ラグビーワールドカップまで1年 日本代表「Our Team」の挑戦

ラグビーワールドカップまで1年 日本代表「Our Team」の挑戦
「Our Team」。
来年9月8日にフランスで開幕するラグビーワールドカップに向けて日本代表の選手たちが掲げているテーマの1つです。
「一人ひとりがチームを引っ張る意識を持つ。そうすることでチームは強くなっていく」という思いが込められています。
3年前のワールドカップで一世をふうびした「ONE TEAM」をバージョンアップする形で生まれた新たな精神。選手たちだけではなく、それを支える日本ラグビー協会のスタッフたちも同じ思いで戦っています。
(スポーツニュース部記者 小林達記)

協会が挑んだ もう1つの“戦い”

ニュージーランド、イングランド、フランス、オーストラリア。
11月にかけて、日本がテストマッチなどで対戦するチームです。
(※世界ランキングは9月5日時点)
【フランス(世界2位)】
▽7月2日 テストマッチ ●23-42
▽7月9日 テストマッチ ●15-20

【オーストラリアA代表】
▽10月1日 強化試合
▽10月8日 強化試合
▽10月14日 強化試合

【ニュージーランド(世界4位)】
▽10月29日 テストマッチ

【イングランド(世界5位)】
▽11月12日 テストマッチ

【フランス(世界2位)】
▽11月20日 テストマッチ
日本は2019年のワールドカップで史上初のベスト8進出を果たしましたが、世界ランキングでは現在10位。ワールドカップ優勝経験もある世界の強豪と比べると実績ではまだまだかないません。
その日本がワールドカップを1年前に控えた大事な時期に、こうした強豪チームと立て続けに試合ができるのは驚くべきことなんです。

なぜこうしたカードを実現できたのか。そこには日本ラグビー協会の入念な戦略がありました。

鍵となった2019年 日本大会

2019年のワールドカップ日本大会。
史上最高とも言われる盛り上がりを見せていた大会期間中、協会で交渉の責任者を務める岩渕健輔専務理事は、もう1つの“戦い”に挑んでいました。滞在中の出場チームの担当者を訪ね歩き、今後の試合を取り付ける話し合いです。

代表の強化には強豪との試合が最も重要な要素とされています。
世界の実力を選手たちが肌で知ることで、課題や収穫を確認でき、さらなる成長への道筋を見いだすことにつながるからです。
効果はそれだけではありません。
ニュージーランド代表の「オールブラックス」など、スター選手ぞろいのチームと対戦することで、新たなファンの掘り起こしのチャンスにもつながります。
もちろん、チケット販売による協会の収入増にも。2019年の盛り上がりを一時的なものにせず、日本代表をさらに強くして、より多くのファンを獲得するため、岩渕専務理事は2023年のワールドカップを見据えて、次の戦いを人知れず始めていたのです。
岩渕専務理事
「どういうゲームを組めるかが2023年のフランス大会に影響を与えると思っていたので、ワールドカップ期間中は大会を成功させるというのがメインの仕事でしたが、もう1つの柱は、この期間にどれだけ多くの人に会って話ができるかでした」

成功と不安と

ある日はニュージーランド、翌日はイングランドと個別に、また別の日にはニュージーランド、オーストラリア、アルゼンチンと一緒に…。相手の希望を聞き取りながら日本側の意向も丁寧に伝える。
さらに、さまざまなスケジュールを事前に想定しながら、試合の実現が可能か探っていったといいます。
その中で、手応えをつかんだのがイングランドとの交渉でした。
岩渕専務理事
「イングランドとは、その時かなりいい話ができて、定期的に試合をやろうという話になりました。今シーズン秋に行うテストマッチも、その話の続きです。テストマッチを組む際は相手のスケジュールがありますし、彼らの強化の計画もある。そこがピタリとはまらないとだめですし、逆にはまるようにこちらからアプローチもしていかなければいけないんです」
とはいってもスムーズなことばかりではありませんでした。
イングランドとは対照的に実現まで時間がかかったのが、ことし10月に国立競技場で開催されるニュージーランド代表、オールブラックスとの一戦です。
オールブラックスは、ワールドカップで過去3回の優勝を誇る強豪。
イングランド戦と同じく3年前にほぼ開催が決まっていながら、なかなか正式な契約にこぎつけることができませんでした。
なぜ発表に時間がかかったのか。

岩渕専務理事はタフな交渉が続いたことに加え、オールブラックス側の事情もあったことを明らかにしました。
岩渕専務理事
「ニュージーランド(オールブラックス)側のチームの調子がなかなか上がらず、首脳陣問題で揺れていたこともあり、ちょっとバタバタした感じですね。こちらが先にサインをして向こうのサインが返ってきたのが発表の数日前。『いきなりやらないとか言わないよね』という緊張感を持ちながら待っていました。最後はもう心配だったのでニュージーランドに電話しました」
ジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチの意向を反映し、強豪チームにこだわって組んだ今シーズンの試合。3年前から水面下で続けてきた粘り強い“戦い”を経てこぎつけたものでした。
舞台を整えた岩渕専務理事は日本代表への期待を込めてこう語りました。
岩渕専務理事
「ベスト8より先に行こうとするとベスト4しかなくて、それがどういうことかというと、この秋に対戦するニュージーランド、イングランド、フランスに勝つことなんです。選手たちは本当に勝たなくてはいけないと思っているし、そういうレベルに来ている。選手がわくわくすれば、お客さんもわくわくしてくれると思います」

