JR只見線 11年ぶりに全線で運転再開 車両トラブルで影響も

豪雨災害で線路が寸断され福島県内の一部区間が不通となっていたJR只見線が、10月1日、11年ぶりに全線での運転を再開しました。しかし、下りの始発列車が車両トラブルで停止し、4時間余りたってから運転は再開されましたが、出発イベントが中止されるなど影響が出ました。

福島県と新潟県を結び風光明美な路線として知られるJR只見線は、2011年の「新潟・福島豪雨」で橋や線路が流されるなどの被害を受け、福島県内の只見駅と会津川口駅の間の27キロ余りの区間が不通となっていました。

復旧に向けた6年におよぶ議論と4年余りに及ぶ工事の末、1日朝、11年ぶりに全線で運転を再開しました。

午前7時すぎには、新潟方面から到着した上りの始発列車が、福島県の只見駅を出発し、これまで不通だった区間に向けて走り出し、沿線では、多くの住民らが「おかえり只見線」などと書かれたのぼりを掲げ列車に手を振るなどしていました。

ところが、午前6時すぎに会津若松駅を出発した下りの始発列車が、車両トラブルのため会津坂下町にある駅と駅の間で停車したことから、只見線は午前7時ごろから福島県内の一部区間で運転を見合わせる事態となり、およそ210人の乗客はその場で降りて代行輸送のバスに乗り換えました。

運転は4時間余りたった午前11時すぎに再開しましたが会津若松駅で予定されていた全線運転再開記念の臨時列車の出発イベントが中止されるなど、影響が出ました。

只見町で式典 JR東日本社長がトラブルを陳謝

JR只見線が11年ぶりに全線で運転を再開したことを記念して只見町で式典が開かれました。

再開初日に4時間余りにわたって運転見合わせとなったことにJR東日本の深澤祐二社長が陳謝したうえで、関係者たちは鉄道の復活を祝うとともに、地域の振興を願っていました。

式典はJR只見駅近くの小学校の体育館で開かれ、沿線の自治体の関係者などおよそ150人が出席しました。

はじめにJR東日本の深澤祐二社長が「下りの1番列車でトラブルを起こしてご心配をおかけしましたが、これから安心して利用いただけるよう約束し、おわび申し上げます」と陳謝したうえで「地元の皆さんから愛される只見線を再びつくりあげていきたい」とあいさつしました。

そして沿線の自治体を代表して只見町の渡部勇夫町長が「待ち焦がれた全線の運転再開を心から喜び、さらなる只見線の利用促進と沿線地域の振興に取り組んでいく」と述べました。

このあと地元の子どもたちが鉄道ファンとして知られ、只見線をPRしている俳優の六角精児さんと、沿線の地域と交流がある作家の椎名誠さんに感謝状を渡しさらなる応援をお願いしました。

六角さんは「只見線は鉄道の至宝です。いろいろな人に乗ってもらえるよう鉄道ファンとしてできることをやりたい」と話していました。

“世界一只見線に乗る男” 「ようやくこの日が来た」

JR只見駅には、全線で運転再開後の最初の列車に乗ろうと、朝6時過ぎから多くの人が訪れ、窓口には切符を買い求める人の行列ができました。

中学3年生の時に初めて只見線に乗って以来、これまで1000回以上乗車し、「世界一只見線に乗る男」と呼ばれている福島県金山町の大越智貴さんは、「ようやく11年ぶりにこの日が来たなという気持ちで、緊張しています。とりあえずきょう一日、安全運行で、何事もなく無事に走ってほしいです。今回で1088回目の乗車ですが、豪雨で被災する前に乗った時のことを思い出しながら、新しい車窓の景色を楽しみたいです」と話していました。

富山県から来た72歳の会社員の男性は、「3年前に新潟県の小出駅から只見駅まで乗ってきた際に、多くの人が手を振ってくれて再開したらまた来ようと思っていました。どうせ乗るなら1番列車がいいなと。これまで代行バスが走っていましたが、やっぱり列車がいいです」と話していました。

新潟県から訪れた25歳の男性は、「11年ぶりの全線運転再開ということで、車でかけつけました。橋が豪雨で流され、JRの経営も厳しい中で、こうして復旧できたことはすごいことだと思います。全線運転再開初日ならではの雰囲気を味わいたいです」と話していました。

「絶景鉄道」JR只見線の“潜在力”に地元は期待

JR只見線は、福島県会津若松市の会津若松駅と新潟県魚沼市の小出駅を結ぶ全長およそ135キロの路線です。

県境の急しゅんな山岳地帯や、只見川沿いの渓谷を縫うように走っていることから、国内屈指の風光明美な路線として知られ「絶景鉄道」とか「撮り鉄の聖地」などと呼ばれています。

その魅力はSNSで発信された写真を通じて海外にも伝わり、新型コロナウイルスの感染拡大前には多くの外国人が「奥会津」と呼ばれる沿線地域を訪れるようになっていました。

11年ぶりに全線での運転が再開されることで、こうした「絶景鉄道」只見線の潜在力に地元の期待が集まっています。

「上下分離方式」で運営 赤字覚悟で復旧に踏み切る

JR只見線は、東日本大震災と原発事故の発生から4か月後の2011年7月に起きた「新潟・福島豪雨」で、3つの鉄道橋や線路が流されるなど、甚大な被害を受け、福島県側の一部区間、只見町の只見駅と金山町の会津川口駅の間の27キロ余りが不通となっていました。

この区間は、もともと年間3億円以上の赤字だったうえ、復旧に多額の費用がかかることから、一時は被災区間の廃線も検討されましたが、地元が工事費用の一部と維持管理コストを自分たちが負担してでも鉄路を復旧してほしいと要望したことなどから、6年に及ぶ議論と4年余りに及ぶ工事を経て復旧されました。

不通となっていた区間は、10月1日からは列車の運行を引き続きJRが担う一方、線路や駅舎などの維持管理は県が担ういわゆる「上下分離方式」で運営されます。

JR東日本が地方路線のうち利用者が特に少ない区間の収支状況を公表し、赤字が続く地方鉄道の今後の在り方をめぐる議論が本格化しようとする中、採算性に関するデータを地元に開示したうえで、鉄道事業者と地元が路線や沿線地域の将来について話し合い、赤字覚悟で復旧に踏み切った只見線のケースは注目を集めています。