稲盛和夫氏 生き続けるメッセージ

稲盛和夫氏 生き続けるメッセージ
“経営の神様”とも呼ばれた京セラの創業者、稲盛和夫氏が亡くなりました。町工場から一代で世界的企業に成長させるとともに、経営破綻した日本航空の再建にも尽力。さまざまな功績を残しました。そのことばや経営哲学は、国内外の多くの経営者たちに影響を与えています。その軌跡を振り返ります。(経済部記者 早川沙希)

“人間として何が正しいのか”

稲盛和夫氏
「人間として何が正しいのかを座標軸に、そこから物事を全て経営判断することが大切だ。成功した経営者が『俺は社長だ、専務だ』と威張っているのをかいま見るが、そんなんじゃいかんと思う。上に上がれば上がるほど責任は重くなって、これでいいのだろうかと常に自戒し努力をしていく、そんな生真面目な経営者であってほしい」
生前、NHKのインタビューに対して語ったことばです。

「人間として何が正しいのか」を常に問い続けながら、事業を切り開いてきました。

“利他の心”で

稲盛氏の人生哲学や経営哲学を学びたいと、京都の若手経営者が立ち上げた「盛和塾」と呼ばれる勉強会は、徐々に全国に広がり、その参加者は国内外およそ1万5000人におよんでいます。

稲盛氏は塾長、参加者たちは塾生と呼び合っていました。
稲盛氏の訃報を受け、塾生の1人を訪ねました。

スポーツ施設の設計や施工を手がける日本体育施設の奥裕之会長は2011年、盛和塾の門をたたきます。

稲盛氏の人柄について奥会長は。
奥裕之さん
「偉い方なのに、我々にもフラットに付き合ってくれるというのが忘れられない。本当に大きな愛のある方だった。お年ですし、限りのある命ですからいつかは…と思っていましたが、すごく残念です」
奥さんの会社では、前の国立競技場のトラックの改修や、Jヴィレッジの工事などを手がけてきましたが、社長就任後、社内で起こる問題や業績不振で1人で思い悩むことが多かったといいます。

そんな時に出会ったのが、稲盛氏の「人として何が正しいかを判断基準にする」ということばでした。

稲盛氏が大切にしていた「利他の心」が、経営者としての気持ちに大きな変化をもたらしたといいます。
奥さん
「それまでは歴史に残る一流の仕事をするという一心でやってきたが、従業員の物心両面の幸せのためにやることが大事だと、腹にすとんと落ちた。会社は業績や利益を上げないといけないが、人の心を大事にすると結果も出てくる」
「世界情勢がいまおかしくなっていて、市場原理主義がいきすぎていると思う。塾長は、人の幸せがなんなのか、事業をなんのためにやるのか、常に本質を投げかけてくれた。塾長の教えは経営を伸ばすということだけではない。事業を通じて人々を幸せにするという考え方は、今の時代にすごく必要なことだ」

そのことばは世界にも

稲盛氏のことばは、海外の経営者にも影響を与えています。

盛和塾は、アメリカやブラジル、中国など世界各地に支部が設置されました。中国では、ネット通販最大手・アリババグループの創業者、ジャック・マー氏や、中国の通信機器大手、ファーウェイの創業者など、名だたる経営者も稲盛氏を尊敬していたことで知られます。
稲盛氏が亡くなったというニュースは、SNS上で一時、検索ランキングの1位になりました。

「偉大な経営者 良い旅立ちを」とか「尊敬すべき日本人だった」という投稿も寄せられました。

生き続けることば

盛和塾では、定期的に大会を開いてきましたが、稲盛氏が高齢なこともあって解散しました。

2019年に最後の世界大会が開かれ、世界各国から集まった4800人の塾生たちに、稲盛氏はこんなメッセージを贈っています。
稲盛氏からのメッセージ
「フィロソフィを説く私のベースにあったのは、何よりもみんなに幸せになってほしいという純粋な思いでした。『こういう考え方で生きていけば、充実した幸せな人生を送ることができるはずだ』と強く思っていたからこそ、多くの人々にそのことを知らせたかった。『従業員に素晴らしい人生を送ってほしい』という強い思い、限りない愛がすべての根底になければなりません。経営者本人が常に自らに厳しく規範を課し、人格を高めようとし続ける姿を示すならば、それを見た従業員もおのずからフィロソフィの実践に努めようとするはずです。従業員のために社長が誰よりも苦労している姿ほど、共感を得るものはありません。ですから、会社のなかで経営トップがいちばん苦労しなければなりません。そうすれば、従業員は必ずついてきてくれるものです」

最後に

経済記者として駆け出しの私は、NTTの独占市場に風穴をあけ競争原理の礎を築いたDDIの設立、経営破たんした日本航空の“奇跡的な”再建など、稲盛氏の数々の軌跡を直接取材した経験はありません。

それでも今回、さまざまな人たちから話を聞き、多くの経営者を育ててきた稲盛氏の哲学は、その“ことば”とともに、これからも生き続けると感じました。

塾生の1人、奥会長は最後にこう語りました。
奥さん
「盛和塾は解散したが、塾長の教えを引き続き学んでいきたいという塾生もいる。知らなかった若い世代の人たちも気づいてもらえるのだから塾生としてこれからもことばを伝えていきたい」
利益を追い求めるだけでなく、経済社会のあるべき姿を説き続けてきた稲盛氏。

世の中には「名経営者」と呼ばれる人たちが数多くいます。

“本当の名経営者”とはどんな経営者なのだろうか?残された世代にその問いかけをしているようです。
経済部記者
早川 沙希
2009年入局
新潟局 首都圏局などを経て現所属
電機業界を担当