WEB特集

危機に立つ“中流”

「生活が悲惨な感じでもありませんでしたが、中流の定義は自分の中ではもう少し上のイメージでした」

正社員として働き続けてきた55歳の夫とその妻。
これまでの生活を振り返って、こうつぶやきました。

住宅ローンの残りはおよそ900万円。
貯蓄も十分とはいえず、定年後も働き続けるつもりです。

かつて“一億総中流”と呼ばれた日本社会は今、どうなっているのか。独自に行ったアンケート調査の結果も踏まえて考えます。

(社会部記者 宮崎良太、佐々木良介、大阪放送局・コンテンツセンター第3部 馬宇翔ディレクター)

上がらぬ基本給

東京都に住む小沢清さん(仮名・55)。高校を卒業後、自動車関連の会社に正社員として就職。

当時はバブル絶頂期。毎年、基本給もボーナスも上がり続ける時代でした。

21歳のとき、妻の恭子さんと結婚。3人の子どもに恵まれました。
27歳でマンションを購入。子どもが望む場所に家族で旅行に行くのが毎年の恒例でした。

世間で言われる“中流”の暮らしを送っていける実感がありました。

ところが、こうした生活は長く続きませんでした。日本経済が低成長の時代に入るなか、給料が伸びなくなったのです。

入社後には上がっていた基本給は、この20年で5万円しか上がっていません。業績に応じた成果給も下がりました。

最高で700万円以上あった年収は、現在およそ500万円。子どもの大学などの奨学金や住宅ローンの返済、それに医療費。この間、税金や社会保険料の負担も増えています。

派遣社員などとして働く妻の年収250万円もあわせ、家計をやりくりしています。
「結婚したときは景気がよくて給料がどんどん上がっていく時代でしたので、先は心配していなかったですね。本当であれば買ったマンションを売って一軒家を建てたいなと思っていたんですけど、そこまでいかなかったです。生活が悲惨な感じでもなかったですが、毎年旅行に行ってとか、貯金もいっぱいあってとか、50歳くらいでローンが終わって、とか。中流の定義が自分の中ではもう少し上のイメージだったんです」

今、“中流”は

かつて「一億総中流社会」と言われた日本。企業で熱心に働き、消費意欲も旺盛な人々が経済成長を支えていました。

いま“中流”の意識はどうなっているのか。

今回、NHKは、政府系の研究機関「労働政策研究・研修機構」と共同で、ことし7月から8月にかけて全国の20代から60代の男女を対象にインターネットで調査を行い5370人から回答を得ました。

まず、「イメージする“中流の暮らし”」について複数回答で聞いたところ、回答者のおよそ6割が「正社員」、「持ち家」、「自家用車」などを挙げました。
その上で「イメージする“中流の暮らし”をしているか」を尋ねると、「中流より下」が56%。

イメージするような暮らしが当たり前ではない。そんな時代になっているともいえるのです。
“中流”の象徴ともされる正社員。その収入はこの20年余りで落ち込んでいます。

労働政策研究・研修機構によりますと、大卒正社員の生涯賃金は男女ともにピーク時に比べて3500万円以上減少したと推計されています。

賃金が減ると消費などに回せるお金も少なくなります。

労働政策に詳しい第一生命経済研究所の星野卓也 主任エコノミストの試算では、家庭の可処分所得も減少しています。
第一生命経済研究所 星野卓也 主任エコノミスト
可処分所得については、さまざまなデータがありますが、かつての日本のモデル的な家庭として「40代男性で妻が専業主婦、小学生の子ども2人」という世帯を設定。

その結果、1990年が576万円だったのが、2020年に463万円となり、年間113万円余り減少していました。

老後への不安

小沢さん夫婦がいま不安に思っているのは老後の生活です。
清さんの定年退職は5年後に迫っています。住宅ローンは、まだ900万円ほど残っています。蓄えは十分とはいえず、定年後も返済をしていかなくてはなりません。

妻の恭子さんは、平日の派遣の仕事に加え、土日には引っ越し作業のアルバイトも入れるようにしています。
すぐに生活が成り立たなくなるわけではありませんが、病気で働けなくなったり親の介護で出費が増えたりする事態に直面すれば、今の暮らしが維持できなくなるおそれもあります。

夫婦ともに、今後、働ける間は、働き続けようと考えています。
恭子さん(仮名)
「家計は自転車操業の状態で、体力があってまだ動けるうちに少しでもお金をためておきたいと思ってアルバイトに出ています。働けるところまで働くしかないという形に追い込まれている状態です。楽しみのために働くとかは全くないですね。今はなんとかやっていけますけども、心配しているのは老後。果たしてこのままやっていけるのか」

