なぜ米中対立の最前線に自衛隊が 密着取材で見えたものは?

なぜ米中対立の最前線に自衛隊が 密着取材で見えたものは?
日本から遠く離れた、南太平洋にあるガダルカナル島。
この夏、1隻の艦艇が入港した。海上自衛隊の護衛艦「きりさめ」だ。

かつて日本とアメリカが激戦を繰り広げたこの島ではいま、アメリカと中国が安全保障をめぐって激しい駆け引きを行っている。

そこになぜ、護衛艦が向かったのか。「きりさめ」に同乗し、米中対立の最前線で活動する自衛隊の狙いを取材した。
(NHKスペシャル「混迷の世紀」取材班)

“防衛交流”でソロモン諸島・ガダルカナル島に

7月27日、グアム・アメリカ海軍アプラ基地。

厳重なセキュリティーチェックを経て基地に入ると、岸壁の一角に、海上自衛隊の護衛艦「きりさめ」が横付けされていた。

7月上旬に佐世保基地を出港した「きりさめ」は、燃料や食料などの補給のため、グアムに寄港していた。

課せられた任務は、太平洋島しょ国との“防衛交流”だ。

政府は2016年に『自由で開かれたインド太平洋構想』を打ち出した。

この構想を実現するため、海上自衛隊は翌年からインド太平洋地域の国々に毎年、護衛艦を派遣して、行事や共同訓練などを通じて関係強化を図る“防衛交流”を行っている。

今回「きりさめ」はアメリカ軍とともに初めてソロモン諸島の首都があるガダルカナル島を訪問。

2週間あまりにわたる密着取材が始まった。

変化する“日米同盟の質”

グアムを出港して2日後。
「きりさめ」はアメリカ軍と洋上補給訓練を行った。

姿を現したのは貨物弾薬補給艦「セサール・チャベス」。

まるで灰色のビルが海に浮かんでいるかのような大型の艦艇だった。

訓練で「きりさめ」は補給艦から燃料の補給を受けた。

自衛隊がアメリカ軍に燃料補給する光景はこれまで何度も見てきたが、逆のパターンを見たのは初めてだった。

同盟関係のもと、お互いに支え合う。

当たり前のことかもしれないが、同盟の質が以前より変化していると感じた。

海上自衛隊の幹部に聞くと、今回のように遠方に赴く際にアメリカ軍から補給を受ければ、補給艦を伴わずに済むため効率的だという。
「きりさめ」機関長 末吉裕也1等海尉
「個人としてはもう何回、補給訓練をやったか分からないぐらいやっています。アメリカ側もわれわれの手順を理解しているし、私たちも彼らのやり方をほぼ理解しています。手順に関しては深める段階ではなく、確立できている」
燃料補給を受けた「きりさめ」は、ソロモン諸島へと海路を急いだ。

ソロモン諸島で激化する“米中対立”

ソロモン諸島は日本から南に5500キロ離れた、人口およそ70万の島しょ国だ。

いま、この小さな島国をめぐってアメリカと中国が激しい駆け引きを繰り広げている。

きっかけは3年前。
ソロモン諸島がそれまで外交関係を持っていた台湾と断交して、中国と国交を樹立したのだ。
さらにことし4月、アメリカやオーストラリアなどに衝撃を与えるニュースが流れる。

ソロモン諸島が中国と安全保障協定を締結したと発表したのだ。

内容は公表されなかったが、SNSには協定の草案とされる文書が流出した。

それによると、▽ソロモン諸島が中国に警察や軍の派遣を要請できることや▽中国が船舶を寄港させて補給できることなどが記されていた。
なぜ、この協定が衝撃を与えたのか。

それはソロモン諸島がハワイとオーストラリアを結ぶ直線上に位置し、太平洋地域の安全保障上、戦略的な要衝となっているからだ。
太平洋戦争で旧日本軍は、アメリカとオーストラリアの分断を図るため、ガダルカナル島に飛行場を建設。

