iPS“心筋細胞シート” 大阪から東京へ初めて運搬し移植手術

iPS細胞から心臓の筋肉の細胞を作ってシート状にした「心筋細胞シート」を重い心臓病の患者に移植する手術を行ったと、順天堂大学と大阪大学のグループが発表しました。今後、さらに多くの施設で手術を行って安全性や有効性を確認し、保険が適用される治療法としての承認を目指すとしています。

これは12日、順天堂大学の田端実主任教授と大阪大学の澤芳樹特任教授らが記者会見で発表しました。

それによりますと、順天堂大学では先月中旬、iPS細胞から心臓の筋肉の細胞を作りシート状に培養した「心筋細胞シート」を、虚血性心筋症という重い心臓病の60代の男性患者の心臓の表面に貼り付けて移植する手術を行ったということです。

手術後の経過は順調で、患者は近く、退院する予定だとしています。

心筋細胞シートは大阪大学のグループが開発し、これまでに新たな治療法を開発するための治験として3人に手術を行っていますが、ほかの施設での実施は初めてです。

シートは大阪にある施設で作って運んだということで、こうした細胞を培養して加工する特殊な施設がない医療機関でもこの治療法を実施できることが確認できたとしています。

大阪大学では今後、さらに多くの施設で手術を行って安全性や有効性を確認できれば保険が適用される一般の治療法としての承認を国に申請したいとしています。

順天堂大学の田端主任教授は「ある程度、技術のある外科医であればできるシンプルで再現性のある手術だと感じた。今後、普及の余地がある」と述べました。

また、大阪大学の澤特任教授は「大きな一歩でうれしく思うし、展開を期待している」と述べました。

「心筋細胞シート」とは

「心筋細胞シート」は、iPS細胞から心臓の筋肉「心筋」の細胞を作製し、厚さ0.1ミリのシート状に培養したものです。

シートは直径数センチの大きさで、1回の移植に使う3枚には心筋細胞がおよそ1億個含まれています。

シートの状態でも心臓と同じように拍動していて、手術ではこのシートを3枚、全身に血液を送り出す役割を担う「左心室」のあたりに直接貼り付けて移植します。

大阪大学の澤芳樹特任教授らのグループは、このシートを重い心臓病の患者の心臓に直接貼り付けることで心臓の収縮する力を回復させる研究を進めていて、治験を行って安全性や有効性を調べています。

研究グループでは、これまで心臓移植しか治療法がなかった患者にも効果が期待できるのではないかとしています。

移植手術を受けた患者は

今回、「心筋細胞シート」の移植手術を受けた60代の男性は7年前に急性心筋梗塞を発症し、入退院を繰り返してきました。

手術を行った順天堂大学によりますと、男性は投薬治療などを受けてきましたが、息切れなどの症状が続き、心臓の収縮機能がなかなか改善せず、心筋細胞シートの移植を受ける条件を満たしたため、先月、移植手術を受けたということです。

大学によりますと、手術では左胸を7センチほど開き、心臓の左心室の部分に3枚のシートを貼り付け、1時間ほどで終了したということです。

手術後の経過は良好で、現在は一般病棟に移ってリハビリなどを行っていて、まもなく退院予定だということです。

男性は、大学を通して「不安もあったが、今後の自分の体と心臓医療の未来のために決断しました。術後はほとんど違和感もなく、息切れの症状も落ち着いています。この治療法が一日でも早く承認され、ほかの多くの患者の救いになればと思います」とするコメントを出しました。

