10歳の誕生日に初めて切った髪

その少女の髪の長さは、1メートル10センチ。生まれてから10年間、大切に伸ばし続けてきました。その髪を切ろうと思ったきっかけは3年前、おばあちゃんからかけられたひと言でした。
10歳の誕生日に合わせた決断は「ただ、誰かのためになるのであれば」という思いからでした。
(前橋放送局ディレクター 杉山裕美)
10歳の誕生日に合わせた決断は「ただ、誰かのためになるのであれば」という思いからでした。
(前橋放送局ディレクター 杉山裕美)
“長い髪の一家”に会った
その少女は、藤江和恋(わこ)ちゃん。
群馬県東部の邑楽町に暮らす小学4年生です。
群馬県東部の邑楽町に暮らす小学4年生です。

今回、和恋ちゃんを取材したきっかけは、NHK前橋放送局に寄せられた1通のメッセージ。送ったのは母・藤江直美さんでした。
母 藤江直美さんのメッセージ
「私の娘は生まれてから一度も髪の毛を切ったことがありません。8月20日が10歳の誕生日になります。この日に初めてハサミを入れて、その切った髪の毛をガンの患者さんのウイッグになればと思い寄付させていただきます。もしよかったら取材をしていただくことは可能でしょうか?」
「私の娘は生まれてから一度も髪の毛を切ったことがありません。8月20日が10歳の誕生日になります。この日に初めてハサミを入れて、その切った髪の毛をガンの患者さんのウイッグになればと思い寄付させていただきます。もしよかったら取材をしていただくことは可能でしょうか?」
まず話を聞こうと早速、自宅を訪ねると、和恋ちゃんと母・直美さん、そして、祖母・恵子さんがそろって出迎えてくれました。

「3人とも髪を伸ばし続けている」と事前に聞いていたこと、また、ゴム製のひもで縛っていたこともあり、最初はそれほど大きな驚きはありませんでした。
しかし、母・直美さんの「見ますか?」ということばを合図に3人が一斉に縛っていたひもをほどくと…。
しかし、母・直美さんの「見ますか?」ということばを合図に3人が一斉に縛っていたひもをほどくと…。

その髪の長さはもちろん、背中から大きくはみ出す、その量にも驚かされました。
ラーメン店 客の視線も気にしない
最初の撮影は、一家が「行きつけ」だという町内のラーメン店でした。
3人の髪が見えやすいから、とカウンター席を予約してくれていました。
注文を待っていると、たまたま来ていた和恋ちゃんの知り合いの男の子が声をかけてきました。
知り合いの男の子「あ、和恋じゃん」
藤江和恋ちゃん「何で気付いた?」
たぶん、すぐに気付きますよね…。
3人の髪が見えやすいから、とカウンター席を予約してくれていました。
注文を待っていると、たまたま来ていた和恋ちゃんの知り合いの男の子が声をかけてきました。
知り合いの男の子「あ、和恋じゃん」
藤江和恋ちゃん「何で気付いた?」
たぶん、すぐに気付きますよね…。

店の床につきそうなくらい長い3人の髪には当然、ほかのお客さんの視線も集まっていました。
ただ、気にするそぶりは一切見せません。
みんなで決めたその日、和恋ちゃんの10歳の誕生日に向けて、大切に、大切に、伸ばし続けてきたからです。
ただ、気にするそぶりは一切見せません。
みんなで決めたその日、和恋ちゃんの10歳の誕生日に向けて、大切に、大切に、伸ばし続けてきたからです。
シャンプー“徳用”サイズが1週間で
次は自宅での撮影。
すると、和恋ちゃんが、突然、長い髪を振り回し始めました。
みずから「歌舞伎」と名付ける行為です。
すると、和恋ちゃんが、突然、長い髪を振り回し始めました。
みずから「歌舞伎」と名付ける行為です。

祖母、母、娘の3代での長い髪。
さぞや生活でのご苦労も多いのでは?と聞くと、やはり…。
さぞや生活でのご苦労も多いのでは?と聞くと、やはり…。
母 直美さん
「お風呂とお風呂から出た後の、髪の毛を乾かすという時間と労力は、それこそ、ほんとに大変で…」
「お風呂とお風呂から出た後の、髪の毛を乾かすという時間と労力は、それこそ、ほんとに大変で…」
5人家族の藤江一家。
シャンプーのボトルは「徳用」サイズでも「1週間半で1本」なくなってしまうほどです。
お風呂にたまる髪の毛の量は「まりも」くらいの大きさだとか。
中でも、いちばん長い和恋ちゃんの髪は1メートル10センチあります。
髪の毛をとかす姿勢もご覧のとおりです。
シャンプーのボトルは「徳用」サイズでも「1週間半で1本」なくなってしまうほどです。
お風呂にたまる髪の毛の量は「まりも」くらいの大きさだとか。
中でも、いちばん長い和恋ちゃんの髪は1メートル10センチあります。
髪の毛をとかす姿勢もご覧のとおりです。

