芸術はバランスだ! 石積みアートの魅力

芸術はバランスだ! 石積みアートの魅力
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崩れるか、崩れないか――。
京都市内を流れる鴨川で、さまざまな形の石を絶妙なバランスで積み上げる男性がいる。男性が取り組むのは、海外で広まり日本でも愛好家が増えているロックバランシングと呼ばれるアートだ。作品は、「どうやって積んでるの!?」と通りかかる人が思わず足を止めるほどの出来栄え。超人的なバランス感覚から生み出される石のアートに、カメラを向けた。
(大阪放送局カメラマン 田窪一男)

アトリエは鴨川の浅瀬

奇跡的な石の芸術をカメラにおさめようと向かったのは、京都市内を流れる鴨川。
待ち合わせ場所は京阪本線・出町柳駅のすぐ近く、賀茂大橋の下に到着すると、黒いベレー帽姿の男性が出むかえてくれた。ロックバランシングの達人・池西大輔さん(47)。
すでに一つの作品を作り終えていた池西さんは、「気に入った作品ができました」とうれしそうに声をかけてくれた。
池西さんの作品に目を向けると、河原にあるさまざまな形状の石を組み合わせ、立たせるように石が積み重ねられている。いつ崩れてもおかしくない絶妙のバランス。それが池西さんのこだわりだという。
池西さん
「いかに不自然で美しくというのを意識するんです。平らな石を面で重ねるのでなく、接点を小さく積み重ねることを意識します。なんでこんな風に立っているの?ってびっくりしてもらえるような作品作りを意識しています」

石の表情を見る

池西さん
「石っていうのは必ず凹凸があるんですよ、それをうまいこと合わせる感じ。作品作りで大切なのは、石の表情をよく見ること」
池西さんは、石の表面にあるわずかなくぼみを見つけ、そこにもう一方の石の出っ張った部分をはめる。
そして、指を動かしながら石が自立するポイントを探る。これを慎重に繰り返し、最後に一番上に置く石で、全体が安定するポイントを見つけ出せば作品は完成するという。

ロックバランシングから“人生のヒント”を

京都市内で整体院を営む池西さん。ロックバランシングと出会ったのは6年前。
テレビで見たのをきっかけに近所の河原で石を積み始めた。
池西さん
「学生時代にずっとラグビーをしてたんですけど、ラグビー以外に夢中になれるものがなくて、趣味とかも全くなかったんです。ロックバランシングをテレビでやっていたのを覚えていて、やってみようと河原に降りたのがはじめなんです」
ロックバランシングに夢中になり、毎朝近所の河原で石を積み続けた池西さん。最初は石をうまく積むことしか考えられなかったが、腕が上がってくると、自然の中で楽しむロックバランシングが、人生のヒントを教えてくれるようになったと話す。
池西さん
「作品は風で壊れることがあるんです。最初はまだ写真撮ってなかったのにとか、ネガティブな感情がうまれたんですね、でも風ってコントロールできない。コントロールできないところに感情を持っていくことは、時間とエネルギーのむだづかいって思ったんです」
そこで池西さんは、作品を作りあげる過程を楽しむことに意識を向けるようになった。
「完成は目的としていますが、そこばかりにフォーカスしているのはもったいないと思い、過程にフォーカスするようになったんです。そうすると石集めからドキドキワクワクするんで、完成するしないは、どうでもよくなってきたんです。それは人生にも生かされていると思います。便利な物があふれかえってる世の中ですから、時間短縮というのが良しとされるケースもありますけど、時間短縮で最短距離を求めていると、過程で大事なものを見失うと気付いたんです」

笑顔をもたらすアート

高野川と賀茂川の合流地点は鴨川デルタと呼ばれ、人々の憩いの場になっている。
池西さんは、多くの人に見てもらおうと、4年ほど前から週に一度、ここで作品作りを行っている。
石を積む様子を撮影させてもらっていると――
「うわ、すごい」「どうやって作ってるんですか?」
思わぬ石のアートの出現に、池西さんの周りに人が集まり始めた。

ロックバランシングには人の心を動かす力がある

会う人たちに丁寧に教え、時には冗談を織り交ぜながら交流を楽しむ池西さん。その理由について、かつて作品を作っていたときに出会った50代ぐらいの女性とのエピソードを話してくれた。
池西さん
「女性が私の作品をじっと見つめはるんです。そして、ポロポロッと涙を流しはったんです。その方は、ずっと心が曇っていたそうなんですけど、私の作品を見て、久しぶりに心が晴れたと、ありがとうございますって言ってくれたんです。そのときに、ロックバランシングっていうのは、人の心を動かす力があるとすごく実感したんです」
それ以来、人との出会いをより大切にするようになったそうだ。
「今日拾ったこの石っていうのは一期一会だと思うんですね。こうやってお声かけていただく方も、次いつ会えるかわからないし、じゃあこの瞬間を大切にしようと、その瞬間、瞬間を大事にするようになりました」

夕日の中で姿消す ひとときのアート

「もう崩してもいいですか?」「ガラガラガラ」
水しぶきをたてながら、沈みかける夕日に照らされていた作品が一瞬にして崩れ去った。聞くと、川を訪れた人たちがケガをしないように、作品は壊して、元の状態に戻して帰るのがロックバランシングのマナーだそうだ。
池西さん
「この場所はみんなの川ですから、遊んだあとは元に戻すのがいいのかなと思います。もしまねをする方がいらっしゃれば、ちゃんと壊すところまでまねしていただけたらと思います」

「花も散るから美しいじゃないですか。はかなさも私の作品から、皆さん感じとっていただけたら嬉しいなと思っています」
夕日に照らされる鴨川で、池西さんの作品ははかなく消えていった。
NHK大阪放送局カメラマン
田窪一男

2000年入局
沖縄局、報道局、熊本局などを経て、2019年から大阪局。災害報道ではドローン班としても取材にあたる