チロルチョコ“3円”値上げ 決断の背景

チロルチョコ“3円”値上げ 決断の背景
「ある朝起きて、ふいに『来年じゃ遅い気がする』と感じた」

一口サイズのチョコレート菓子で知られる「チロルチョコ」の松尾裕二社長は、29年ぶりに主力商品の値上げを決断した瞬間のことを、こう振り返りました。

1個20円が23円に。

悩み抜いたという値上げ決断の背景には、何があったのでしょうか?(物価と暮らし取材班 櫻井亮)

急転直下の判断

「値上げを決めたのは4月下旬だったと思います。当初は来年あたりを考えていたのですが、ある朝起きて、ふいに『来年じゃ遅い気がする』と感じて決断しました」

29年ぶりの値上げを決めた当時の状況を、松尾社長はこう振り返りました。
他社の動向を見ながら価格改定のタイミングを探っていたものの、原材料価格は予想を超えるレベルまで高騰。当初の予定を大幅に前倒しした、急転直下の判断だったと言います。

“悩みに悩み抜いた”その理由は

チロルチョコは9月、5種類の商品を値上げしました。

このうち4種類は税抜きの参考価格が20円の主力商品で、23円に値上げされました。
金額で見ると小さいものの、割合にして10%を超える大幅な値上げです。

会社の運命を左右するであろう決断に至るまでには、悩みに悩み抜いたといいます。
松尾社長
「原材料費、包材費、工場の光熱費、すべてのコストが値上がりしていて、このままだと立ちゆかなくなってくる状況でした。ただ、値上げをするにしても、いつがいいのか、どれくらいの幅で値上げすればいいのかわからず、夜な夜な電卓をたたいて計算していました。値上げはギャンブルとまでは言わないまでも、会社にとって、ものすごくリスクのある行為だと感じています」
この会社が現在のブランドを立ち上げたのは60年前。

今回23円に値上げされた正方形の一口サイズのチョコレートの販売は43年前に始まりました。

当初は1個10円でしたが、29年前、バーコードを入れるために商品のサイズを大きくして1個20円に。それ以来、価格を据え置いてきました。

創業家の4代目となる松尾社長。

その決断の背景には、会社を、そして従業員の雇用を守らなければならないという強い思いがあったといいます。
松尾社長
「企業として商品を今だけじゃなくてこれから先もずっとお客様に届けなきゃいけない。そして社員の雇用を守る、会社を潰さないことっていうのも私の大切な仕事です。値上げは必要な経営判断だったと思います」

客離れ どう防ぐ

今回の値上げにあたって、社長が最も心配したのが「客離れ」です。
松尾社長
「値上げによって販売数が減ってしまうことはある程度覚悟しなければいけないと思っていて、その部分が非常に怖かった。いったいどれぐらい個数が減ってしまうだろうと。いまのところは思っていたより値上げに対してポジティブな声をいただいています。ただ、まだ値上げから1か月です。これから3か月くらい様子を見て売り上げがどう変わっていくのか検証していく必要があると思っています」
値上げによる客離れをどう防ぐか。

会社が力を入れているのが新商品の開発です。

新しい味のチョコは期間限定商品として販売されます。

このため、30円台から40円台と主力商品に比べて値段が高く設定されることが多く、ヒットが生まれれば、その分、会社の利益も大きくなります。

取材に訪れた日に開かれていたのは、いまあるソースやクリームなどの在庫からどんな新しい味のチョコができるかを検討する会議です。
「ピスタチオのソースがあるから何かに使えない?」「小豆とパン生地で小倉トーストみたいなチョコはどうかな?」マーケティングの担当者たちが手元の在庫表と見比べながら新しい味を探ります。

原材料の選定から徹底的に議論

チョコの味を決めるカカオマスや食用油など原材料の選定も、味とコストとの兼ね合いを見ながら慎重に進めています。

別の日に取材に訪れると、マダガスカル産、エクアドル産、ベトナム産の3つのカカオマスを食べ比べ、次の商品にどれを使うべきか研究員たちが話し合っていました。
味はもちろん、香りの強さや酸味などもチェックポイントです。

ちなみに私も一口いただきましたが、苦みがとても強く、味の違いまではまったくわかりませんでした。

さすがは社員の皆さんです。

今回、一番味の評価が高かったのはマダガスカル産。

2番目がエクアドル産でした。

ただ、エクアドル産の方がコストが安いことから、どちらを採用するかについては意見が分かれ、結論は次回に持ち越しとなりました。

動画配信やイベントでファンと交流

もう1つ、会社が力を入れているのが、ファンの獲得です。

固定客が増えれば、価格変更の影響を最小限に抑えられるというねらいです。

ことしに入り、SNSで初めて動画配信を開始。
月に数回、マーケティング担当の社員が新商品の情報や商品開発秘話などを話す生配信を行っています。

さらに10月中旬には、はじめての対面のイベントを都内で開く予定です。

未発表の商品を食べ比べて意見を出し合う開発会議の体験などができる予定で、およそ120人の参加者を見込んでいます。

ファンの存在について、松尾社長は「ファンとの交流は社員のモチベーションアップにもつながっている。今後もファンとのコミュニケーションに力を入れていきたい」と話していました。

難局を乗り越えられるか

「値上げは私の中でも初めての経営判断です。正直言うと、まだずっとビクビクしている状態なんですよ」

取材の最後、松尾社長がふともらした言葉です。
値上げの発表に触れる機会が増え、私たち消費者も買い物のたびに頭を悩ませる毎日ですが、値上げする側の企業も相当な覚悟と苦しみの中で決断している。

そう改めて感じた瞬間でした。

原材料やエネルギー価格の高騰は、これからも続くのか。

まだ先は見通せないのが現状です。

今回取材した会社はもちろん、同様の状況に直面している多くの企業が、この難局をどのように乗り越えようとしているのか。

今後も取材を続け、伝えていきたいと思います。
経済部記者
櫻井亮
2012年入局
宇都宮局を経て経済部
現在は値上げの現場を中心に取材