世界遺産の影で“壊される山”奄美大島

世界遺産の影で“壊される山”奄美大島
奄美大島が世界自然遺産に登録されて1年。島ではアマミノクロウサギを始め、貴重な生き物たちの保護が進められています。
しかし保護されているエリアのすぐ外で、山が削られ続け、住民の暮らしまでも脅かされている場所があります。何が起きているのか、取材しました。
(鹿児島放送局記者 平田瑞季/ディレクター 大麻俊樹)

世界遺産のすぐ外で…

特別天然記念物のアマミノクロウサギをはじめ“絶滅危惧種の宝庫”とされる奄美大島。
ことし7月に世界自然遺産への登録から1年を迎えました。その記念日には、島の貴重な自然をアピールする「世界遺産センター」も完成し、知事も出席して行われたオープン式典は祝賀ムードに包まれました。
しかし同じ頃、施設から車でわずか10分離れた集落では、開発業者による説明会で住民が怒りの声をあげていました。
戸玉集落の住民
「破壊の象徴がこの場所なんですよ。向こうは自然遺産って浮かれてるけど土木事業の原資を運ぶための場所として、この集落一帯は破壊された場所なんです」
住民が「破壊の象徴」とまで言う事態が起きているのは、奄美市住用町の戸玉集落です。
近づいてみると、採石のため山が大きく削られ、世界遺産とはかけ離れた景色が広がっていました。

この地区では、1970年代から採石がはじまり、コンクリートの材料などとして島の港や道路の整備などの公共事業に使われてきました。
山と港が近く、削り出した石を船で運び出しやすいこともあり、島が世界自然遺産に登録されたあとも、採石が続けられています。
戸玉集落の区長、浦口一弘さん(68)は、かつてはこの集落も美しい自然に囲まれていたと振り返ります。
戸玉集落区長 浦口一弘さん
「この道路の近くには、かつて特別天然記念物のクロウサギが出てきていましたが、今はもう全然見ることが無くなりました。採石されている場所のすぐ奥は世界自然遺産のエリアです。その近くで山が削られている風景は、自然破壊そのものです」

世界自然遺産の島でも対象外

どうして“世界自然遺産の島”で、このような採石が続けられているのか。

実は奄美大島で世界遺産地域に登録されているのは希少な動植物が多く確認されている島のおよそ4分の1だけ。
この世界遺産地域と、その周囲に設けられた「緩衝地帯」は、厳格な保護が求められるため、国立公園にも指定されています。

ところが戸玉集落は、保護された地域に近接しているものの、その「外」にあるため、規制の対象外となっているのです。
戸玉集落区長 浦口一弘さん
「国も力を入れて世界遺産に登録されたのは喜ばしくて、島の外に暮らす子どもや孫にも帰ってきてほしいけれど、この状況では難しいですよね」

過去には避難勧告 しかし今 新たな業者が…

住民が懸念しているのは自然への影響だけではありません。
2004年には、採石が原因で集落の裏山に長さおよそ50メートルの亀裂が走りました。
土石流が発生するおそれがあるとして避難勧告が出され、住民は3か月もの間、不自由な暮らしを余儀なくされました。
それ以来、不安を抱える住民たちは、県に対し採石の認可を取り消すよう繰り返し訴え続けてきました。
しかし、その後も県は認可を出し続け、いま、新たな業者による採石の計画までが浮上しています。
7月31日に開かれた住民説明会で、開発業者は率直に切り出しました。
業者の担当者
「1回ご説明させていただいたうえで、皆様のご賛同を得られれば、山をとらせていただきたいと思っております」
これに対し住民からは、冒頭で紹介したような怒りの声が、次々と噴き出しました。
「他の工事現場は工事が終わればそれで終わりですが、ここはずっと工事現場に40年以上暮らしているような状態です。もうこれ以上、少しでもこの景色を変えてほしくない」

「奄美大島は世界自然遺産になりましたけど、この集落は公共事業の“負の遺産”の象徴なんですよ」
説明会の後、開発業者に話をきくと「戸玉集落は海が近く、採石した石をすぐ運び出せるメリットがある」と、この場所に“こだわる”わけを説明しました。

そのうえで、地元住民の反発については「今回、丁寧な説明が必要だと改めて感じた。協定を結ぶなど住民との同意が得られたら工事を進めていきたい」と話していました。

続く県の認可 なぜ?