その髪を、なぜ?
母 直美さん
「あら、お姉ちゃん。髪の毛、長いね~って言われたら、何て言うんだっけ?」
「あら、お姉ちゃん。髪の毛、長いね~って言われたら、何て言うんだっけ?」
和恋ちゃん
「赤ちゃんのころから1回も髪の毛を切ったことがないんです!」
「赤ちゃんのころから1回も髪の毛を切ったことがないんです!」
こんな明るいやり取りを母とする和恋ちゃんは、5歳のころテレビで見た「世界一、髪の長い少女」に憧れて以来、髪を伸ばしてきました。

10歳の誕生日に切る決断をしたのは、3年前、祖母・恵子さんから聞いたひと言。「ヘアドネーション」という聞き慣れないことばでした。
学校のプールに入る時に帽子がかぶれない、といった支障が出始めていた当時の和恋ちゃん。これに対し恵子さんは、親戚から教えてもらったヘアドネーションについて語りました。
切ることを最初は「イヤ」と抵抗したという和恋ちゃん。
しかし「同年代で病気に苦しみ髪が抜けてしまった子どもにウイッグを提供できる」といったヘアドネーションの趣旨を優しく、丁寧に伝えたところ「それならやりたい」と心変わりしたといいます。
和恋ちゃんの思いに母と祖母も応えてくれました。
学校のプールに入る時に帽子がかぶれない、といった支障が出始めていた当時の和恋ちゃん。これに対し恵子さんは、親戚から教えてもらったヘアドネーションについて語りました。
切ることを最初は「イヤ」と抵抗したという和恋ちゃん。
しかし「同年代で病気に苦しみ髪が抜けてしまった子どもにウイッグを提供できる」といったヘアドネーションの趣旨を優しく、丁寧に伝えたところ「それならやりたい」と心変わりしたといいます。
和恋ちゃんの思いに母と祖母も応えてくれました。

和恋ちゃん
「切るのが1人じゃ嫌だけど『ママもおばあちゃんも切るよ』って言ってくれた。3人で切るんだったら大丈夫かなと思って」
「切るのが1人じゃ嫌だけど『ママもおばあちゃんも切るよ』って言ってくれた。3人で切るんだったら大丈夫かなと思って」
その日から「10歳の誕生日」が、3人の大きな目標になりました。
この間、和恋ちゃんは、その長い髪について学校でからかわれることもあったといいます。
それにもくじけず、友達に伸ばしている理由も告げず、ただひたすらに、かたくなに、長い髪とともに、日々を過ごしてきました。
この間、和恋ちゃんは、その長い髪について学校でからかわれることもあったといいます。
それにもくじけず、友達に伸ばしている理由も告げず、ただひたすらに、かたくなに、長い髪とともに、日々を過ごしてきました。
支えられた女子高校生の存在

決断を後押ししたのは、女子高校生たち。
邑楽町の隣の太田市にある小中高一貫校「ぐんま国際アカデミー」の生徒です。
5年前に「ヘアドネーション同好会」を作り、髪の毛を提供したい人と提供を受けたい子どもの間をつないできました。
和恋ちゃんたち一家からの突然の申し出にも快く応じました。
邑楽町の隣の太田市にある小中高一貫校「ぐんま国際アカデミー」の生徒です。
5年前に「ヘアドネーション同好会」を作り、髪の毛を提供したい人と提供を受けたい子どもの間をつないできました。
和恋ちゃんたち一家からの突然の申し出にも快く応じました。

廣瀬さん
「(10歳の誕生日は)本当に特別な日になると思うので、その手伝いができることがすごくうれしいです」
「(10歳の誕生日は)本当に特別な日になると思うので、その手伝いができることがすごくうれしいです」
“かわいいじゃん”そのひと言がうれしかった
高校生が活動開始から5年で、ウイッグを届けた子どもの数は18人になりました。
その1人が取材に応じてくれました。
その1人が取材に応じてくれました。

太田市に住む高校1年生の山本ななみさんです。
5年前、小児がんを発症しました。
当時の写真とともに率直に語ってくれました。
5年前、小児がんを発症しました。
当時の写真とともに率直に語ってくれました。
山本ななみさん
「病気の治療の副反応で、きれいに抜けちゃいました。髪の毛がないんだって、ショックな気持ちでした」
「病気の治療の副反応で、きれいに抜けちゃいました。髪の毛がないんだって、ショックな気持ちでした」

ななみさんが病に倒れたのは、実は10歳の時。
それから半年後、前橋市の大学病院に入院中のななみさんのもとを高校生たちが訪ね、ウイッグを届けた日、NHKは取材していました。
それから半年後、前橋市の大学病院に入院中のななみさんのもとを高校生たちが訪ね、ウイッグを届けた日、NHKは取材していました。

