5度目の正直? NISA変わるか

5度目の正直? NISA変わるか
金融庁は、岸田政権が掲げる「資産所得倍増プラン」を具体化する政策としてNISA=少額投資非課税制度の拡充に乗り出します。NISAは株式や投資信託などへの投資によって得られた利益や配当金が非課税となる制度。金融庁は制度の抜本的な刷新を検討し、来年度の税制改正要望では、制度の恒久化や非課税限度額の拡大などを求めています。
制度の恒久化はこれまで4度も見送られてきましたが、5度目となる今回の要望でNISAは変わるのでしょうか。(経済部記者 真方健太朗/横山太一)

岸田首相“NISA抜本的拡充”宣言

岸田首相
「貯蓄から投資へのシフトを大胆・抜本的に進め、投資による『資産所得倍増』を実現いたします。そのために、NISAの抜本的拡充や個人の預貯金を資産運用に誘導する新たな仕組みの創設など、政策を総動員して『資産所得倍増プラン』を進めていきます」
岸田総理大臣はことし5月、ロンドンの金融街・シティで講演を行い、こう発言しました。

発言の背景には、日本の個人が持つ金融資産が預金に偏っていることがあります。

日本では、家計の金融資産はおよそ2000兆円にのぼっていますが、このうち預貯金が半分以上を占めています。

この20年間でアメリカでは金融資産が3.4倍、イギリスでは2.3倍になった一方で、日本では1.4倍にとどまっています。

岸田総理は「眠り続けている預貯金をたたき起こし、市場を活性化するための仕事をしてもらいます」とも発言。
NISAの抜本的拡充によって貯蓄から投資への流れをつくると宣言したのです。
岸田総理の発言内容を伝え聞いた金融庁は驚きを持って受け止めました。ある金融庁幹部は「講演をすることは聞いていたが、ここまで踏み込むとは思わなかった」と語っていました。

NISAの拡充の中でも、投資ができる期間の制限をなくす「恒久化」は、これまで金融庁が2017年度から2020年度までの税制改正要望で4度提案しましたが、いずれも財務省や与党の税制調査会の壁に阻まれ認められなかったからです。総理の発言は、金融庁と業界団体にとってNISAの拡充を実現する大きなチャンスだと捉えられたのです。

それ以降、8月末の税制改正要望の締め切りに向けて、金融庁では総合政策課の担当者のほか長官も加わって会議を重ねました。

ある幹部は「これまで北風が吹いていたのが、急に南風に変わった感覚だ。政府の重要な政策であることを踏まえ、これまで以上の覚悟を持って臨む」と意気込みを語っていました。

その結果、これまで認められなかった恒久化の実現だけでなく、制度そのものを抜本的に刷新することを決め、急ピッチで案をまとめました。担当者は例年の2倍忙しく感じたといいます。

拡充NISAのポイントは

そして8月になって金融庁は新たなNISA制度の案を発表しました。
「簡素で分かりやすく、使い勝手のよい制度に」というのが新制度のスローガンです。

新たな制度では、現在の
▽「一般NISA」
▽「つみたてNISA」
▽「ジュニアNISA」
これらの3種類ある制度が一本化されます。
それぞれ投資ができる期間や年間の投資限度額、投資ができる商品などに違いがあり「複雑で分かりにくい」という声が上がっていたからです。

制度の設計にあたっては、特に若い世代の利用者が多い「つみたてNISA」をベースとし、この中に一般NISAのように上場企業の株などにも投資できる「成長投資枠」を新たに設けます。

そして、制度を恒久化したうえで、非課税保有期間の無期限化や年間の投資枠の拡大も求めています。

最大の焦点「恒久化」

これから年末にかけて、財務省との折衝が行われるほか、与党の税制調査会で議論が進むことになりますが、最大の焦点は制度の「恒久化」が実現するかどうかという点です。今のNISAは、最も長期間投資が可能な「つみたてNISA」でも期限は2042年までです。

ただ、時限措置を設けたままだと、いずれ制度が終わると意識され、長期的な投資がしにくくなると指摘されていました。

これを恒久化すれば、資産の形成に重要な長期・分散型の投資がしやすくなるというわけです。

しかし、恒久化は金融庁が過去4度、要望したにもかかわらず認められませんでした。
その理由について、財務省の幹部は次のように話しています。
財務省 幹部
「NISAが非課税なのは、租税特別措置法にもとづく税法上の特例として投資を促進するために実施しているからだ。これをいったん恒久化すると、効果を検証して制度を見直すことが難しくなってしまう。時限的な制度として、期限が来るたびに見直しの議論を行うべきだ」
一方、金融庁は、岸田総理の「NISAの抜本的拡充」という発言に沿って、次のように指摘します。
金融庁 担当者
「総理の『抜本的』という発言がポイントだ。期間の延長や制度の見直しはこれまでも行っているが、恒久化を実現することで、使い勝手のよい『抜本的拡充』になるのではないか」

投資枠や非課税限度額の拡大は金持ち優遇?

さらに、年間投資枠や非課税限度額をどの程度拡大するかという点もポイントです。拡大しすぎると「金持ち優遇」だという批判を招くおそれがあります。
財務省からは、限度額の拡大に慎重な意見も出ています。
現在のつみたてNISAの非課税限度額は800万円ですが、総務省が5年ごとに調査している「全国家計構造調査」によれば、世帯ごとの金融資産の中央値は650万円(2019年度)。
すべてをNISAで運用したとしても上限額には達しません。

つまり、今の時点でも上限まで投資ができている世帯は少なく、拡大は必要ないのではないかと見ているのです。

財務省の担当者は次のように指摘します。
財務省 担当者
「限度額を上げると富裕層がさらに優遇を受けることになるのではないか」
一方、金融庁は次のように話しています。
金融庁 担当者
「子育て中の家族は限度額まで投資することは難しいが、子育てが落ち着いた世帯や退職金を得た世帯にとっては、限度額が拡大すれば使い勝手がよくなるのではないか」

貯蓄から投資への流れが進むか

賃金の伸び悩み、急激な物価高、老後の生活への不安。
お金に対する悩みがつきない中、若い世代を中心に投資や資産形成に対する関心が高まっています。
金融庁によりますと、NISAの口座数は、ことし3月末の時点で1699万と2年間でおよそ20%増加しています。特に20代、30代の口座開設が増えているということです。

こうした状況で、NISAの抜本的拡充が貯蓄から投資への流れを変えるきっかけとなるのか。金融庁の5度目の要望を踏まえた政府全体の対応に注目が集まっています。
経済部 記者
真方健太朗
帯広局、高松局、広島局を経て経済部
ことし8月から金融庁を担当
経済部 記者
横山太一
富山局、甲府局、高松局を経て経済部
ことし8月から財務省で税について取材