住民の強い反対にもかかわらず、なぜ県は採石を認可し続けているのか。
県の担当者に話を聞くと、採石の認可基準などを定める採石法では、住民の同意は必ずしも必要ないという意外な答えが返ってきました。
終戦後、一刻も早い復興が求められた時代に作られた採石法。
県が認可してはならないと定められているのは、次のような影響が認められる場合だけです。
▽他人に危害を及ぼす
▽公共の施設を損傷する
▽他の産業の利益を損ずる
このうち「他人に危害を及ぼす」という点について、県は直接的に「生命身体に危害を及ぼす」場合を指すと解釈しています。
このため、現在認可が出ている採石現場については、2004年に亀裂が入った場所とは500メートルほど離れていることから、住民の「生命身体に危害を及ぼす」事例には「該当しない」という立場をとっています。
鹿児島県商工政策課 朝倉正二課長
「採石法では住民の同意は定められているわけではありません。戸玉地区の方々からは騒音や粉じんなどに関する声が寄せられているというのは、もちろん承知していますが、“他人に危害を及ぼさない”というのは一般的に生命身体に危害を及ぼすということになっています。住民にそういった意見を十分に反映してほしいとありますが、法に定めている基準に抵触するような状態は起きていません」
訴え続けても変わらない状況に、区長の浦口さんは落胆の表情で話します。
戸玉集落区長 浦口一弘さん
「結局はいくら反対しても、県はもう書類さえそろっていれば認可するという形でもうずっと40年以上そういう形で来ています。誰かがケガをしないと認可が止まらないのでしょうか。われわれは先祖代々、何百年ってここに住んでいるのに、なぜこの地区だけがこんなに苦しまないといけないのでしょうか」

「遺産地域の周辺も守っていくこと」が世界の潮流

世界遺産や自然保護の政策に詳しい筑波大学大学院の吉田正人教授は、奄美大島は、ほかの世界自然遺産と比べ人と自然が近いのが特徴の一つだと指摘したうえで、今の状況は世界の潮流とは反しているのではと、疑問を呈しています。
吉田教授
「かつては世界遺産も遺産地域のみを守ることに力が入れられていた時代がありましたが、最近は遺産地域に加え周辺地域も守っていくことが世界的な潮流になりつつあります。そのため、自然と集落が近い奄美大島では、国内の世界自然遺産では初めて島全体が“周辺管理地域”に指定され、島民に保護への意識をつけてもらおうとしています。周辺管理地域に法的な拘束力はないですが、世界遺産の価値を損ねないようにどうするべきか、話し合いを重ねてほしい」

取材を終えて

「この場所は公共事業の負の遺産の象徴だ」

住民説明会のなかで、集落に住む男性が発したこのひと言が印象に残りました。
たしかに戸玉集落での採石によって作られたコンクリートを使って、奄美大島では、遅れてきた道路や港などの公共事業が進められ、島の人たちの暮らしが、この40年余りで大きく改善してきたのも事実です。
ただその便利さは、集落の人たちの生活を犠牲にして成り立ってきたものでした。

こうした状況が、世界自然遺産に登録された今も許されるのか、法律的に許されたとしても、世界自然遺産の島としてふさわしい姿なのか、1つの集落の問題としてではなく、考える時期に来ているのではないかと思います。
鹿児島放送局記者
平田瑞季
2018年入局
7月まで自然に囲まれた奄美支局
生き物を始め
自然やロケットなどを中心に取材
鹿児島放送局ディレクター
大麻俊樹
2010年入局
徳島局を経てハートネットTVで
主に精神障害について取材
2019年から鹿児島局で
介護分野などを中心に取材