コロナで介護が受けられない 第7波 “過去最大の介護危機”

コロナで介護が受けられない 第7波 “過去最大の介護危機”
「要介護の親が陽性。10日間デイサービスも行けず24時間介護しなきゃいけない」
「今までの介護生活で一番やばい」
新型コロナ第7波で感染者が急増した8月、SNS上に相次いだ声です。

一方、ヘルパーを派遣する介護事業所からは。
「毎日お休み返上です。『介護難民』出てきてます」

高齢者、ヘルパーともに感染者が増え続け、生活や命をつなぐのに必要な介護を提供できない葛藤の声があがっています。
“過去最大の介護危機”の中、最後の頼りになっているのは現場の人たちの「使命感」や「責任感」です。
(社会部 記者 小林さやか・飯田耕太/政経・国際番組部 ディレクター 吉田菜穂)

介護現場から届いた悲痛な声

ことし7月末ごろ。介護の分野を取材する記者のもとに、介護現場で働く人たちから悲痛な声が届き始めるようになりました。
「かなり大変なことになってます。周り中クラスターだらけです。なかには全職員が陽性になっちゃった施設の話もききます」(特養・施設長)

「これまでにない試練の連続です。陽性になった利用者、同居家族も次々感染され、入院の方向で調整しましたが、受け入れてもらえる病院がありません」(ケアマネージャー)

「責任者が自宅療養になったり、利用者が陽性でヘルパーが濃厚接触者になったり、毎日お休み返上です。介護難民出てきてます」(訪問介護・管理者)
かつてない感染者急増の中で、介護が必要なのにサービスを提供できない人も出ている状態だというのです。

認知症、1人暮らし でも陽性判明後は…

現場で何が起きているのか。
取材を始めると、あちこちで深刻な事態が起きていることがすぐにわかりました。
8月下旬に取材した、大阪市に住む70代の一人暮らしの男性です。
男性は8月23日、38度の熱が出てコロナの感染が判明。
救急車で運ばれましたが、着いた病院では病床に空きがなく、症状も比較的軽いとして自宅に戻って療養することになりました。

男性の要介護度は生活全般で介助を必要とする状態の「3」で、直前にしたことを忘れるなど認知症の症状もみられます。
ヘルパーが毎日訪問し、着替えや食事など身の回りの介助を受けていました。

ところが陽性となったことで頼りのヘルパーの事業所から訪問を断られてしまい、介護を受けずに1人きりで自宅で過ごす事態となったのです。
陽性者のもとを訪問するヘルパーの事業所は少なく、一部に限られるのが実情だということです。

ヘルパーの代わりに

なんとかして誰かに訪問してもらわなくてはと、男性を担当するケアマネージャーはあちこちの事業所に掛け合いました。
見つかったのは「訪問看護」の事業所でした。
飲み間違えるわけにいかない持病の薬の服用の介助や体調の観察を対応してくれることになり、一安心。

しかし制度上「訪問看護師」にはヘルパーがしていた掃除や洗濯、身の回りの世話までは頼むことはできず、生活面での課題は残るといいます。
居宅介護支援事業所「ログ03」久米由紀子さん
「認知症もあり誰の手も借りずに生活することがもともと難しいうえに、持病もあって急変するリスクもあります。また、1人にしてもし自宅の外に出てしまうとほかの人に感染させてしまうおそれもあるので入院させてほしかったのですが、できなかった。こういった事例がほかにも相次いでいます」

「ほとんど責任感」それも限界

こうした中、陽性者への訪問を続けている事業所もあります。
その1つ、東京 北区の訪問介護事業所「みすべの苑」です。

周囲の事業所が軒並み陽性者への訪問を行わない中、ふだんは主に事務所で管理業務にあたっている「サービス提供責任者」がみずから防護服を着て訪問を続けてきました。

事業所の管理者の田村健介さんは感染リスクと向き合う訪問を、責任者以外のヘルパーに強いることは難しいと話します。
訪問介護事業所「みすべの苑」管理者 田村健介さん
「非常勤の職員などに防護服を着て行ってもらうというのもおかしな話なので、ある程度本人の気持ちや良心に任せるしかないなと。なかなか業務命令として行ってくださいなどとは言えないので。もうほとんど責任感で行ってると思います」
しかし8月に入って職員が次々に感染したり濃厚接触者になったりして、8月半ばには主力の職員1人も感染。結局スタッフ20人中半数の10人が休む事態となって人繰りが限界を迎えました。

