電車の通過音はビューン?ヒューン?音が見えると…

電車の通過音はビューン?ヒューン?音が見えると…
駅のホームを通過する電車の音。
ビューン?ヒューン?皆さんはどう聞こえますか?

でも耳が聞こえない人たちは、その音にも気付いていませんでした。
エキマトペと出会うまでは…
(取材班 鈴椋子 柚木涼也 杉本宙矢)

ある日エキマトペに出会った

「音に関するものはすべて予測だらけの世界で生きている私にとって、正しい音を知るってとても大事なことなんです」

9月上旬、ある漫画がSNSで話題になりました。
タイトルは「“正解の音たち”」
作者のうさささんは重度の難聴があり、ふだんは補聴器を通じて聞くわずかな音を頼りに生活しています。

人と話すときは相手の口の形を読んで内容を予測できますが、環境音や案内アナウンスなどはほとんど聞き取れず、漫画などで得た音の知識と実際に聞こえるかすかな音を常に照らし合わせているといいます。

そんなときに出会ったのがエキマトペでした。
駅のアナウンスや電車の音などの環境音をAIが分析して、文字や手話、オノマトペとしてホームに設置された画面に映し出すこの装置。

今年6月から12月までJR上野駅に実証実験として設置されています。

電車の音に合わせて「ビュウウウウウウン」と表示。
到着する時のアナウンスは、駅員の手話動画で教えてくれます。
これまで知らなかった音に気付いた感動をみんなに伝えたいとツイッターに漫画を投稿。
すると、4日間で合わせて15万件の「いいね」がつく大反響に。

漫画に込めた思いを尋ねると、送られてきた回答のメールには次のようにつづられていました。
うさささん
正しい音を教えてくれ、ホームでの世界が一気に変わりました。予測しなくていい、とても自然な形でホームにあふれる音を知ることができ、私は聴者にとても近い形であの場に立てたんです。「もっと広まるべき」「すべての駅に」といった声が非常に多く、あふれる優しい言葉に涙ぐんでしまいました

ビュウウウウウウンとヒューン

エキマトペによって世界が広がった人は他にも。
音が聞こえない吉田麻莉さんもその一人です。

初めてドアが閉まる音楽やベル音以外にも、電車の接近に気づける音があることを知ったといいます。
吉田麻莉さん
電車が到着する前は「ビュウウウウウウン」と太字が揺れていて、電車が行った後には「ヒューン」と細字。フォントも違っていて、近づく時と過ぎ去る時の音の強弱がよくわかります
電車が近づくと風の音も変わることや、電車が過ぎ去る音にもいろんな種類があることにも気付きました。

聞こえない人だけでなく、聞こえる人にとってもいろいろ気付かせてくれると感じています。
吉田麻莉さん
ふだん、無意識に得ている音が可視化されることで、聞こえない人が得られていない音が分かるきっかけになると思います。デザイン性もあるので、福祉器具ではなく街なかの1つのモニュメントとして、理解促進につながると思います

“通学を少しでも楽しく”開発者の思い

エキマトペはどうやって誕生したのか?
キーマンとなったのが富士通の本多達也さんです。
大学1年生の時に、学園祭で道に迷った耳が聞こえない人を身ぶり手ぶりで案内したことをきっかけに手話の勉強を開始。手話通訳のボランティアや、手話サークルの立ち上げなどに関わってきました。

その後も、音を光や振動で知覚できるデバイスを開発するなど、聴覚障害者向けの製品を作り続けてきました。

今回の開発のきっかけとなったのは川崎の聾学校で行われたワークショップ。

電車通学をより楽しくするためのアイデアを集めたところ「電車が遅れている理由が文字に出ると便利」「耳が聞こえない人はモニターで手話通訳があるとわかりやすい」など駅で直面する不自由さを指摘する声が次々と上がったのです。
富士通 本多達也さん
駅にはこんなにも音があふれている。それを知ってもらい、通学を少しでも楽しくしたい
JRと大日本印刷と協力して制作を開始し、2か月ほどでプロトタイプが完成。改良を加え今年の6月から上野駅に設置しました。
装置に欠かせないのは音の聞き分け。

「駅の環境音」と「列車のアナウンス」と「車掌の声」
この3種類の声をAIに学習させ、それぞれを高い精度で識別させることです。

多くの電車や人が行き交う上野駅では、それだけ音も多く隣の線路の音を拾ってしまったりと精度の向上に苦労したといいます。

そして、意識したのは、聴覚障害者以外にも伝わることです。
本多達也さん
多くの人たちが聴覚障害に触れ、手話を勉強してみようとか耳が聞こえない人はこうゆう事に困ってるんだとかということに思いをはせてもらうことで、社会全体がやさしくなれるような取り組みになればうれしい

エキマトペで私も変わった

グラフィックデザインを任されたのは、デザイナーの方山れいこさんです。

当初は聴覚障害のことをほとんど知らないまま、ふだんの仕事の一環として引きうけました。

デザインにあたっては、耳の聞こえない人が何の音なのかイメージしやすいよう、オノマトペの文字と一緒にイラストが表示される仕組みにしました。

例えば、電車のドアが閉まる合図が鳴るときには「ルルルルル」という文字と一緒に閉まるドアの絵を描きました。
ただこうした表現で、本当に伝わるのか不安もあったといいます。
方角 方山れいこ 代表取締役
耳が聞こえる私のエゴの押しつけになっていないかと悩むこともありました。でも耳の聞こえない方から「活字の世界だけで生きてきたけれど、新しい表現に出会えた」と喜んでもらえたことで、私自身予想もしていなかった充実感があったんです
実際に利用した聴覚障害の人たちから感想も寄せられるようになりました。その声を反映させる形でデザインも改良を重ね、手話の画像を大きくしたり、イラストの種類を増やしたりして現在の形になったといいます。

その交流は方山さんの生き方にも変化をもたらしました。

方山さんは手話を学び始め、デザインの仕事でも耳の聞こえない人たちの役に立ちたいと考えるようになりました。
方山れいこさん
自分が生きている世界が聞こえる人と聞こえない人で分け隔てられる社会は生きづらいんだなと当事者の方々に関わる中で気付くことができました。今後は交流の起点となるような仕事をして行きたいです

次はナニマトペ?

大きな反響を集めているエキマトペ。
感銘を受けて自分も仕事として携わりたいというデザイナーも現れました。

両耳が聞こえない濱田この実さんは、障害者雇用の課題をデザインで改善したいと考えています。音の可視化にも興味を持っているといいます。
濱田この実さん
音楽も可視化されたらおもしろいのではないかと思ってます。聴覚障害があっても音楽を聴く人はたくさんいますが、私は音楽にあまり興味を持たないほうで、耳で音楽を聴いたことは一度もありません。イヤホンをつけてボリュームを上げても全く聴こえないからです。音楽番組に関しては歌詞のテロップがなければ、ただ映像をぼーっと眺めているだけです。歌詞のテロップも、動きや文体が音楽や歌に合わせて出てきたらリアリティも生まれておもしろくなりそうだなと思います
次は一体、ナニマトペが誕生するのでしょうか?