「心筋シート」 安全に届けるための対策も

「心筋シート」の実用化に向けて、研究グループでは作製したシートを各地の患者に安全に届けるための対策を取ってきました。

その1つが、長距離の運搬に向けたシートの温度管理です。

「心筋シート」は、人の体温に近い温度に保つことが必要で、高すぎたり低すぎたりすると細胞が壊れるなどして手術に使えなくなってしまうおそれがあります。

これまでの手術は大阪大学医学部附属病院で行われましたが、今回はシートを作成した大阪 箕面市の施設から初めて、患者が待つ東京の病院まで運ばれました。

長距離の運搬でも温度を保つために、特殊なケースや発泡スチロールなどで3重にこん包し、新幹線などを使っておよそ3時間半かけて運んだということです。

シートを運んだ大阪大学の笹井雅夫特任講師は「運搬に使ったケースは少なくとも72時間は温度が一定に保てるように設計されています。事前に練習を行ったうえで当日に臨みましたが、シートを届け、手術が無事終わってほっとしています」と話していました。

また、災害が起きても重い心臓病の患者にシートを安定的に供給するための対策も行っています。

4年前、大阪府北部で震度6弱の揺れを観測した地震では、シートを作製していた大学の研究施設の一部が壊れるなどの被害が出て、細胞の培養からやり直さざるを得なくなり、計画が大幅に遅れました。

シートを作製する施設では地震などで作業が中断したり、作製したシートが使えなくなったりしないよう細胞を保存したり作製の作業をしたりする設備を備えたブースを4つ設けていて、災害時にバックアップできるようにしています。

大阪大学の澤芳樹特任教授は「シートを必要とする患者は治療を待つ余裕がない人が多く、何かのトラブルでシートが届けられないと不幸な結果につながりかねない。地震などさまざまなトラブルに対応しながら、全国各地、そして海外にもこの治療が届けられるようさらに準備を進めていきたい」と話していました。

iPS細胞から作った組織の移植 臨床の現状は

iPS細胞を体のさまざまな臓器や組織の細胞に変化させて、移植する治療法の実用化を目指す臨床研究や治験が各地の大学や研究機関などで行われています。

【目の治療】

iPS細胞から作った組織を移植する臨床研究は、2014年に神戸市の理化学研究所などのグループが世界で初めて行いました。

「加齢黄斑変性」という重い目の病気の患者にiPS細胞から作った目の網膜の組織を移植し、その後、神戸市立神戸アイセンター病院でほかの目の病気の患者に対する臨床研究も行われています。

また、2019年には、大阪大学などのグループが、重い角膜の病気の患者にiPS細胞から作った角膜の組織をシート上に培養し、移植する臨床研究を行いました。

【神経の治療】

京都大学のグループは2018年、パーキンソン病の患者の脳にiPS細胞から作った神経のもとになる細胞を移植する治験を行い、新たな治療法としての承認を目指しています。

また、慶応大学のグループは、脊髄を損傷した患者にiPS細胞から作った神経のもとになる細胞を移植する臨床研究を進めていて去年、初めて患者に移植する手術を行いました。

【心臓の治療】

大阪大学のグループは、重い心臓病の患者の心臓にiPS細胞から作った心臓の筋肉の細胞をシート状に培養した「心筋細胞シート」を移植する手術をおととし初めて行いました。

この手術は将来、一般的な治療になることを目指し、安全性や有効性を確認する治験として行われ、今回、大阪大学以外で初めて、順天堂大学で行われ、今後、さらに多くの施設で実施するとしています。

また、慶応大学のグループは、重い心臓病の患者の細胞にiPS細胞から作った心臓の筋肉の細胞を球状に加工して注入する臨床研究の準備を進めていて、大学発のベンチャー企業でも治験の準備を進めています。

【血液の治療】

京都大学のグループは、おととし、血液の難病の患者にiPS細胞から作った血小板を投与する臨床研究を行いました。

また、京都市のバイオベンチャー企業もことし、血小板が少なくなった患者にiPS細胞から作った血小板を投与する治験を始めています。

【免疫細胞の治験】

理化学研究所などのグループはおととし、頭頸部がんの患者にiPS細胞から作ったナチュラルキラーT細胞という免疫細胞の一種を移植し、安全性や有効性を確かめる治験を行っています。