若者が見つめた安倍氏の「国葬」

若者が見つめた安倍氏の「国葬」
安倍元総理大臣の「国葬」が行われた9月27日、会場となった東京・日本武道館の周辺には、献花に訪れた人々の長い行列ができた一方、各地で反対する人たちのデモも行われました。

その中には多くの若者の姿もありました。

国葬についてはNHKの9月の世論調査で「評価しない」が「評価する」を上回りましたが、若い世代は、どちらの意見もきっ抗していました。「政治的関心が低い世代」などとも言われますが、国葬についてどのように考えているのか。若者たちの声を聞きました。
(国葬取材班)

“総理大臣といえば安倍さん”

日本武道館の周辺では、一時は献花まで3時間以上待ちとも言われる長い行列ができました。

献花に訪れた若者から最も多く聞かれたのが「総理大臣といえば安倍さんだ」という声でした。
「ツイッターで好きなお菓子を食べるなどの投稿を見て、親しみやすさも感じた」(20代会社員)

「政治がよく分からない人でも知らない人はいない。柔らかな優しいイメージ」(20代大学生)

“かっこいいリーダー 親しみ感じる存在”

献花に訪れた大学生の木幡涼真さん(22)も、安倍氏に親しみを感じるという1人です。

第2次安倍政権が始まった2012年、木幡さんは小学6年生でした。

中学時代の生徒会長選挙では、経済政策の「アベノミクス」になぞらえて自分の名字を組み込んだ「コワノミクス」と銘打って演説し、当選したといいます。
木幡涼真さん
「自分もこういったかっこいいリーダーになりたいなという気持ちを込めて、半紙に墨でコワノミクスと書いたのをよく覚えています。親しみを感じる存在で、最後のお別れをしたいと思って来ました。今回の事件をきっかけに政治のあり方について考える人もいるのではないでしょうか」
国葬の明確なルールが定められていないと疑問に感じるものの、在任期間の長さなどから、安倍氏の国葬に賛成だといいます。

「アベノミクス」などの一連の経済政策で、就職率の改善など若い世代にも好影響があったと考えています。

“閣議決定だけで実施はおかしい”

では、反対している若者たちはどのような考えなのでしょうか。国会議事堂の前で開かれた集会の参加者に聞きました。

そこにいた若者たちからは、国会で議論せずに決定したことへの不信感や反発の声を多く聞きました。
「昔ならおかしいと言われることがどんどん強引に進められ、デモが起きてもしばらくすると忘れて、なんとなく進んでしまう」(仙台市の20歳大学生)

「国会に諮ることが大切なのに、閣議決定だけで実施してしまうのは、民主主義国家としておかしい」(大阪府の23歳大学生)

“残り半分の声も吸い上げて”

安倍政権が長期化するにつれて、印象が変わったという人もいました。栃木県から訪れた米竹玲音さん(18)です。
米竹玲音さん
「安倍さんは人情味がある人で、外交でも上手に立ち回っていた。でも森友学園や加計学園、『桜を見る会』の問題が出てくるうちに、『真実を明らかにしてほしい』という思いが強くなった」
今は野党を支持し、8月末に行われたデモにも参加していたという米竹さん。反対の声を上げ続けてもなお、国葬が実施されたことが残念だといいます。
米竹玲音さん
「総理大臣の『鶴の一声』は発信力も強いので『やっぱりか』と思う。政治は、市民一人一人の声を吸い上げて実行するものだと思います。選挙で過半数が支持したからやっていいんだ、というのではなく、残り半分の声も吸い上げて、国会で議論し尽くしてほしいです」

安倍氏の国葬 30代以下は「評価する・しない」がきっ抗

9月のNHKの世論調査では、国葬の実施を「評価しない」が「評価する」を上回りました。
ただ年代別で見ると、18歳から30代までは「評価する」と「評価しない」が4ポイント差と、きっ抗していました。

若い世代は、ほかの年代よりは国葬の実施に理解を示す人が多い傾向となりました。

“不屈の精神 教えてくれた”