連合国軍との間で激しい戦闘が行われ、2万人以上もの犠牲者が出た。

協定をきっかけにソロモン諸島に中国の軍事拠点ができた場合、アメリカやオーストラリアのシーレーンに大きな影響が出ることが懸念される。

このため、アメリカは協定締結後、ソロモン諸島に大使館の設立に向けて臨時代理大使を任命するなど、巻き返しに躍起となっている。

いまやソロモン諸島は、米中対立の最前線となっているのだ。

一方、日本は、ソロモン諸島と関わりが深い。

現在公表されている2015年度から5年間の実績値だけでも450億円以上の経済援助を行うなど、関係を築いてきた。

今回の「きりさめ」訪問は、アメリカと歩調をあわせ、安全保障の分野でも関係強化を図るのが狙いだった。

艦長が閣僚と会談

グアムを離れて9日後の8月6日、「きりさめ」はガダルカナル島に入港した。

歓迎の意を表すためか、岸壁では警察の音楽隊が演奏で出迎えた。

ソロモン諸島には軍がないため、警察機関が自衛隊のカウンターパートになる。
入港後、坂田淳艦長たちが真っ先に訪問したのは警察・国家安全相。

首相の側近として安全保障政策を担当しているキーマンだ。

海上自衛隊はソロモン諸島の海上警察と連携を強化したい意向を持っていた。

ホテルにあるレストランの一室で行われた表敬訪問の冒頭、両者は和やかなムードで握手を交わした。

会談は非公開だったが終了後、両者が取材に短く応じた。
「きりさめ」坂田淳艦長
「ソロモン諸島も日本も海洋国家なので、海への関心は非常に高い。海洋に関する連携をしっかり高めていくという話で盛り上がったと思います。こうやって海上自衛隊の1人の部隊指揮官が表敬する時間を作ってくれたというのは、それだけ日本を大切に思ってくれているということなのかなと思います」
ベケ警察・国家安全相
「艦長は良い男だ。良い会談だった。あとは秘書に聞いてくれ」
秘書
「日本との友情を再確認しました。前向きなパートナーシップを築いていきますよ」
取材に対し、坂田艦長は手応えを話したが、ソロモン諸島側は中国に配慮しているのか、奥歯にものが挟まったような反応だった。
実際、中国の影は島のいたるところで見えた。

きりさめが入港した港には中国の貨物船が停泊していた。

ソロモン諸島は中国向けに木材などを多く輸出しているという。

中心部では中国の援助を受けて大規模なスタジアムの建設が進んでいた。

街なかには、中国から供与されたゴミ収集車などが走っていた。

米軍も“防衛交流”

ソロモン諸島で中国の影響力が強まるなか、アメリカ軍も“防衛交流”を行っていた。

舞台となったのはアメリカ海軍の病院船「マーシー」。

島国で医療体制が十分ではないソロモン諸島で医療支援にあたるため、この夏2週間にわたって派遣された。
数日にわたる取材交渉の末、特別に船内の撮影が許可された。

船内に一歩足を踏み入れると、そこは病院そのものだった。

働いている医師や看護師などの医療関係者は何と1200人。

1000の病床のほか、80の集中治療病床、12の手術室があるという。

撮影中もスタッフがせわしなく行き来していた。
「新たな手術が入りました。これからオペが始まります」

広報担当者から連絡を受け、手術室の撮影に向かった。

すると、メスを握っていたのは日米の医官だった。

自衛隊は「きりさめ」によるソロモン諸島訪問とは別に、マーシーに医官ら6人を派遣していたのだ。

手術台には現地の男性が横たわっていた。

重度のヘルニアに悩まされていたものの、地元の病院では治療できなかったという。

日米の医官がかわるがわる縫合糸をつかみ上げ、手術部位をふさぎ始める。

慎重な作業のすえ、およそ2時間で手術は完了。

日米の医官は、成功をたたえ合った。

アメリカ海軍の大佐は「これは決して政治的なミッションではない」と断った上で、ソロモン諸島に人道支援を行うことの意味を次のように語った。
アメリカ海軍ハンク・キム大佐
「困難や問題は我々が力を発揮するチャンスだと思っています。安全で安心な、そして開かれたインド太平洋の実現はアメリカだけの取り組みではありません。これは地域としての使命です。このミッションを通じて、地域のすべての国々が力を合わせて信頼関係を強化するための最大のチャンスなのです」
阿尾理一2等陸佐
「医療支援を通じて日本のプレゼンスを発揮していくことが、ソロモン諸島との相互理解の促進、協力関係の強化につながり、自由で開かれたインド太平洋の維持と強化に一歩ずつ近づいていくのだと考えています」
「マーシー」は、ソロモン諸島への人道支援にとどまらず、関係構築を図る任務を帯びていた。

