牛タン クラウド…24年ぶり円安水準 影響は 家計の負担試算も

2日の東京外国為替市場はアメリカが大幅な利上げを続けるという見方から円安が加速し、円相場は24年ぶりの円安水準となる1ドル=140円台前半まで下落しました。

円安の影響は牛タンや鶏肉などの食品をはじめ、海外のクラウドサービスを利用するIT企業など、暮らしやビジネスのさまざまなところに出てきています。

牛タン 輸入の仕入れ価格上昇も

宮城県富谷市に本社がある牛タン専門店では、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で工場などが十分に稼働せずアメリカ産牛肉の価格が高止まりしていたため、去年10月に定番の牛タン定食を2300円から2930円に値上げしました。

会社によりますと、おととしの仕入れ価格は1キロあたり1500円前後でしたが、ことし5月時点ではおよそ2300円に上がっていて、今後、円安が進めば仕入れ価格がさらに上がる可能性があると懸念しています。

会社では材料の価格が上がっても値上げは避けたいとして、定食で提供する牛タンの厚さをこれまでより1ミリ程度薄くしたほか、牛タン以外のメニューを充実させているということです。

牛タン専門店「喜助」社長室の小野博康室長は「牛タンはほぼ100%輸入なので、円安になるとこの先さらに厳しくなる思います。牛タン以外を使ったメニューを開発するなどして工夫して対応したい」と話していました。

名古屋コーチン 餌代も上昇

「名古屋コーチン」は、歯応えのある肉や濃厚な味の卵が特徴のブランド地鶏で、名古屋市に本社を置く会社では年間およそ23万羽を生産しています。とうもろこしや大豆などを混ぜた餌を与えていますが、ほとんどが輸入品のため円安の進行によりこの1年ほどの間で出荷までの餌代は1羽あたりおよそ250円増えました。

一方で、新型コロナの影響で外食需要が落ち込んでいるため出荷量は感染拡大前と比べ、3割から4割ほど落ち込んでいるということです。

名古屋コーチンの生産を手がける「南部食鶏」の杉本康明社長は「餌代を抑えようと代替品を探していますが、いいものがありません。円安が続けば農家が廃業してしまうのではと懸念しています」と話していました。

円相場 1か月で10円近く値下がり 24年ぶり水準

円相場は7月中旬に1ドル=139円台まで急速に円安が進んだあと、8月はじめには一気に1ドル=130円台まで値上がりしました。その後、再び円安が進み、およそ24年ぶりに140円台まで値下がりしました。円相場がこれだけの短い期間に10円近い変動を繰り返すのは異例のことです。

なぜここまでの円安になったのでしょうか。

歴史的なインフレを抑え込もうと金利の引き上げを急ぐアメリカのFRBと大規模な金融緩和を続ける日銀。その方向性の違いを背景に日本とアメリカの金利差がさらに広がるのではないかという見方から高い金利が見込めるドルを買う動きが続いているためです。

パウエル議長をはじめFRBの高官が最近相次いでインフレ抑制に向けた強い姿勢を示したことで、今月も大幅な利上げに踏み切るという観測が強まり、その流れが加速しました。

家計の支出 7万8400円増の試算も

1ドル=140円の円安水準がこれから来年3月まで続いた場合、今年度の2人以上の世帯の支出は前の年度より平均で7万8400円増えるという試算があります。
食料品や電気代などエネルギー関連の支出が増えることが主な理由で、円安が生活必需品の輸入物価を押し上げます。また企業が仕入れ価格の上昇分を販売価格に転嫁する動きも重なるとしています。

年収別にみますと
▽300万円から400万円の世帯ではおよそ6万8900円
▽400万円から500万円の世帯ではおよそ7万4900円
▽500万円から600万円の世帯ではおよそ7万7400円支出が増え
年収が低い世帯ほど負担は重くなると分析しています。

試算したみずほリサーチ&テクノロジーズの酒井才介主席エコノミストは「円安が長期化すれば、その分負担が増すという構図に変わりはなく、消費者自身が節約などの工夫を求められる苦しい状況が続いている」と話しています。

海外のクラウドサービス 円換算でコスト増も

企業が利用するITサービスにも円安の影響が広がっています。

海外のクラウドサービスを利用する日本企業が増えていますが、料金はドルで設定されることが少なくありません。このため円安が進むと円に換算した料金の支払い額が増えてしまいます。

東京 港区にあるアプリ開発関連のIT企業では、6年前からアメリカのアマゾンの子会社のクラウドサービス「AWS」を利用しています。

このクラウドサービスも料金はドルで設定されているため円安が進んだ結果、IT企業のことし6月分と7月分の利用量や時間あたりの料金は円換算したところ去年の同じ時期と比べて20%以上、上昇したということです。

このIT企業にとってクラウドサービスの費用は人件費に次ぐ大きな負担ですが、国内の別のクラウドサービスなどに切り替えるのは機能の面などから難しいということです。
IT企業「ヤプリ」の庵原保文社長は「サーバー代をはじめとして原価がじわじわと上がっていると痛感している。IT関連のツールはアメリカを中心とする外資系のサービスに依存してきたため、ここにきて円安の影響が大きくなっています」と話しています。

