認知症の独居高齢者がコロナ感染 介護サービス受けられない?

実家で1人暮らしの高齢の親が薬を飲み忘れたり身の回りのことが自分でできなくなったりと認知症の症状が出始め、訪問介護サービスを受けながら生活しています。
ところがある日コロナに感染、それを訪問介護事業所に伝えたとたん、いつものヘルパーさんが来られなくなったと連絡が。介護無しでは生活が難しいのに、いったいどうすれば…。
こういったケース、実際に各地で起きているんです。
(社会部 記者 飯田耕太)

感染判明、するとヘルパーは…

東京 品川区の自宅に住む1人暮らしの女性(90代)は、9月7日にコロナの感染が確認されました。

女性は認知症のほか高血圧などの疾患があり、毎日少なくとも2回の「訪問介護」と週2回の「訪問入浴」の介護サービスを利用して生活しています。

しかしコロナの症状が軽かったために入院には至らず、自宅で療養することが決まると、利用していた訪問介護や訪問入浴のヘルパーは隔離期間の10日間は職員への感染リスクなどからサービスをとりやめることになりました。

女性は自分1人では食事や薬を飲むことが難しく、このままでは生活に大きな影響が出てしまいます。

ヘルパーの代わりに

そこで担当のケアマネージャーはヘルパーの代わりに同じ地域の訪問看護師に、健康観察や食事・服薬の介助、簡単な身の回りの世話をしてもらえるよう依頼したということです。

女性を訪ねた看護師は歯磨きや入れ歯の洗浄、排せつの介助のほか、シーツの交換や女性の髪を洗ったり体を拭いたりと、対応にあたりました。
対応にあたった訪問看護ステーション「ビジナ」坂本諒代表
「訪問看護師は本来、自宅療養者に対しては体調観察など医療面の支援を行うのが基本で介護業務は請け負いませんが、今回は認知症で1人暮らしの方で多くの困難があったため社会的に必要なこととして対応することにしました。もし看護師も感染してしまっては本人の生活や命にも関わるため対策には十分気を付けています」

異常事態、なぜ起きている?

このケースでは、たまたま世話を頼める訪問看護師がいたから対応できましたが、制度として整備されているわけではありません。実際には、感染拡大による介護サービスの休止や利用制限によって介護が受けられなくなるケースが、各地で相次いでいます。

特に7月からの「第7波」では、介護が必要な高齢者の側も、ヘルパーなどの介護事業所の側にも、これまでにない規模で感染者が相次ぎ、生活や命をつなぐのに欠かせない介護サービスが十分に提供できない異常事態が起きているんです。

「第7波」がこれまでと違うのは「入院ではなく自宅で療養する高齢者」が増えたことです。

高齢者は重症化リスクが高いため「感染したら原則入院」とされてきましたが、病床のひっ迫とともにその原則が徐々に崩れていることが背景にあります。

一方、コロナで自宅療養する高齢者には「訪問介護」が欠かせない人も多いですが、それが難しくなっている理由には、事業者やヘルパーの側の事情があります。

看護師などの医療職と違い、ヘルパーには感染を防ぐ専門知識がない人も少なくありません。

感染者への訪問は負担が大きく、事業者の側も職員に無理に訪問を頼むのも難しいというのが実情なんです。

認知症4団体が調査 その結果は

こうした問題について、認知症の当時者や家族などでつくる4つの団体はことし2月から4月にかけて、長引くコロナ禍での影響について、家族や支援者などを対象にインターネットでアンケート調査を行い、8月に結果をまとめました。

回答があった288件のうち半数以上の58%が、コロナ禍の影響で認知症の症状が悪化したり心身機能が低下したりする影響があったと答えました。
背景には、感染拡大に伴う介護サービスの休止や利用制限が相次いだ影響が少なくないとみられ、アンケートでは介護サービスを「減らした」、または「変更した」という回答は全体の36.5%に上りました。

アンケートの自由記述には、認知症の当事者がコロナに感染した際、体調が変化したことを認識しにくいことから「対応が遅れて症状が悪化した」というケースや、中には「死亡した」という報告もあったということです。

4つの団体では、本人の生活への影響や家族の介護の負担が大きい状況が続けば「本人や家族が共倒れになる危険をはらんでいる」として介護にあたる家族が体調を崩した際のサポート体制や認知症の当事者への介護サービスが制限されることをできるだけ少なくするための支援策などを求めて、近く厚生労働省に要望書を提出することにしています。

「個人の努力」だけに頼らないサポートを

認知症の専門医で、広島大学大学院共生社会医学講座の石井伸弥特任教授に詳しく話を聞きました。
「認知症のコロナ患者でも介護が受けられないケースは感染拡大初期のころから起きていたが、今回の「第7波」では感染者がこれだけ増えたことで問題がより顕在化した。ヘルパーが入れなくなってサポートやケアができなければ生活が成り立たず、症状などがどんどん悪化して最終的に非常に不幸な結果になったり、重篤な状態になって入院してしまったりということが起きかねない。それを防ぐために誰かが“しかたがない”“私がやらなきゃ”といって感染の危険をおして対応しているのが現状だ」

そのうえで必要なこととして「現場の努力」「個人の努力」だけに頼らない仕組みを構築する必要があると指摘しました。

「今のように個人の努力に頼るのではなく、認知症で独居や高齢者のみの世帯で感染者が出た場合にも介護・医療のサービスを継続して提供する事業所には人的にも金銭的にもしっかりとサポートしていくことが重要だ。また、そうした人たちに優先的に入ってもらえるような一時的な施設の確保もますます必要になる」

また石井特任教授は、今後の感染拡大期に向けてはこうした人たちに支援が行き届くよう体制を見直していくべきだと指摘しています。

「現状では目が行き届かないハイリスクの人たちが支援から取り残されてしまっている実態があり、対応を見直してそうした人たちを支える体制づくりに重点的に取り組んでいく必要がある」