暮らしに余裕がない

正社員として働き続けても余裕のある暮らしを送れず、将来への不安が拭えない。

NHKと労働政策研究・研修機構の調査でも、こうした人たちが、一定の割合を占めている実態が浮かび上がりました。
正社員を対象に現在の暮らしについて聞くと「かなり余裕」が3%、「どちらかと言えば余裕」が45%でした。

一方、「どちらかと言えば余裕はない」が41%、「余裕は全くない」が11%で、合わせると半数を超えていました。

「どちらかと言えば余裕はない」と「余裕は全くない」を足し合わせた割合は、年代別では、40代が55%、50代が57%と他の年代よりも高くなっていました。

「労働政策研究・研修機構」の担当者は次のように分析しています。
「労働政策研究・研修機構」の担当者
「今の40代や50代は若い頃にバブル経済を体験した一方で、その後、経済の停滞によって、雇用が安定しなくなったり賃金が思うように上がらなくなったりしたことを経験している世代。また子どもの教育費や親の介護、自身の老後の生活などの資金も必要になっているため、暮らしに余裕がない人が多いのではないか」

懸念される若い世代への影響

今回のアンケートからは若い世代に対する気になる影響も見えてきました。
NHKと労働政策研究・研修機構の調査で、20歳から34歳の人を対象に「親より豊かになれるか」と聞いたところ、「豊かになれない」が34%と3人に1人を占め、「同じくらい」の31%、「豊かになれる」の15%を上回りました。
青木和洋さん(仮名・29歳)。食品加工会社の正社員として働いています。

年収は400万円。営業職ですが、新商品の提案も積極的に行ってきました。それでも、入社以来、賃金は上がっていません。

憧れているのは“中流の暮らし”を築き、不自由のない老後を送る自分の父親です。しかし、とても親のようにはなれないと感じています。
青木和洋さん(仮名)
「父親は結婚してマイホームを持ち車も持って子どももいる。父がお金をもっている方だと初めて気付いた感じがしています。今は全く豊かな未来が想像できません」
会社からの収入だけでは、将来にわたって安定して暮らすのは難しいのではないか。

青木さんは少しでも収入を増やしたいと投資スクールに通い始めました。大事にしてきた友人とのつきあいもやめ、その分を株への投資に回しています。
青木和洋さん(仮名)
「頑張ったら頑張った分だけお給料は上がって行くものだと思っていましたが、周りの先輩からは『そんな頑張っても給料上がらないから』と言われました。ああ、そうなんだなって落胆しました。明るい未来が見えないというかモチベーションが上がりません。こんなはずじゃ無かったのにと思ってしまいます」
今回の調査では、「よい人生を送るための条件として最も重要なこと」についても質問しました。
「真面目に努力すること」「よい教育を受けられること」「人脈やコネに恵まれること」などの選択肢から選んでもらったところ、「真面目に努力すること」をあげる人は60代では57%でしたが、20代では39%となり、若い年代ほど下がる傾向が出ていました。

社会にどんな影響が

賃金が上がらず、“中流”を感じられない。こうした状況をどう捉えたらよいのか。

雇用問題や経済政策について研究している慶応大学の駒村康平教授に聞きました。
慶応大学 駒村康平教授
慶応大学 駒村康平教授
「バブル崩壊後、グローバル化が進むなか、日本企業は稼ぐことが難しくなり、基本給を上げずに人件費を抑えたり、内部留保をためたりする流れが強まった。賃金が上がらないと安定した収入が望めず将来展望が持てなくなる。すると消費の減少や少子化などに結び付くほか、社会に不満と不安がたまって社会が分断されていく懸念が高まる」
そのうえで、駒村教授は、日本全体の課題として捉える必要があると指摘しています。
慶応大学 駒村康平教授
「労働者が、安心して将来設計を描けるような社会にしていくことが重要だ。そのためには企業も目先の利益だけではなく労働者の立場や状況も想像しながら経営を考えていくことが大事だ。一方で労働者側も自立した人生を設計するために自分のキャリアとスキルアップにより関心を持たないといけない。国は働く人の生活の見通しがつくように安心を保障するような仕組みを作らなければならず、中間層を復活させるという目的に政策を集中させる必要がある」
“中流”が危機に至るまでには複雑な要因が絡み合い、その解決の道筋も簡単ではありません。

私たちの暮らしに関係するこの問題、どう考えればよいのでしょうか。

NHKスペシャル「“中流危機”を越えて」で詳しくお伝えします。
社会部記者
宮崎 良太

山形局を経て社会部
厚生労働省などを取材
社会部記者
佐々木 良介

鳥取局、広島局を経て社会部
労働分野を幅広く取材
大阪放送局・コンテンツセンター第3部ディレクター
馬 宇翔

社会保障制度を中心に取材

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