるぐらいだったら何かやってみようと、全然違う畑でも、知識とか、手に職があればと考えました」

リスキリング・学び直しで職種変更

女性はメーカーで働きながら勤務が終わった後や休日を利用し外部のスクールに通うなどして「リスキリング」を続け、プログラミングの基礎やホームページの作成方法などを学びました。

9か月ほど通ったスクールの費用は総額でおよそ200万円に上り負担は大きかったですが、それでも勉強を続けました。

そしておととし、会社にもスキルが認められて希望していたシステムエンジニアに職種を変更し、現在は工場のシステムのメンテナンスなどを担当しています。

女性は今もオンライン授業を受けるなどしてリスキリングを続けています。
いま、学んでいるのは会議や仕事の内容をイラストや図形を使い情報をわかりやすく視覚的に伝えるためのスキルです。

今後、新人への教育など、今の仕事に生かすことで業務の生産性を上げたいと考えています。
女性
「仕事をしながらなので大変ですし、必ずしも100%生かせるかといったらそうではないというのが正直な感想です。ただ、リスキリングを続けると満足というか達成感があり、成長しているという気持ちが出てきます」

3年間で2倍に急増 失業や収入減への不安が背景に

働きながら新たなスキルを身につけるリスキリングに取り組む人が増えています。
リスキリングを希望する社会人向けのオンライン授業を配信する東京都内のIT企業ではことし8月時点の登録者はおよそ78万人と去年の同じ月より20%増加。

この3年間でみると登録者はおよそ2倍に急増しているといいます。

リスキリングは同じ会社で業務を変更したり、転職につなげたりするのが目的です。

IT企業が運営するサイトでは主に社会人向けにビジネススキルやプログラミング、それにデザインの授業など8000を超える動画を配信しています。
力を入れているのが生放送による授業の配信です。

働く人が仕事が終わった後に参加できるよう毎日、午後8時ごろから専用のスタジオで授業を撮影し、配信しています。

ことし8月下旬に取材した時にはコミュニケーションに関する授業が行われ、人材育成が専門の講師が相手が求めていることを聞き出す話し方や接し方を説明し、400人以上が視聴しました。

生放送ではリアルタイムで質問を受け付ける時間を多くとることで授業を受ける人がきちんと理解をしながら着実にスキルを身につけることができるよう取り組んでいます。

会社によりますと働きながら授業を受ける人が多くなっていて失業や収入減少などへの不安からリスキリングを始めたというケースが増えているといいます。
「スクー」森健志郎代表
「リスキリングは今までは新たなスキルを身につけることで、収入の増加につなげたいというプラス型の学習、学び直しだったと思います。しかし、最近では学ばないといまの生活を維持できないという、生活を守るためのリスキリングになっていて大きな変化を感じている。リスキリングに対して苦手意識のある人に門戸を開くサービスにしていきたい」

DXや脱炭素で増える人材のミスマッチ

リスキリングが広がる背景を表している試算があります。

民間のシンクタンク「三菱総合研究所」は国の統計データなどをもとにDXや脱炭素化の動きが進む中、仕事に求められるスキルや人材の需要が急速に変化しているとして機械化などで人が余って余剰になる業種と人手が足りない業種についてそれぞれ試算しました。
その結果、転職や業務の変更などを進めたとしても人手が余剰となったり不足したりするミスマッチが2030年に450万人の規模に上ると見込まれるとしています。

「人手の余剰」は460万人と見込んでいて業種ごとにみると、▽事務職が130万人、▽販売職が90万人、▽工場などで働く生産職が80万人としています。

一方、「人手の不足」は440万人と予測し、▽サービス職は140万人、▽運搬、清掃、梱包職はあわせて100万人、▽ITなど、高度な専門スキルが必要な職は70万人としています。

シンクタンクでは技術の革新で雇用が創出される一方で、人手が余剰になると働く人の失業や収入の減少などにつながる恐れがあるとしています。

このため「リスキリング」の支援に産官学が連携して取り組むことや、仕事を失った人が異なる業種に再就職できるよう職業訓練の充実を進めることが重要だと指摘します。
三菱総合研究所 山藤昌志主席研究員
「業務フローや流れが明確化され 誰でも対応できるケースが多い定型的な仕事に、日本では人材が集中していて、デジタル化や脱炭素化に関する仕事が増える中、ミスマッチが広がる要因になっている。2030年以降を考えるとAIとロボット技術が融合されて定型的な仕事は代替される可能性がありリスキリングを通じて高い専門性やスキルが求められる業務についていくことが必要です。日本の労働政策をどう転換できるか、企業、個人が意識をしっかりと変えていけるか非常に重要な局面になっている」

リスキリングで残業代も支給 会社全体で後押しする動きも

「リスキリング」を社内全体で進めている企業もあります。

IT大手の富士通はおととしから会社独自のシステムを設けて社員のリスキリングを後押ししています。

システムにはプログラミングや人材育成、経営管理などのスキルを学ぶことができる動画など1万を超えるコンテンツが登録されています。
社員はすべて無料で利用できます。

動画などはオンライン学習を支援する外部の企業から提供を受けたものだけでなく社員からの要望などを踏まえて会社独自に制作したものもあります。

動画の視聴は業務扱いとなり、上司の許可を得て視聴のために残業すれば残業代も支払われます。

さらに、システム上にはそれぞれの社員の職務や学習の経歴などからおすすめの教材を提示する機能もあり、会社側がいま何のスキルを学んでほしいと考えているのか、社員側も知ることができるのが特徴です。

リスキリングで考え方も変わった

社内システムの構築や管理を担当している小堤剛さんは1年ほど前からリスキリングに力を入れています。

ことし50歳になった小堤さんは30年近くIT技術者として働いてきましたが、DXによって仕事の内容が急速に変わり、過去に得た知識だけでは変化に追いつけなくなっていると焦りを感じています。

特に増加する不正アクセスなどのサイバー攻撃に対応できる知識を身につけようと、多い時には週に5時間ほど動画を視聴しています。
富士通 小堤剛さん
「今って極端なことをいうと過去の知識を一回捨てるぐらいの意気込みで勉強していかないとちょっと追いついていけないと思いますし、がらっと考え方自体が変わっています。もともとはあまり自己啓発をするタイプではなかったのですが、会社の支援があると勉強しようという気持ちになりました」
会社によりますと昨年度、リスキリングのためのシステムを利用したのは国内のグループ会社を含めておよそ6万4000人に上ります。

会社では今後、社員の利用状況を詳しく分析して効果を見極めたうえで、ほかの企業にもこのリスキリングのシステムを提供してきたいと考えています。
富士通 岡田順二さん
「個人が興味のある分野を勉強していくだけでなく、会社が求めるスキルや人材を明確に示して、リスキリングの道筋を示すことが重要だと考えています。求められる人材、求められるスキルも日々変わっていきますし、1人1人の能力が高まったことによって、組織と会社を強くしていくということがまさに人的資本投資そのものだと思っています。より使いやすく学びやすい環境をつくりリスキリングをもっと加速させていきたい」
経済部記者
櫻井亮
2012年入局
宇都宮局を経て経済部
企業の働き方改革などを取材