当時のななみさん
「これでいっぱいお出かけができるし、おしゃれも楽しめるようになるからうれしい」
「これでいっぱいお出かけができるし、おしゃれも楽しめるようになるからうれしい」
この時から気持ちが前向きになり、ことしの春、高校に入学してからは通院の必要がなくなるまで回復しました。
ななみさんが今も忘れられない、ひと言があります。
「なっちゃん、かわいいじゃん」
10歳を過ぎた女の子にとって、そのひと言が何より、とっても、とってもうれしかったのです。
ななみさんが今も忘れられない、ひと言があります。
「なっちゃん、かわいいじゃん」
10歳を過ぎた女の子にとって、そのひと言が何より、とっても、とってもうれしかったのです。

山本ななみさん
「いつもとちょっと違う自分になれたような感じで自信が持てました」
「いつもとちょっと違う自分になれたような感じで自信が持てました」
ななみさんの母 山本裕美さん
「周りの人から“あの子、病気なんだろうな”っていう、ちょっとかわいそうな目で見られることが結構あったんです。やっぱり表情が明るくなったし、家族みんな明るくなった感じがします」
「周りの人から“あの子、病気なんだろうな”っていう、ちょっとかわいそうな目で見られることが結構あったんです。やっぱり表情が明るくなったし、家族みんな明るくなった感じがします」
ママにいちばん最初に
8月20日。
和恋ちゃんの10歳の誕生日当日です。
前夜は、いつも以上に長い時間お風呂に入って、きれいに髪を洗ったという和恋ちゃん。この日は、どこか緊張を隠しきれない様子でした。
和恋ちゃんの10歳の誕生日当日です。
前夜は、いつも以上に長い時間お風呂に入って、きれいに髪を洗ったという和恋ちゃん。この日は、どこか緊張を隠しきれない様子でした。

美容室への出発直前、かぼそい声で「おばあちゃん…」と呼びかけた和恋ちゃん。先に家の外に出ていた祖母・恵子さんに、ギリギリまで髪をとかしてもらっていました。
「相棒」のような髪との「お別れの時」が来るのを惜しむ様子が印象的でした。
隣町の美容室では、支えてくれる高校生のお姉さんたちが待ってくれていました。
「相棒」のような髪との「お別れの時」が来るのを惜しむ様子が印象的でした。
隣町の美容室では、支えてくれる高校生のお姉さんたちが待ってくれていました。

まず、最初に髪を切ったのは「ヘアドネーション」を和恋ちゃんに提案した、おばあちゃんです。
続いて、お母さん。
和恋ちゃんがハサミを入れました。
和恋ちゃんがハサミを入れました。

そして、いよいよ、和恋ちゃんの番。
美容師から「本日の大トリ」と声をかけられると「ドキドキ…」ということばが思わず口をつきました。
そして、美容師が髪を切る準備を進めていた、その時。
和恋ちゃんが突然大きな声を出しました。
「ママ!いちばん最初に和恋の髪の毛を切ってほしいんだけど!」
和恋ちゃんの強い意志が表れた瞬間でした。
美容師から「本日の大トリ」と声をかけられると「ドキドキ…」ということばが思わず口をつきました。
そして、美容師が髪を切る準備を進めていた、その時。
和恋ちゃんが突然大きな声を出しました。
「ママ!いちばん最初に和恋の髪の毛を切ってほしいんだけど!」
和恋ちゃんの強い意志が表れた瞬間でした。

長い髪との別れ 成長への第一歩に
「髪の毛のバトンです。よろしくお願いします」
和恋ちゃんは、高校生たちにその思いを伝え、カットしたばかりの髪を託しました。
和恋ちゃんは、高校生たちにその思いを伝え、カットしたばかりの髪を託しました。

和恋ちゃん
「(髪を切るのは)いちばん最初は嫌だったんですけど、いいことになるんだったらやってみようと思ってやった結果、自分も成長できたと思います。私は元気なので、私の髪の毛をもらった人がその元気をもらってくれればと思っています」
「(髪を切るのは)いちばん最初は嫌だったんですけど、いいことになるんだったらやってみようと思ってやった結果、自分も成長できたと思います。私は元気なので、私の髪の毛をもらった人がその元気をもらってくれればと思っています」
こう語った和恋ちゃん、取材の最後に“宣言”してくれました。

和恋ちゃん
「また髪を伸ばして、また10年後に切る!」
「また髪を伸ばして、また10年後に切る!」
10歳で初めて切った長い髪との別れは、次の10年に向けた出発の時、そして、さらなる成長への第一歩なのだと感じました。

前橋放送局ディレクター
杉山裕美
2020年入局
営業部門を経て今夏からディレクター。
自身は髪を伸ばすのが苦手で肩までが限界。
杉山裕美
2020年入局
営業部門を経て今夏からディレクター。
自身は髪を伸ばすのが苦手で肩までが限界。