お姉ちゃんが寝たきりになって 「ピピピ」と「ワハハ」響く家

お姉ちゃんが寝たきりになって 「ピピピ」と「ワハハ」響く家
「家族みんなで『ピピピ』というこきゅう器の音といっしょに『ワハハ』と毎日家でみんなで笑えている事が、なによりも幸せなのかなって思います」

小学5年生の女の子が書いた作文です。寝たきりになったお姉ちゃんの命をつなぐ機械音と一緒に響く、家族の笑い声を表現しました。

看病に追われるお母さんの背中に孤独を感じたこともありましたが、今は、懸命に前を向こうとしています。
(佐賀放送局記者 渡邊結子)

双子のように育った姉妹 ある日突然離ればなれに

作文を書いた、佐賀市の塚原葉音(はのん)ちゃんです。

姉の芽衣(めい)ちゃんは、1歳年上。

双子のような仲良し姉妹に育ち、どこに行くにも一緒でした。

しかし5年前、姉の芽衣ちゃんに異変が起こります。

高熱がなかなか下がらない日が続いたある日、救急車で運ばれたのです。

検査に次ぐ検査を経て出てきた病名は「自己免疫介在性脳炎・脳症」。

免疫が異常な反応をして脳を攻撃する、重い病気でした。

入院は長期にわたり、病院にはお姉ちゃんとお母さんとが、家には葉音ちゃんと弟、お父さんとがばらばらで暮らす日々が始まりました。
母親の絵美里さんは病院で寝泊まりし、つきっきりで芽衣ちゃんの看病をする中でも、家に残してきた家族のことが心配でなりませんでした。

葉音ちゃんは当時6歳。

祖父母の家に預けられることが多くなり、夜になると寂しくて泣いたといいます。

絵美里さんは葉音ちゃんの孤独を少しでも和らげようと、交換ノートを始めることにしました。
佐賀市で恒例の「バルーンフェスタ」があった次の日。

絵美里さんは、病院の窓からもたくさんの熱気球が見えたとつづり、励ましました。

「ままとあえなくてさみしいときは、おそらをみてごらん! おなじおそらのしたに、ままもめいもいるからね!」
それに対し葉音ちゃんは熱気球の絵と、覚えたてのひらがなで「だいすきだよ」と、返事をくれました。

ノートを通じてようやく心を通わせようとする母親と娘。

当時を振り返り、絵美里さんは次のように話します。
絵美里さん
「(入院中で付き添っている間も)どうしているかなって考えない日はなかったですよね。自分がもう3等分されたい気分。芽衣も心配。葉音も大事。昇(弟)も大事。どうにかしてみんなと一緒にいたいけど今はできないから。本当に魔法が使えるなら分裂したいくらいに思っていました」

始まった24時間態勢の医療的ケア

入院から約半年。芽衣ちゃんは退院し、お母さんと一緒に家に帰ってきました。

しかし、生活は以前とは一変しました。
芽衣ちゃんは寝たきりとなり、9種類もの医療的ケアが必要となったのです。

お腹に繋いだチューブから栄養を注入する「胃ろう」は、芽衣ちゃんの体調に合わせてスピードの調節が必要です。

人工呼吸器は、呼吸が乱れたり機器が外れたりすると警告音が鳴り、その都度、対応が必要です。

医療的ケア児の預かり施設がまだ少なかった当時、絵美里さんは、看護師から教わったさまざまな医療的ケアを懸命に覚え、芽衣ちゃんを支えてきました。
葉音ちゃんもお姉ちゃんの体調が気になり、機械のモニターに表示される数字をチェックするようになりました。

まだ小学校に入学したばかりで、数字は覚えたて。

それでも、モニターの表示を自然と覚え、数値が悪くなると機械音が鳴る前にお母さんに知らせたといいます。

“私のことで迷惑かけないように”

家庭のすべてが、お姉ちゃん中心に回る毎日。

絵美里さんは、葉音ちゃんの学校行事にはほとんど顔を出すことができず、風邪をひいても、すぐには病院に連れて行くことができないこともありました。

友達と遊びに行きたいと言った時も、ピアノの習い事がしたいと言った時も、望みをかなえてあげることができませんでした。

当時の家の中をどう感じていたか、葉音ちゃんに尋ねると次のように話してくれました。
葉音ちゃん
「(ママが)前みたいに笑わなくなった。さみしかった。ママは頑張っているから、私のことで迷惑かけないように(と思った)」
一方の絵美里さんは、できるだけ自然に接しながらも、葉音ちゃんに我慢を強いてしまっていると感じていました。
絵美里さん
「(葉音ちゃんに)いっぱいためこませてしまったなって。ママはこれとこれとこれをしなくちゃいけないっていうのがやっぱり見てて、分かるんですよね。察してしまうというか。だから、自分のこれは我慢しようとか」

