刑務所の中の母たち 絵本を読む声をわが子に届ける

刑務所の中の母たち 絵本を読む声をわが子に届ける
「あたし あかちゃんのとき なにたべてたの?」
絵本を声に出して読んでいるのは、3人の子どもの母親。しかし、目の前に子どもはいません。場所は刑務所なのです。

“塀の外”に暮らすわが子に向けて受刑者が絵本を読む練習をし、録音したCDを届ける「絆プログラム」が山口県の刑務所で行われています。

「わが子のために」と参加した女性たち。絵本を読み込むうちに、罪を犯したみずからにも深く向き合っていきました。

(おはよう日本ディレクター 山内 沙紀、広島局 ディレクター 吉川 真由美)

子どもの前で逮捕されて…

小学生から中学生の子ども3人を残して服役している30代のゆりさん(仮名)です。
この春、「絆プログラム」への参加を前に、私たちは刑務所の一室で話を聞きました。
「今ここにいて手紙でしかやり取りできてなくて、さみしい思いもさせてるし。逮捕の時、警察が来たのを子どもも見てたので…子どもからの手紙にも“もう悪いことしやんとって”って書かれてしまって。今は、子どもがどう思っているか怖いです。でも、大事に思っているって少しでも伝えられたらと思ってます」
とぎれとぎれの言葉で、覚醒剤で逮捕されたこと、子どもへの複雑な思いを語りました。
もう一人思いを聞かせてもらったのは小学6年生の娘のために絵本を読む声を送りたいというランさん(仮名)。
目に涙を浮かべながら話しました。
「妹のところに預けているんですけど、生活の中でいっぱい我慢させていると思うんで…ママがいなくて寂しいよとか、待ってるねとか、(手紙で)そんな言葉しか書いてこないですけど、やっぱり申し訳ないなって。自分がしたことの反省をして、信頼を取り戻さないとなって思いますね。絵本を読むって、形として残るから、子どもも何かわかってくれるんじゃないかなと思って参加を希望しました」

“親子関係”が更生のカギになる

「絆プログラム」が行われているのは、国と民間企業が協力して運営している刑務所の1つ、山口県の「美祢社会復帰促進センター」です。
初犯の受刑者、男女500人余りが収容されています。

「絆プログラム」は、絵本を通して子どもとの関係を見つめ直し、出所後の更生に生かそうと2010年に始まった取り組みです。

子どもへの虐待歴がないことや、録音したCDを家族に届けられること、出所後に子どもとの関係を修復する気持ちがあることなどが参加の条件となっています。
中島学さん
「このプログラムは、受刑者の子どもに届けるという、ターゲットがはっきりしています。そうすると子どもとの関係を振り返ることにもなるし、絵本と対話を重ねることで自分自身のこれまでを振り返ることにもつながる。プログラムで他の人が読む声を聴くことによって刺激をうけ、自分の中にあったさまざまな思いがわきあがり、それにも気付いていく。社会に戻ってから再犯や非行をしないために、重要なプロセスだと考えています」
再犯の問題は深刻で、全国の刑務所に服役する受刑者のうち、2度目以上の入所者が半数以上を占めています。

この12年で「絆プログラム」に参加して出所した人は73人。

2022年7月現在、57人が再び罪を犯すことなく、社会復帰して生活しています。

絵本を“初めて”読む受刑者も

迎えたプログラム初日。今年の参加者は、ゆりさんとランさんを含めて6人です。

マスクで顔は半分見えませんが、緊張しているのが伝わってきます。
当番の受刑者が「姿勢を正してください。礼!」と掛け声をかけると、6人が「お願いします」と声を合わせました。

講師で児童文学作家の村中李衣さんが、緊張をほぐそうとやさしく語りかけました。
村中李衣さん
「大事なのは、上手に読むことじゃないんよ。今いろんなことが(心の中に)ぐちゃぐちゃあると思うけど、声出して読んでいるときは、あなたの大事な人、大事なお子さんのことしか思わなくなる。そうすると、声でそれが伝わるんよ」
6人の中には、複雑な家庭環境で育ち、絵本に触れたことがないという人もいます。まずは村中さんが5冊の絵本を読み聞かせることから、プログラムが始まりました。

3人の子を持つゆりさんは、村中さんの朗読にじっと耳を傾けていました。幼い頃に母親を亡くし、絵本の世界を知るのは初めてのことでした。
ゆりさん
「不思議な感じでした。絵本を聞いて、こんなにワクワクするもんだって思ってなかったです。子どもが保育所に通ってた頃の姿が頭に浮かんで、なんだか横で一緒に聞いているような気持ちになりました。会いたいなぁっていとしさがこみあげてきて、胸が痛いような気持ちにもなりました」

“絵本の中に「理想の家族」が詰まってる”