南部鉄器や有田焼…伝統工芸品も値上げ

岩手県奥州市にある創業170年の南部鉄器の生産会社では鉄器の鋳造に大量の電気と鉄を使っています。

しかし、このところの円安や原油価格の高騰、ウクライナ情勢などの影響で先月上旬、電力会社から来月の電気料金を値上げするという通知が届き、今後コストが平年の2倍程度に跳ね上がると見込んでいます。

さらに鉄の原料になる鉄鉱石や石炭は輸入に頼っているため、円安の影響で鉄の価格も上がっているということです。

この会社では来月と来年2月の2回に分けて、南部鉄器のほぼすべての商品を10%から20%値上げすることを決めました。
及源鋳造の及川久仁子社長は「生活必需品ではない商品なので値上げしたことでお客さんが減ってしまわないか心配です」と話しています。

また佐賀県の有田焼の産地からも、原料の土や絵付けに使う金やプラチナが値上がりし、商品も値上げせざるをえないという声があがっています。

有田焼の窯元 田中亮太さんは「かなり深刻な影響になってきていると思います。廃業なさったり休業なさったりするところも出てきている。そういうところで有田全体の生産力が落ちていくんじゃないかと懸念しています」と話しています。

円安追い風にした動きも ホタテ輸出は急増

宮城県産のホタテを取り扱う石巻市内の水産加工会社は、アメリカや台湾それにタイなどに冷凍加工したホタテの貝柱を輸出していて、半年前から発注量が急激に増え、ことし4月から先月末までの輸出の売り上げが去年の同時期のおよそ2.5倍にのぼっているということです。

例年は国内用が7割、輸出用が3割としていましたが、今年度は輸出用を9割に増やすとともに、殻をむく作業員を2倍に増やしたほか、残業時間を増やしながら交代制の勤務にして対応しているということです。

水産加工会社「ヤマナカ」の千葉賢也専務は「去年の4割引きの値段で購入してもらえるため交渉もしやすく感じ、追い風と受け止めている。再び円の価値が高まることも見据えて国内の販売態勢も整えたい」と話していました。

不動産 海外投資家から問い合わせ

海外の投資家を中心に不動産売買の仲介を行っている北海道 小樽市の会社によりますと、アジアやアメリカの投資家を中心に、道内の物件への関心が一段と高まり、問い合わせが相次いでいるということです。

特にニセコエリアや富良野それに札幌や小樽などの土地や建物を購入したいという問い合わせが多く、海外からの渡航者に対する新型コロナの水際対策が段階的に緩和される中、不動産を内覧に来る投資家もいるということです。

この会社には9月1日も台湾から50代の投資家が訪れ不動産の購入の相談に応じていました。

この投資家は「日本の古民家のような雰囲気が好きでいまは円が安いから買うにはちょうどよい。予算は決めていないが円が安くなればもっといい」と話していました。

不動産会社の石井秀幸社長は「コロナ禍で鈍っていた不動産市場がここ最近の為替の動きを背景に動き出していると感じている。海外の投資家から見れば、去年より安く見える状況で円安がこのまま続けば北海道の不動産を買いにくる人はまだ増えるのではないか」と話しています。

FX取引活発 口座開設が2倍に

外国の通貨を売買するFX取引も活発になっています。

金融先物取引業協会によりますとFXの店頭の取引額は円安ドル高の流れが加速したことし3月以降急増していて、4月にはおよそ1000兆円と円安が急速に進む前の1月や2月から倍増し、6月には過去最高となるおよそ1230兆円にのぼりました。

こうした中、ネット証券大手の「楽天証券」では、6月にFX取引の口座を開設した人数が去年の月ごとの平均と比べて2倍に増えたということです。

個人投資家の間で関心が高まっていることを受けて、会社は新たに資産運用を始めた人向けにオンラインセミナーの回数をこれまでより月に1回程度増やすなどして対応を強化しています。

専門家 「次は150円を目指す展開も」

急速な円安が進む中、今後の見通しについてBNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「ほかの国が金利を引き上げる中で日本が金利を抑え込んでいることが円安の要因になっている。アメリカがまだまだ利上げを続け日銀は異次元緩和を続けるとなると1ドル=140円も1つの通過点にすぎない。次は150円を目指す展開になるだろう」と述べています。

その一方で「アメリカの景気が大きく悪化すると利上げを行っても必ずしもドル高にはつながらない。場合によってはドル安・円高につながる可能性もあるので、1ドル=150円を意識しているが、永久にこれが続くわけではない」としています。

また日本経済への影響については「為替が大きく変動しているので輸出企業にとってもこの円安が続くのか不安になってしまう。このため一時的に利益が出てもベースアップによる賃上げにはつながらず円安が今のように過度に進むと輸出企業もメリットを日本経済全体に広げられず消費者の負担ばかりが膨らんでいく」と指摘しました。

一方、市場から注目を集める日銀の対応については「2%の物価目標を安定的に達成できるまで今の金融緩和を続けるという考え方が果たして妥当なのか再検討する必要があるのではないか。あくまで中長期の目標だということを明確にしたうえで、2%に達していなくても経済の状況に応じて政策金利などを引き上げるというようなフレームワークを変更するということはあり得るだろう」と述べました。