ズル休みしてもいい 宇宙飛行士に聞くストレスとのつきあい方

ズル休みしてもいい 宇宙飛行士に聞くストレスとのつきあい方
仕事や勉強、育児にイライラ。
少しでもストレスを軽くするためのヒントが知りたい。

そんなあなたに極限環境の宇宙を舞台に、ミスが許されない分刻みのミッションをこなした宇宙飛行士からのエールを送ります。
(※記事の最後に「この世で最高の景色」の宇宙写真集をお届けします)

宇宙飛行士 人生最大のストレスとは

今回、リモートでお話を聞いたのは、2015年に国際宇宙ステーション(ISS)に5か月近く滞在した油井亀美也さんです。
聞き手は新人職員の私、藤川です。新社会人の友人たちとの会話では、慣れない仕事の悩みが頻繁に話題に上ります。
藤川
油井さんの人生最大のストレスは何でしたか?
油井さん
宇宙飛行士になる前に、自衛隊で長く務めた戦闘機のパイロットからデスクワークに変わった瞬間でしたね。
油井亀美也(ゆい・きみや)さん
1970年生まれ。航空自衛隊で戦闘機のパイロットを務めた後、2009年に宇宙飛行士候補者に選抜される。
2015年、国際宇宙ステーション(ISS)に約142日間滞在し、無人補給機「こうのとり」5号機のドッキングや宇宙環境を利用した科学実験などを担当。

パワポも作れたらかっこよくない?

宇宙でのミッションではないんですね。
油井さん
パイロットから、地下で機密情報を扱いながら資料を作っていろいろな説明をしなくちゃいけない仕事に変わったんですが、環境が違いすぎて。

もともと農家の息子で肉体労働をしてきて、パイロットも肉体的なところと技量が主だったので、今まで信じてきた自分の能力とは全く別の分野で仕事をしないといけないというのは本当にきつかったです。
どうやって乗り越えたんですか?
油井さん
上司から「パワポも作れて飛行試験もできたらむちゃくちゃかっこよくない?」って言われて。

確かにと思って頑張っているうちに慣れてきて、2年目はあっという間にすぎました。

右も左も分からない1年目は学校、部活、仕事でもとにかく一番大変だと思いますが、地上で生まれた人間が宇宙に慣れてしまうぐらいなので、自分の適応力を信じて頑張ってほしいなと思います。

「ある」ものに目を向ける

宇宙は究極のストレス職場とも言われているようですが、油井さんは実際どう感じましたか?
油井さん
そんな風によく言われますが、ストレス解消法を見つけることができれば快適に過ごせるところがあるんです。確かに家族と直接会えないし、分刻みのスケジュールで、失敗の許されないミッションには大きなプレッシャーやストレスも感じました。

私、アイスクリームが大好きなんですが、当時ISSにはなくて、「ないない」って考え始めるとそれがストレスになったりもします。

それから逃げ場のない中で仲間と仲が悪くなってしまうと大変なので、気を使うこともありました。
そんな風にないものを数え上げたらきりがないんですが、宇宙にしかないものもきりがないんです。

例えば、お財布がいらないこと。私は地上では一家の大黒柱のお父さんで、いつ何の支払いがいくらある、と考えるとすごくストレスなんですが、宇宙では全く考える必要がありません。

窓の外を見れば、他の人は見ることができないすばらしい景色が広がっています。それに宇宙食、おいしいんです。地上の人たちが一生懸命開発してくれたおかげなんですが、宇宙飛行士だからこそ毎日食べられます。地上と宇宙で考え方を変えて、幸せなところを数えていくとうまくいくと思います。

コラム【1】一日の終わりに日記を

話:ストレス治療の専門家・小山文彦さん
最近はSNS上にあふれる「ないもの」に気を取られがちですが、自分の現在地「今、ここ」に目を向けることが大切です。これはストレスを軽くするための「マインドフルネス」と呼ばれる考え方です。

具体的には、1日の終わりに日記をつけるとよいと思います。
プラスの出来事だけではなく、職場で叱られたなどのネガティブな出来事も感じたままに文字にすることが重要です。1日を客観視することで、穏やかな心で過ごすことができます。