なんとかまわしていくために、田村さんは要介護度が低い利用者の訪問を断らざるをえなくなり、苦渋の選択を迫られました。
田村健介さん
「これ以上感染が広がると、陽性者への訪問も続けられないかもしれない」

なぜ「介護危機」? 専門家は

要介護高齢者が、コロナ陽性となったら介護を受けられなくなってしまう事態はなぜ第7波で急増しているのか。
介護の問題に詳しい淑徳大学の結城康博教授に取材すると、3つのポイントを上げてくれました。
第7波の「介護危機」なぜ?
1.「高齢者=入院」原則崩れ 自宅療養増加
2.「陽性者への訪問介護」は現場任せで一部のみ
3.「担い手減・需要急増」で需給バランス破綻
1「高齢者=原則入院」の原則が崩れる
高齢者は重症化のリスクが高いため、もともと「感染したら原則入院」とされてきました。
しかし病床のひっ迫とともに、その原則は徐々に崩れ、国は第6波のあと「より介護的なケアが充実している高齢者施設などでの療養をすることも選択の1つだ」と言及。
中には「原則として、施設内で療養を続けてほしい」する自治体も出てきました。

さらに第7波に入って感染がかつてなく拡大する中、施設の高齢者だけではなく、自宅で暮らす要介護高齢者も入院ではなく自宅で療養するケースが広がっている状況とみられています。
2「陽性の要介護者への訪問」は現場任せ
自宅で暮らす多くの要介護高齢者にとって、生活の支えとなっている介護保険サービスはデイサービスや訪問介護です。
しかし、ひとたび本人や家族が陽性になると、デイサービスには行けないばかりか、陽性者がいる家に訪問してくれるヘルパーは限られるのが現実です。

▽感染防御の専門知識がない人も多いヘルパーにとって、防護服を着ての訪問は負担が大きいこと。
▽ヘルパーは1人が一日に複数の利用者を訪問するため、感染を広げるリスクがあること。
▽防護服や検査キットなどの物資に費用がかかり、経営上の負担が大きいことなどからです。

一方で陽性者のもとを訪問するヘルパーへの「危険手当」の支給に使える国の補助金もありますが、1事業所あたり原則最大32万円。十分ではなく、事業所の独自負担で「危険手当」を出しているケースもあります。
こうした状況の中での陽性者への訪問は「それでも要介護者を見捨てられない」という現場の使命感や責任感に頼っている状態だと、結城教授は指摘しています。
3「担い手は減少・需要は急増」需給バランス破綻
さらに第7波ではかつてない感染拡大によりヘルパーも次々と感染して訪問の担い手は減少。
一方で周辺のデイサービスなども感染拡大で休業になり「代わりに訪問介護の回数を増やしてほしい」という需要は急増。

もともと深刻な人手不足に拍車がかかった上に、業務量も通常以上に増え、陽性者の対応まで手が回らなくなっているのです。
淑徳大学 結城康博教授
「急激な感染拡大を背景に介護サービスが受けられない、いわばネグレクト状態の高齢者が増えているとみられます」

過去最多のクラスター数 陽性者以外も「介護危機」

ここまでコロナに感染した要介護高齢者の問題を見てきましたが、感染していない高齢者でもデイサービスやショートステイの休業によって介護が受けられない人も出ていて、影響が広がっています。
高齢者施設(※デイサービスやショートステイを含む)のクラスターなどの集団感染の数は8月22日までの1週間に850件と過去最多を更新。7月に入ってから実に9倍以上に増えています。
こうした中、鎌倉市にある認知症対応型デイサービス「さくら」では8月、職員と利用者計11人が感染、6日間の休業を余儀なくされました。

