天理×生駒 コロナ禍で生まれた特別な一戦

夏の全国高校野球が幕を下ろしてから3週間。
奈良の代表を争った天理高校と生駒高校の引退した3年生たちによる練習試合が、11日、行われました。
両チームが対戦した7月の決勝では、新型コロナウイルスの影響で、生駒が大幅なメンバーの入れ替えを余儀なくされ、0対21で大敗。その無念さを思いやって実現した特別な一戦に向けて、選手たちの間には新たな絆が生まれていました。

思わぬ形での決勝

11日に奈良県橿原市の球場で練習試合を行った天理と生駒。

7月、夏の甲子園出場をかけた奈良大会の決勝で顔を合わせていました。

天理が甲子園の常連校としての実力を発揮するのか、生駒が創部60年目で悲願の初出場を決めるのかが注目された試合でしたが、直前にまさかの出来事が待っていました。
新型コロナの感染がチーム内で広がったため、生駒が20人のメンバーのうち12人を入れ替えることを余儀なくされたのです。

生駒は投打ともに中心選手を欠いた結果、序盤から失点を重ね、打線もわずか2安打と振るわず、0対21で大敗。

甲子園出場を決めた天理の選手たちも複雑な気持ちで、喜ぶことができませんでした。
天理 元主将 戸井零士さん
「試合が終わったあとは、喜ばずにすぐに整列しようと、チームメートに呼びかけました。お互いにメンバー全員がそろった状態で試合がしたかったというのが正直な気持ちでした」

生駒 元主将 熊田颯馬さん
「天理の選手たちが自分たちに配慮してくれたことへの感謝の気持ちが大きいです。できるならもう1回、みんなで集まって、全員で野球したいと思っていました」

『つなぐ 心ひとつに』

ただ、この決勝をきっかけに両チームの交流が深まっていきました。
甲子園球場での天理の1回戦。

アルプス席には『つなぐ 心ひとつに』ということばが書かれた横断幕が掲げられました。

生駒が天理に贈ったもので、天理が信条にする『つなぐ』と、生駒が大切にしてきた『心ひとつに』というスローガンを組み合わせました。
さらに2回戦では、新型コロナに感染して、奈良大会の決勝に出られなかった生駒の3年生たちも体調が回復し、応援に駆けつけました。

生駒 元主将 熊田さん
「形は違えど目指してきた甲子園に来て、天理を応援することができて、とてもうれしかったです。僕たちも一緒に戦うという気持ちで、感動を与えてもらいました」

天理 元主将 戸井さん
「アルプスから生駒の選手たちが見てくれている、応援してくれているという思いで戦いました。自分たちの全力のプレーで何か伝えられるものがあったと思います」

決勝の“再戦”を計画

交流を深めるなか、両チームの間には、ある計画が持ち上がっていました。

それが、引退した3年生たちによる練習試合です。
奈良大会の決勝の再戦となる特別な一戦は、天理の中村良二監督が、コロナで試合に出られなかった生駒の選手たちの無念さを思いやって提案しました。

この申し出を生駒も歓迎し、実現に至ったのです。
特に、完全燃焼できずに高校野球生活を終えようとしていた選手たちにとっては、この上ない朗報でした。

キャッチャーで4番を任されていた篠田莉玖さんもその1人です。
準決勝までの打率は5割を超え、チーム躍進の原動力となっていました。

しかし、決勝の前日に発熱し、新型コロナへの感染が確認されたため、甲子園をかけた大一番を欠場することになり、やりきれない思いでいっぱいでした。

野球部は奈良大会のあと新チームが始動し、篠田さんは引退していましたが、練習試合に向けて、受験勉強をしながら、キャッチボールやバッティング練習を行い、力をぶつけ合う準備をしました。

生駒 篠田莉玖さん
「決勝で試合に出られず、全員でプレーできずに高校野球生活が終わってしまったので、悔いがありました。こうした機会を設けてもらい、感謝の気持ちでいっぱいです。全員で心ひとつに頑張りたいです」

練習試合は1点争う好ゲーム

そして迎えた練習試合。

奈良大会の決勝とは全く異なり、1点を争う好ゲームになりました。

生駒は1点を追う6回、2アウトから3者連続ヒットで2点を奪って逆転し、4番の篠田さんに打席が回ってきました。
篠田さんは「ホームランで流れを一気に呼び込もうと思った」ということばどおり、フルスイングで高めのボールをとらえました。

惜しくもレフトフライとなり、追加点を奪えませんでしたが、力を出し切れたことに、篠田さんから笑顔も見えました。
試合は、このあと天理がホームランなどで2点を奪って再び逆転しました。

試合の最後には…

そして、生駒の最後の攻撃が2アウトになったところで、守る天理の選手たちがマウンドに集まりました。
ここで話し合ったのは、勝ったら全力で喜ぶことでした。

さらに選手の1人は、その輪に生駒の選手たちも迎え入れようと、相手のベンチに合図を送っていました。

実は、奈良大会の決勝でも勝利まであと1人となったところで、マウンドに集まった天理の選手たち。

あのときは試合に勝っても喜ばないと決めましたが、今度は、野球をやりきれた喜びをライバルとともに分かち合おうとしていました。
その思いは、生駒の選手たちも感じとっていました。

そして、天理の勝利で試合が終わると、天理の選手たちに続き、生駒の選手たちも一斉にベンチから飛び出し、両チームの3年生全員で歓喜の輪を作りました。
天理 元主将 戸井零士さん
「自分たちの最後の試合を縁のある生駒とできたことは、今後にもつながると思います。みんなで笑顔でプレーできて楽しかったです」

天理 中村良二監督
「試合前に3年生に『甲子園に出たチームとして負けは許されない、絶対に勝つよ』と言いましたが、終わってみると勝ち負け以上のものがあって、野球っていいなと改めて感じました」
生駒 元主将 熊田颯馬さん
「決勝は全員で戦えなくて、僕自身も悔いが残っていましたが、全員で笑って終わることができて、何よりもうれしいです。高校生活で一番楽しい試合でした。これからは、天理の選手たちの野球人生を応援したいです」

生駒 北野定雄監督
「みんなの力は本物になっていると感じました。ここまでたくましく成長してくれて本当にありがとう。ありがとう、それしかことばがないです。次の進路に向けて、野球で頑張ってきた逃げないという気持ちをまた見せてほしいです」

コロナ禍だからこそ 生まれた絆

試合後、両チームの3年生全員で『つなぐ 心ひとつに』の横断幕とともに記念写真を撮りました。

新型コロナに振り回されながらも、突きつけられた現実としっかりと向き合うことで、絆を深めてきた両チームの選手たち。

思いをつなぎ、心をひとつにした夏でした。
(大阪放送局 記者 並松康弘 / 奈良放送局 記者 平塚 竜河)