ファン増加へ 新たな取り組み

ラグビーの人気を高めていくため、協会は、新たな取り組みも始めています。それが動画配信によるファンの獲得です。
協会では、これまで主に広報スタッフがチームの練習などを撮影しSNSにアップしてきましたが、ことし6月からはクオリティーを上げようと専門の撮影スタッフを配置。独自のコンテンツの配信を始めました。
日本代表の舞台裏を発信することでファンとつながり、ともに世界に挑戦していこうと立ち上げたプロジェクトです。
「Go With The Brave」と名付けられたその動画では、チーム関係者しか入れないエリアで選手の何気ない表情を撮影したり、ロッカールームに入って試合前の緊張感ある様子などに迫ったりしています。
すでに同様の取り組みを行っている日本サッカー協会のコンテンツも参考にし、実際にオンライン会議を行って撮影手法やタイミングなどを学んだということです。

“専属カメラマン”が大活躍

6月の日本代表合宿から始まった撮影。
手探り状態でしたが、“専属カメラマン”の活躍もあり軌道に乗ってきました。
カメラマンを務めるのは中村拓磨さん。
平尾誠二さんなど数々の有名選手を輩出した同志社大学ラグビー部出身です。ラグビーに関する中継や番組でおなじみのテレビ局から出向しています。
中村さん
「この話を聞いたときは突然だったので本当にびっくりしました。上司に部屋に呼ばれて怒られるかと思ったら『代表に帯同してほしい』と言われて。ずっとラグビーをやってきて日本代表は憧れの存在だったので、そこに入れるのはうれしかったです。でも、ラグビー協会として初めての取り組みだと聞いて、こんな大役が務まるのかという不安も大きかったですね」
戸惑いながらも撮影を開始した中村さん。こだわるのは選手との距離感です。
厳しいトレーニングや緊張感のあるミーティング、さらに試合前のロッカールームなど、迫真の映像を撮るために近寄りたい場面でもあえて我慢。チームのよい雰囲気を崩さずに魅力を伝えられるように、踏み込んでいいギリギリの距離を常に模索しています。
一方、選手がリラックスしている場面ではどんどん迫っていくこともあります。合宿中に行われる選手の誕生日祝いやリカバリーのための軽めのトレーニング中の選手の笑顔など、試合では見られない表情を撮影しようとしています。
試行錯誤しながら撮影し、制作を続けたところ、序盤の動画から手応えがありました。
中村さん
「動画をチェックしてもらうために藤井雄一郎ナショナルチームディレクターの元へ向かったところ『完璧』と言っていただいて、それがうれしかったですね」
チャンネルの登録者も増えてきて、ラグビースクールの子どもたちがくぎづけになっているという声も寄せられたといいます。
1年後に迫ったワールドカップに向けて、中村さんはさらにコンテンツを充実させたいと考えています。
中村さん
「この企画はファンと一緒になってワールドカップに向かっていこうというもの。日本代表がもっと応援してもらえるように、さらにいいコンテンツを作っていきたいですね」

1年後に向け選手たちも

スタッフの奮闘に負けじと、選手たちもワールドカップに向けて気持ちが入っています。
9月5日から大分県別府市で始まった代表候補の合宿では、夏のテストマッチシリーズでけがをしていた主力メンバーが復帰。
相手のボールを奪いにいくプレー「ジャッカル」が持ち味の姫野和樹選手は、太ももの肉離れから復活を果たしました。
前回のワールドカップで快足を生かして活躍した松島幸太朗選手は、肩のけがから回復し練習で軽快な動きを見せています。
選手たちは今後、大分や宮崎での合宿を経て、いよいよ10月、11月に強豪との試合に臨みます。
1年後のワールドカップで史上初のベスト4進出なるか。ここから本格的な戦いが始まります。
姫野選手
「ワールドカップに向けては、不安というよりわくわく感が強いと思っています。前回、2019年のときは初めてということで不安に駆られるようなこともあったんですけど、この3年間でいろいろな経験を積んで余裕もあるので自分自身に期待しているところもあります。前回大会で『ジャッカル』ということばが広まって、それと同時に自分の持ち味が『ジャッカル』なんだという自覚も芽生えました。そこは強みとして伸ばしてきた部分でもあるので、来年もいっぱいボール奪っていきたいです」
松島選手
「テストマッチで強い相手とやることはとても大事で、今回のような機会はなかなかないと思っています。少ないチャンスでしっかり勝っていきたいですし、その思いが強いです。来年のワールドカップは年齢的にも30歳になるので集大成になると思っています。チーム一丸となってベスト4という目標に向かって頑張っていきたいです」
スポーツニュース部 記者
小林達記
平成26年入局
神戸局、大阪局(スポーツ)を経て現所属
現在、サッカーとラグビーを中心に取材