慰霊式での“誤算”

日米が連携して進めるソロモン諸島との関係構築。

しかし、一筋縄ではいかない現実も見えてきた。

「きりさめ」が入港した翌日、太平洋戦争中のガダルカナル島の戦いで亡くなった人たちを慰霊するアメリカ主催の式典が行われた。
慰霊式には日本の鬼木防衛副大臣(当時)や自衛隊トップの山崎統合幕僚長のほか、アメリカのシャーマン国務副長官やオーストラリアに駐在するケネディ大使など日米豪の高官たちが出席した。

ソロモン諸島のソガバレ首相も招かれていた。

アメリカからすれば、かつて戦った国々が結束している姿を見せ、ソロモン諸島での存在感の発揮につなげる絶好の機会だったはずだ。

しかし、ソガバレ首相は式典に姿を現さず、スピーチは急きょ、別の閣僚が行った。

「中国への配慮から欠席したのだろうか」

そんな思いが頭をかすめる。

何が起きたのか、式典スタッフに取材したが、欠席の理由は不明だった。

ソロモン諸島の首相は…

式典のあと、鬼木防衛副大臣らは、ソガバレ首相への表敬訪問を行うため首相府へと向かった。

待合室で一行は、会談の直前まで何を発言するか入念に確認し、訪問の重要性がうかがえた。

すると、応接室からアメリカのシャーマン国務副長官らが出てきた。

日本側に先立って、会談を行っていたのだ。
続けざまに始まった会談で、ソガバレ首相は笑みを浮かべ、鬼木副大臣に首飾りをかけた。

日本側からは富士山があしらわれた料紙箱を贈った。

このあと会談はおよそ30分、非公開で行われた。

関係者によると、日本側は、安全保障協定をもとに中国の軍事拠点が作られるのではないかと懸念を伝えたのに対し、ソガバレ首相は「懸念の必要はない」と答えたという。
ソガバレ首相は、日米や中国との関係について、どのように考えているのか。

私たちは後日、ソガバレ首相に直接面会して取材した。

安全保障に関することは話せないとして、日米中の関係についてはかたくなに口を閉ざしたが、最後にこう述べた。
ソガバレ首相
「さまざまな状況が生じていますが、私は南太平洋のリーダーとして、平和で幸福で繁栄のある国づくりに挑戦しています。それが私の永遠の課題です」

自衛隊はどこに

「きりさめ」はガダルカナル島での慰霊式の翌日、アメリカ海軍と合同でソロモン諸島の海上警察と親善訓練を行って“防衛交流”を終えた。

日本からはるか南の太平洋でも繰り広げられるアメリカと中国の駆け引き。

そのなかで自衛隊の活動範囲はさらに広がり、求められる役割も拡大している。

日本を取り巻く安全保障環境が一層厳しさを増していると言われる中、今後、自衛隊はどのような航路を進むのか。

取材を続けていく。
今回取材した内容は、10月9日(日)放送予定のNHKスペシャル「混迷の世紀 第2回 加速する“パワーゲーム”~激変・世界の安全保障~」でも詳しくお伝えします。
社会部記者
南井遼太郎
平成23年入局 
横浜局、沖縄局を経て現所属。
令和2年から防衛省・自衛隊を担当。
福岡放送局ディレクター
水嶋大悟
平成20年入局
松山局などを経て現在は福岡放送局。
戦争の記憶や、安全保障関連などの番組を制作。
社会番組部ディレクター
大薮謙介
平成20年入局
名古屋局・報道局政治番組部を経て社会番組部。
現在は安全保障政策、社会福祉分野を取材。