こんなこと、大したことない

油井さんはロボットアームを操作して補給船「こうのとり」をドッキングさせる高難度のミッションを成功させています。
そんな困難な仕事にはどう臨めばいいのでしょうか?
油井さん
事前の訓練が一番重要だと思います。繰り返し何度も体に覚え込ませる。それこそ無意識に、どんなに緊張してもできるぐらいになっていると、絶対成功するはずだという自信になりますよね。
私の経験上、以前にどれだけ苦しい経験をしたことがあるかが困難な状況を「大したことない」と思えるかどうかの判断基準になっています。

宇宙飛行士の訓練では、砂漠のようなところで虫が浮いていて腐ったにおいがする水をこして飲んだりすることがあるのですが、その経験があるからこそ宇宙でおしっことか汗をリサイクルした水を飲んでもおいしいと思える。

皆さんも身の回りで大変そうなことにあえて挑戦してみると、予期せぬストレスと遭遇した際にうまく対応できると思います。

コラム【2】小さな頑張りを自分で認める

話:ストレス治療の専門家・小山文彦さん
過酷な環境や逆境を経験すると「あれほどのことを乗り越えられた、耐えられた」という達成経験が得られます。それによって生まれる「自分ならできる」と思える心理的なパワーのことを”自己効力感”と言います。

これは日常の小さな達成経験の積み重ねでも培うことができます。朝寝坊せずに起きられたとか、通勤で階段を使ったといった小さな頑張りを自分で認めてあげることが大切です。

ズル休みしてもいいんだぜ

油井さん
私自身はもともと弱い人間で、幼稚園や学校に絶対に行かなきゃいけないって思ったら行けなかったと思います。
自衛隊で飛行機に乗るのもいつも楽しいわけではなくて。そんなときに自衛隊の上司が、

「お前さ、すごく真面目なんだけど、1年に何回かくらいズル休みしてもいいんだぜ」

と言ってくれたんです。じゃあいつズル休みしようかなとか思っていると、後にとっておこうと思って。
ISSに到着したときにも、船長だったスコット・ケリーさんが

「宇宙飛行士だって人間だからな、失敗はするよ。失敗はそもそもするもんだと思って気楽にやれよ」

と言ってくれて、気持ちがすごく楽になったのを覚えています。
宇宙飛行士は、失敗は許されないという話をしましたが、毎日意識していたら恐らく潰れてしまうと思います。
だから、自分が上司になったときは失敗を言える環境を作ってあげることが大事ですよね。

逆に失敗を褒めるくらいの気持ちでいないと皆さん萎縮してストレスをためていってしまいます。とは言いながら、私も子どもが失敗をしたときにたまに怒ってしまうことがあるのですが...。

好きな物があなたを救う

日本では災害が年々激甚化していて、突然ストレスの大きい避難生活を強いられるリスクが高まっていると言われています。
油井さんならどう備えますか?
油井さん
厳しい状況でもおいしいものを食べられると元気が出てきて乗り越えようという力が出てくると思うんですよね。

宇宙飛行士も特別な時に食べる食事は一定数持っていけるんですが、事前に試食をして実際においしくて自分が好きなものを持っていく。私はラーメンやカレー、ご飯を持っていきました。

災害がいつ起きてもいいように、自分が好きな保存食を「楽しみ」として備えておくことも大事だと思います。

それでも、頑張りすぎてしまうあなたへ

油井さん
今のコロナの状況ではテレワークやリモートで授業を受けていると切り替えが難しいかも知れませんが、仕事や勉強は何時まで、と時間を決めて、それを過ぎたらリフレッシュしたほうがいいと思います。

宇宙飛行士も勤務時間を決めて、なるべく残業は行わないようにするんですよ。

私は宇宙では、意識的に窓の外を見て写真を撮影していました。無限の宇宙を感じることができる、この世で最高の景色が常に広がっているという状況だったので、閉鎖環境のストレスは感じませんでした。
危険な宇宙に飛び立つ直前には、もしかしたらこれが最後になるかもしれないと思えて、ふだん通る道の虫や植物が愛おしく、新しい発見でした。

皆さんも家の周りや通勤路で、そんなことを気に留めながら気分転換してもらえたらいいのではないかと思っています。
最後に、油井さんが撮影した「この世で最高の景色」たちをお届けします。
(報道局ネットワーク報道部 藤川弥央)