1回目のプログラムの終わりに、参加した受刑者は70冊の絵本から自分の子どもに読みたい絵本を自由に選ぶことになりました。みな、真剣なまなざしで本を手に取ります。

ゆりさんは『わたしがあかちゃんだったとき』という、かわいい女の子の絵が描かれた本に手を伸ばしました。自分が赤ちゃんだった時にどんなことがあったのか繰り返し尋ねる女の子に、お母さんが優しく答えていく物語です。
ゆりさん
「わたし、子どもの時に誕生日にケーキを準備してもらったり、クリスマスも祝ったりしたことなくて。この絵本を見た瞬間、私が理想にしてる家族像みたいなのが詰まっていて…これだって思いました」
幼い頃から親戚の家で育てられ、家の中に居場所がなかったゆりさん。
夜遊びを繰り返すなかで、友人にすすめられるまま薬物に手を出しました。

それでも、18歳で妊娠、出産してからは“理想の母親”になろうと、薬物をやめて懸命に子育てをしてきたと話しました。
ゆりさん
「自分になかったものをやろうとして、誕生日、イベント、ごはんとかにすごくこだわりました。部屋は風船だらけにして、友達をよんで、ケーキも手作りしたし、写真も撮りまくったり。人が普通にしている生活を自分が同じようにするのを、すごく背伸びしてやってたんです」
2回目のプログラムで、ゆりさんは初めて声に出して絵本を読むことになりました。他の受刑者とペアになって、相手が自分の子どもだと思って声を出します。
あたし あかちゃんのとき なにたべてたの?
はじめは ママのおっぱいだけ
おリンゴは?
いいえ。だって はが1ぽんも はえてなかったんですもの

(『わたしがあかちゃんだったとき』キャスリーン・アンホールト作 角野栄子訳より)
つまったり、読み間違えたりしながら、何とか最後のページまでたどりつきました。

そして、「無理。全然読まれへん。難しい…」と首を振りました。

すると、講師の村中さんがそばに行き、こう語りかけました。

「大丈夫。この本を読めるようになるためには、ゆりさん自身も“思い出すこと”だね」

“ひっかかる”言葉をきっかけにして

村中さんは、小児病棟や介護施設、養護施設など、さまざまな場所で「絵本」を介したコミュニケーション=“読みあい”を実践してきました。
受刑者たちの読みあいでは、「うまく読めない」ことに大切な意味があるのではないかと考えています。
ノートルダム清心女子大学教授・村中李衣さん
「最初はみんな、上手に読んで子どもに褒めてもらいたい、子どもに認めてもらいたいと思って読んでいる。でも読んでいるうちに、”え?ちょっとここ読めない“って思ったり、”なんでこの主人公こんなこと言ってるん?“って思っている自分に気付く。私は答えを言わないけど、その言葉の”ひっかかり“から、逃げないようにだけはする。全部、答えはあなたの中にある。自分の声が”鏡“になって、映し出してくれるって思っています」
小学6年生の娘に届けたいと参加しているランさんは、『やさしいライオン』(やなせたかし 作・絵)という絵本を読む中で“ひっかかり”にきづきました。
みなしごのライオン「ブルブル」と、母親代わりとなった犬の物語。
ある日、成長してサーカスの人気者となっていたブルブルが、檻を突き破り、老いた母犬のもとへかけつけます。

「はしれ! ブルブル たてがみをなびかせて はしれ!はしれ!」

この言葉に、ランさんはうまく感情を込められませんでした。

村中さんが、「これは、誰が誰に言いよんのかな?」と問いかけます。
するとランさんは「それが…わからん。自分かもしれん、ブルブルがブルブルに対して…言い聞かせているんかな」と小さな声で答えました。
ライオンと母犬という、不思議な親子の絵本と向き合うランさん。私たちの取材に、みずからが母親との関係に悩みがあったと明かしてくれました。
ランさん
「とにかく母親が怖かったですね。学校から帰ってきて、服を脱いで制服を片付けてなかったら、カバンとか制服とかを家の前の道路に投げ捨てられる。“片づけへんかったら捨てるで”みたいな感じで。自分の意見を言うたびに、すべて拒否される。私が何を言っても、“あかん”って。意見を言うことも嫌になって、“この家から誘拐されたい”って思ってました」
ランさんは幼いころから、感情を押し殺して生きて来ました。自分を信じて駆り立てる「はしれ!」という絵本の言葉をきっかけに、自分自身の在り方を問い直していました。
ランさん
「自分で自分を奮い立たせるみたいなのって、どんな感じなんやろう。その感情って難しいですよね。結構必死に生きてきたから、そういうこと考えなかった。でも、考えたらそれって今やなって思います。今、ここで頑張らないと」

“母親としての中身は空っぽやった”

2か月にわたるプログラムも終盤を迎えるころ、6人の声は少しずつ変化を見せていました。

当初、「読まれへん」と苦しんでいたゆりさん。絵本『わたしがあかちゃんだったとき』の母と娘のやり取りを、感情を込めて読んでいました。
一体、どんな心の変化があったのか。

