ビジネス特集

浸水対策のカギにぎる?“田んぼ”が秘める可能性

毎年、各地で相次ぐ大雨による浸水被害。その被害を軽減するため、今、日本各地の“田んぼ”の活用が検討されています。ICT=情報通信技術を活用して、田んぼを“ダム”のように使おうというのです。その名も「スマート田んぼダム」。日本の食を支え、生物の多様性を育む田んぼが、防災にも一役買うのでしょうか?進化した田んぼの実力を取材しました。(政経・国際番組部ディレクター 中山達貴)

“スマート”に事前排水 田んぼをダムに

兵庫県の南西部、瀬戸内海に面した、たつの市は、市を南北に流れる一級河川「揖保川」の流域で稲作が盛んに行われています。
「スマート田んぼダム」の取り組みは、去年から市の金剛山地区で始まりました。

その田んぼを案内してくれたのは、たつの市の産業部農地整備課の課長、山口賢三さんです。

山口さんが取り出したのは、スマートフォンの専用アプリ。
たつの市 農地整備課 山口賢三課長
アプリを操作すると、田んぼの排水門が開き、田んぼの中にたまっていた水が外に流れ出しました。
この排水門には通信機能が付いていて、スマートフォンやパソコンから遠隔操作できます。これを使うことで、「田んぼがダムになる」のだといいます。

通常のダムでは、大雨が降る前に水を放流し、ダムの水量を少なくしておくことで、貯水効果を向上させる「事前放流」が行われることがあります。

これと似た操作を、田んぼでも行おうというのです。

大雨予想が出たら…

大雨が予想されるときには、市の職員がスマートフォンやパソコンで排水門を遠隔操作して、田んぼに張ってあった水をあらかじめすべて外に排水します。

そうすることで、大雨が降った際に、雨水をより多くためることができます。
田んぼに雨を一時的にためることで、用水路の水位を抑え、その先の河川に流れ込む水の量も抑えることができます。このため、河川の氾濫などによる浸水被害の軽減につながることが期待されています。

同じ機能は、田んぼに水を入れる取水門にも付いていて、雨が収まったら速やかに水を張ります。

田んぼにはもともと、雨水をためる機能がありますが、今回のシステムを利用することで、人手をかけず、そして大規模に、事前の排水ができます。
たつの市では、農家の協力を得て市内24か所、約9haの水田に遠隔操作のできる排水門を設置しました。すべての田んぼで排水すれば、約9000トンの雨水をためることができる計算です。
たつの市 山口課長
「豪雨が発生する時期は田植えがしてありますから、水は常に張っている満水の状態で、雨が降るとすぐに越流してしまいます。それを一度ゼロにすることによって、水をためられるようにします。1つ1つの農地は小さく貯留できる量は少ないですが、面積が増えれば増えるほど、河川の増水を防ぐことができると思います。今後もスマート田んぼダムを普及させていきたいです」

ちりも積もれば “治水に役立つ”?

実際のところ、田んぼの活用で、浸水被害はどの程度軽減できるのでしょうか。

農林水産省では去年、新潟県のある地域を対象として、「スマート田んぼダム」がどの程度浸水被害を軽減できるのかシミュレーションを行いました。
色がついているのは、24時間で約170ミリ、この地域では約50年に1度という規模の大雨が降ったときに、浸水するとされたところです。浸水が想定される面積は、通常の田んぼの場合はおよそ596ha。

「スマート田んぼダム」を導入した場合はおよそ419haと、3割ほど減らせる結果となりました。
農林水産省が去年行った「スマート田んぼダム」の実証実験事業には、たつの市を含めた全国8か所の地域が参加し、現在も各地で独自の取り組みが進められています。

農林水産省の担当者は「スマート田んぼダムにどれだけの治水効果があるのか、今後も地形や土壌などの条件も加味しながら検証し、ゆくゆくは全国各地に広げていきたい」としています。

米作りの効率化にも

一方、「スマート田んぼダム」は防災だけでなく、農作業の効率化にも役立つと期待されています。
たつの市で取り組みに参加している農家の岸野昇さんです。

米の品質や収量を左右する田んぼの水の管理は、農家にとって非常に重要な仕事です。岸野さんはこれまで、多いときには1日に2回ほど、直接田んぼに出向いて水門の操作などを行い、田んぼの水位や水温の調整を行ってきました。

農家の人が大雨のなか、田んぼを見に行き、けがをしてしまうというケースがよく見られるのはそのためだといいます。

今回のシステムの導入で、自宅に居ながら、スマートフォンで水位や水温を確認でき、水門の操作までできるため、岸野さんは、水の管理にかかる時間を、およそ半分にまで減らすことができたと話します。
岸野昇さん
岸野さん
「スマホを見ればどんな状態かわかるので、水がどういう状況になっているか見に来る必要もない。農家にとっては非常にありがたい」
今後は、この仕組みを利用して、稲の生育にいちばんよい水温の検証なども行いたいと考えています。

課題は排水の“タイミング”

一方で、「スマート田んぼダム」には課題もあります。それは大雨が降る前の“排水のタイミング”です。

もし排水のタイミングが遅れると、雨が降っている最中に田んぼから水が流れ出し、逆に周辺の河川の流量が増えてしまうおそれもあります。

たつの市の「スマート田んぼダム」のシステムを整備した農業機械メーカーでは、今後はアメダスなどの気象情報と連動させて、事前に大雨が降りだす時間を予測し、水門を自動的に開いて排水できるシステムにしていきたいとしています。
クボタケミックス スマートアグリ推進課 齋藤英樹課長
齋藤 課長
「現在は、大雨の予報がでたら防災管理者の方、自治体の方が操作する一手間が入りますが、これからは雨量予報が出たら、自動で田んぼダムを操作する。田んぼダムの作動を自動化していこうということを目指しています」
大雨による災害は、日本列島の各地で起きています。

日本の原風景とも言える田んぼに、その被害を軽減できる可能性があるということは、日本の津々浦々にそうした潜在能力があることを示していると思います。
田んぼ1つ1つの力は小さいですが、テクノロジーを駆使すれば大きな力になる。

治水対策の新たな可能性を感じました。
政経・国際番組部ディレクター
中山達貴
2017年入局
大阪局を経て2021年から経済番組を担当

最新の主要ニュース7本

一覧

データを読み込み中...
データの読み込みに失敗しました。

特集

一覧

データを読み込み中...
データの読み込みに失敗しました。

スペシャルコンテンツ

一覧

データを読み込み中...
データの読み込みに失敗しました。

ソーシャルランキング

一覧

この2時間のツイートが多い記事です

データを読み込み中...
データの読み込みに失敗しました。

アクセスランキング

一覧

この24時間に多く読まれている記事です

データを読み込み中...
データの読み込みに失敗しました。