休業で大きな負担を強いられたのが、週2日通っていた「要介護5」の70歳の男性です。
デイサービスでは食事や入浴などの介助を受けていましたが、休止によって自宅で過ごすことになり、70歳の妻が介護をすべて担うことになったのです。

小柄な妻の力では夫の体を支え切れないため、男性は3週間ほどの間、お風呂に入れませんでした。
また、妻ひとりでは夫を移動させるのも難しく、再開するまで男性はほとんどベッドで寝たきりの状態で過ごしていました。
妻は夫が一日中ベッドで過ごすことで、今後の介護生活に影響が出るのではと不安を感じています。
男性の妻
「デイサービスに行かないと筋肉が衰えてしまって、トイレに歩いて行くことができなくなるのではないかと心配しています。もし歩けなくなったら、家で介護をし続けることができなくなるのではないかと不安です」

「介護危機」はコロナ後も

そしてもう1つ、休業した事業所は再開後も別の課題に直面しています。
休業による減収で、存続の危機に立たされていることです。

デイサービスは利用者の数と利用日数によって、入ってくる介護報酬の額が決まるため、休業で利用が無かった分は減収となります。
「さくら」は6日間の休業で100万円を超える減収となり、事業所は大きな赤字が見込まれているのです。
代表の稲田秀樹さんは地域の人に寄付による支援を募ることで、なんとか存続させたいと考えています。
認知症対応型デイサービス「さくら」 稲田秀樹代表
「経営的にはぎりぎりトントンくらいで動いていたので、体力が持たなくなっちゃいますよね。これまで頑張って対策も打っているけど、ちょっともう限界が見えてきたなという感じです」

「介護危機」国の対策と必要な施策は?

コロナが招く「介護危機」を防ごうと、国や自治体も介護現場への支援策を講じてきました。
防護服など感染対策にかかる資金の助成のほか、陽性者に対応した事業所への補助金なども出してきました。
しかし、休業による減収分を直接補うような助成金の制度はありません。

淑徳大学の結城康博教授は、現在の支援策は不十分で、このままでは倒産する介護事業所が相次いで、コロナ収束後も「介護危機」が継続しかねないと指摘しています。
そのうえで、自宅に取り残される要介護者を出さないため、次のような内容が求められると提言しています。
淑徳大学 結城康博教授の提言
▽介護付きの宿泊療養施設の整備
▽訪問介護事業所が派遣会社にヘルパーを依頼するための資金援助の強化
▽休業による介護事業所の減収分を補填(ほてん)する給付金

「現場任せ」にしないで

結城教授が指摘したような支援策の必要性は、実はこれまでも感染の波が来るたびに指摘され続けてきたものです。
それでも対策は十分に進まず、介護現場が疲弊する事態が繰り返されてきました。

「高齢者を見捨てられない」との「使命感」や「責任感」から身を削って対応し続ける介護職や家族によってぎりぎりのところで在宅介護の現場が支えられていますが、それも限界があります。

第7波の感染者はまだ多い状況が続いていますが、国や自治体は「今」と「これから」のために、現場の「使命感」「責任感」だけに頼らない仕組みを今度こそ構築しなくてはならない。そう思います。
社会部 記者
小林さやか
2007年入局
北九州局、福岡局を経て現所属
医療、介護、ジェンダーや子どもの権利について担当
コロナ禍の介護現場について取材
社会部 記者
飯田耕太
2009年入局
千葉局、秋田局、ネットワーク報道部を経て現所属
災害や福祉を中心に取材
今夏から新型コロナも
政経・国際番組部 ディレクター
吉田菜穂
2013年入局(キャリア)
大阪局、社会番組部を経て現所属
医療・介護(社会保障)や経済を中心に番組を制作