“きょうだい児”たちが感じる孤独

医療的ケア児は医療の進歩などを背景に増え、その数は全国でおよそ2万人いると推計されています。

親がケア児の世話で手一杯となる中で、その兄弟や姉妹、いわゆる“きょうだい児”の心のケアをどう進めるかも課題になっています。

医療的ケア児の家族の生活実態を調べるため、国は調査を実施し、おととし3月に報告書をまとめました。

この中では、兄弟や姉妹を抱える528の家庭のうち、およそ6割が「きょうだい児がストレスを抱えているように感じる」と回答しました。

きょうだい児からは親と過ごす時間が少ないことへの孤独感や、自宅での生活が落ち着かないといった切実な思いが報告されました。
「家族で旅行に行きたい。習い事もしたいけど、親の送り迎えが必要だからできない」
「お母さんとゆっくり話したいときに聞いてもらえない」
「妹が入院するとママが付き添いでいなくなって、私は、おばあちゃん家に行かなければならなくなる。とても寂しい。嫌だ」
「お風呂に入っているときや寝ているときに弟のアラームが鳴るとお母さんが飛び出していくのが落ち着かない」
(厚生労働省「医療的ケア児者とその家族の生活実態調査報告書」より)

“心の負担を溶かす場所を”

見過ごされがちな“きょうだい児”たちの負担を、どうすれば和らげてあげることができるでしょうか。

ことし5月、佐賀市にオープンした医療的ケア児の一時預かり施設には、きょうだい児たちも過ごせる、あるスペースが設けられました。
ケア児が看護師から医療的ケアを受けている間、親やきょうだい児たちが過ごすことができる“家族の居場所”です。

たくさんのおもちゃが並び、お母さんと子どもたちが夢中で遊んでいました。

さらに施設では、家族同士が交流できるイベントも開催。

家族に横のつながりをつくり、きょうだい児たちが同じ境遇の子どもたちと知り合う機会を設けることにしたのです。
医療的ケア児の母親
「家ではケア児のケアに追われ、きょうだい児のことをかまえない時間があります。家でできないことができる空間になると期待しています」
施設の代表を務める荒牧順子さんは以前、看護師として小児医療に携わっていました。

治療を終え、退院を喜ぶはずの家族が、在宅で大変な思いをしているのを目の当たりにし、一時預かりの施設の設立を決断しました。

そこではケア児だけでなく、きょうだい児を含めた家族の支援に乗り出すことにしたのです。
荒牧順子さん
「医療的な知識も何もない状態で、突然ぽんとケア児の子どもを渡されてそこから右も左もわからない状態で、一生面倒をみないといけない。ケア児のお子さんのケアもですがその家族のケアも大切だなと思いました。

やっぱり当事者同士のつながりが一番大事。困ったときに愚痴をこぼし合ったり、子どもどうし、何も気にせず遊べたり。少しでも心の負担を溶かす場所になればいいなと思っています」

「1人じゃない」が心の支えに

寂しさを感じてきた佐賀市の塚原葉音ちゃんも、こうした家族どうしの交流イベントに参加してきました。
おととし、お母さんの絵美里さんに誘われて初めて参加した、一時預かりの施設が特別に開いた交流イベント。

お姉ちゃんと同じ、たくさんの医療的ケア児の子どもたちがいました。
自分と同じ“きょうだい児”たちにも出会いました。

一緒にお菓子を食べたり、鬼ごっこをしたりして、時間を忘れ夢中で遊ぶ中で、気持ちに変化があったといいます。

このとき感じたことを、葉音ちゃんは学校の作文に書いていました。
「私は、お姉ちゃんと同じようにがんばっているお友達がたくさんいるんだ!と思いました。それと同時に、私みたいな、病気のきょうだいを持つ子ども達にもたくさん会えました。最初は少しはずかしかったけど、自然に仲良くなって、たくさん笑って話して遊んで。とっても楽しい時間でした。病気のお姉ちゃんがきょうだいにいるのは私だけじゃないんだな。1人じゃないんだな。という気持ちになりました」
同じ境遇の子どもたちと接する中で「1人じゃない」と実感した葉音ちゃん。

作文では、お姉ちゃんと過ごす家族の時間を、こんな風にも表現しました。
「お姉ちゃんが病気になって、たくさんがまんすることがふえました。たくさん泣いたりもしました。(一部省略)でも、お父さんとお母さんと弟と私。だれか1人でもいなくなってしまったら今笑えていたでしょうか。お姉ちゃんがいなくなっていたら、笑えていたでしょうか。
家族みんなで『ピピピ』というこきゅう器の音といっしょに『ワハハ』と毎日家でみんなで笑えている事が、なによりも幸せなのかなって思います。みんなが笑うと、お姉ちゃんもいつも笑っています。そしたらまたみんな笑がおになります。なんだか、家族が前よりもっと1つになれた感じがします。」
葉音ちゃん
「きょうだいに病気を持った子がいるのは、私だけじゃなくて、ほかにもたくさんいるから、安心できた。
めい(芽衣)が病気でも自信を持っていいんだ。私だけじゃないからひとりじゃないって気持ちにさせてくれる」
お姉ちゃんが突然病気になり、我慢することもあった葉音ちゃん。

それでも今は家庭に響く笑い声を楽しみにしています。

「1人じゃない」という気持ちが、心の支えになっています。


【情報お待ちしています】
下の投稿フォームから医療的ケア児者や家族のみなさま、支援する医療・福祉関係者、保育・教育現場関係者などからの情報をお待ちしています。
佐賀放送局記者
渡邊結子
2020年入局
親と暮らすことが難しい若者など子どもを取り巻く社会的課題を取材