安倍氏に特別な思いがあるという若者に当日、同行しました。
大学生の堀口英利さん(24)です。堀口さんは、安倍氏と同じ難病「潰瘍性大腸炎」を患っているといいます。
去年6月、安倍氏のフェイスブックのアカウントにメッセージを送信し、自分も同じ病気だと告げると、「難病を糧にする気持ちで頑張ってください」と返信があったといいます。以降、たびたび、励ましのメッセージをもらっていました。
特に印象に残っているのが、持病に苦しみ悩んでいたことし6月にもらった「朝の来ない夜はありません」というメッセージです。
堀口英利さん
「病気があっても頑張れるし活躍できると教えてくれた人でした。まさに不屈の精神を教えてくれたように感じました。一対一の等身大の存在として向き合ってくれたと感じています。国葬の賛否は個人の自由ですが、本当はみんなで送り出せたほうがよかった」

“市民の声を聞かないのがレガシー”

国会前の集会で反対するという若者にも同行し、話を聞きました。

大学生の福田和香子さん(28)です。
福田さんは2015年からよくとしにかけて、若者のグループ「SEALDs」の一員として安全保障関連法の廃止などを訴えていました。しかし法案は可決し、2016年に施行されました。当時の心境をこう振り返ります。
福田和香子さん
「6年前、この景色を私はマイクを持ちながら見ていましたが、これだけの人が声をあげても結局通されてしまうんだと、無力感を感じました」
「アベノミクス」など安倍政権の政策の恩恵は一部の人にしか受けられず、多くの人の生活は苦しくなったと考える福田さん。今回の国葬が行われるまでの経緯を見ると、6年前のときと似たところを感じるといいます。
福田和香子さん
「市民が反対していても強行採決する、市民の声を聞かないことが安倍政権が残したレガシーだったと思います。デモももちろん大事ですが、情報を集めて吸収することも必要だと思います。SNSなども使って声を上げ、政治について考える時間や人を増やしていきたい」

渋谷駅前いつもと変わらず

一方、国葬が行われていたころの渋谷駅周辺。

買い物などを楽しんでいる若者たちに国葬への意見を聞くと「意識していない」「どちらがいいか分からない」という声が上がっていました。
「国葬では黙とうが行われると知ってたが、買い物をしていて特に意識しなかった。賛否両論あって、自分もどういう気持ちでいればいいかわからない」(25歳女性)

「あまり気にかけていなかったけれど、安倍さんはいろいろしてくれた人なのでやってもいいのかな」(福岡から観光に来た19歳男性)

「国葬について話すことはあまりありません。周りに関心ある人も少ないと思う。税金もかかるし、賛否両論あるので、どちらがいいとは言い切れない」(20歳の大学生)

専門家 “SNS・関心低さが影響か”

なぜ、若者たちの意見は賛否がきっ抗する結果となったのでしょうか。
若い世代の行動や考え方などについて研究している関西学院大学の鈴木謙介准教授は、「いつの時代も若い世代は政治的関心が低い傾向にある」とした上で、SNSなどで情報を入手することが影響した可能性があると分析しています。
関西学院大学 鈴木謙介准教授
「若い世代はニュースを専門サイトではなくSNSなどで見るので、情報が短くなり、印象的なことばが入りがちになる。加えて、政治的な話題にそこまで関心がないこともあり、『強い気持ちではないけど強いて挙げるなら』という考えで賛成・反対を答えた可能性がある。政治家やメディアの情報発信のしかたが問われている」
一方、ネット社会と若者の関係に詳しい東京女子大学の橋元良明教授は、国葬を巡る議論が、若者が政治に関心を持つきっかけになりえるのではないかと指摘しています。
東京女子大学 橋元良明教授
「政治や社会問題が、論理的に議論する対象になり得ると意識する機会になったことは確かだ。主に情報の発信者となっている政治家や上の世代は、意見を一方的に発信するだけでなく『あなた方の意見が今後の施策などに関係する』などと呼びかけて、若者から意見を吸い上げていく仕組みを考えていくことが必要だ」

“分断”を越えて

国葬をめぐって数字の上では「二分」されていましたが、若者たちの声に耳を傾けると、それぞれの立場や観点に基づいた多様な考えを持っていることが分かりました。

私たちはこうした声に、どれだけ耳を傾けることができたでしょうか。

「分断」を乗り越え、冷静に議論することの重要性を改めて見つめ直すことが、大切だと感じました。