面会室でゆりさんに尋ねると、自分と子どもとの関係を振り返ったのだと話しました。
ゆりさん
「子どもが”なんで?なんで?”って聞いてくる時期もあったけど、私はちゃんとやり取りをしてあげたことがないです。だから読むのが難しかったんやと思います。私はイベントごとばっかりにこだわって、母親としての中身は全然空っぽやったなって」
そして、離婚、生活苦の末に再び薬物に手を出し、子どもを傷つけてしまったことを悔いていました。
ゆりさん
「(薬物を使用している姿を)子どもに見せたくないというのもあったし、“部屋から出て行って、向こうで遊んどいて”って子どもを遠ざけることも多かった。親子の会話とか、子どもが母親に甘えてきたのに、それを返してあげるようなことができてなかった」
絵本を通して、もう一度子どもたちと向き合いたい。
思いを込めた声を、子どもたちに伝えたい。

絵本を居室に持ち帰ることを許されたゆりさんは、何度も何度も絵本をめくって練習を重ねていました。

迎えた“録音”の日 見つけたのは…

2か月がたち、プログラムは最終日を迎えました。
6人とも硬い表情で教室に入ってきて、イスに座りました。
くじ引きで決めた順番で、録音マイクを通して子どもに語りかけます。
最初は「はしれ!」という言葉にひっかかっていたランさんでした。

「めっちゃ緊張する」とつぶやくランさんに、他のメンバーから「がんばって」「大丈夫」と励ましの言葉がかかります。いつの間にか、同じ子どもをもつ受刑者同士、気持ちを共有して“一つのチーム”になっていました。
ランさんの『やさしいライオン』を読む声はとても穏やかでした。そして、ライオンのブルブルが母のもとに駆けていくシーン。

「はしれ! はしれ!」と、丁寧に力を込めて読みました。

自分のこれからを鼓舞するような強い気持ちを感じさせる声でした。
ランさん
「小さいことに感動すること、そんなことに目を向けずにいたから、良いきっかけになったなと思います。子どもに届けるっていうよりも、自分に響いたっていう感じのほうが大きいかな。自分の思いとかにもたくさん気づけたし、新たな自分を発見というか。外で子どもも頑張ってるんで、同じように頑張れたらなと思います」
一方、子どもとの関わり方を、絵本を通して見つめ直してきたゆりさん。
震える手をひざの上でぎゅっと握りながら、読み始めました。
ひと言ひと言が娘に語りかけるような、やさしい声になっていました。

最後まで読み終えると、思わず両手で顔を覆いました。
立ち上がると、やりきった、ホッとしたという表情で自分の席へと戻っていきました。
ゆりさん
「絵本を読みながら思ったのは、子どもはわかってて、答えを聞いてきてるんかなって。“ママ、私のこと好き?”って聞いてくるのは、“好きやで”って答えてくれるのがわかってて聞いてくるんやろなと思ったんです。でも、私はその答えを子どもに返せてなかった。ここまでちゃんと自分の中で振り返ることを、避けていたし、考えへんようにしてた。でも、考えなあかん、変わらなあかんって思います」

彼女たちは“塀の外”へ戻っていく

刑務所の中と外で離れ離れになっている「親と子」。

2020年に美祢社会復帰促進センターで行われたアンケート調査では、受刑者のうち55%は「子どもがいる」と回答しました。(※注1)

全国規模の調査はされていませんが、受刑者の親と離れて暮らす子どもの数は数万人に上るのではないかとみられています。
「絆プログラム」を終えたあとも、私たちは6人とやり取りを続けています。

3人は仮釈放となり、子どもたちのもとへと戻っていきました。中には、出所後子どもに直接絵本を読むことができて、うれしかったと連絡をくれた人もいました。

受刑中のランさんからは、刑務所の作業で得たお金で絵本を買い、CDと一緒に家族のもとへ送ったと手紙がきました。

“子どもから感想が届いたら報告しますね”とつづられていました。

罪を犯し、刑務所に入って家族との関係を断たれた母親たちは、出所後の人生をどう生きていくのか。

「絆プログラム」で自分や家族のことを見つめ直した彼女たちのその後を、私たちは見守っていきたいと思っています。
(※注1)美祢社会復帰促進センターでのアンケート調査は下記研究者が行いました。

琉球大学法科大学院 矢野恵美 教授
琉球大学法科大学院 齋藤 実 教授
京都光華女子大学健康科学部 谷本拓郎 講師 他
参考文献 「女性受刑者とわが子をつなぐ絵本の読みあい」
編著・村中李衣 著・中島学

この記事の内容は、9月21日(水)15:30~「ハートネットTV」(Eテレ)で放送予定です(再放送)。
おはよう日本ディレクター
山内 沙紀

2013年入局
山口局に6年勤務し現職。
親子関係や家族の問題を取材
広島局 ディレクター
吉川 真由美

2012年入局
「ハートネットTV」班から現職
ジェンダーや福祉分野の番組を制作