SOSが聞こえますか 虐待から子どもを守る 実態を独自調査

SOSが聞こえますか 虐待から子どもを守る 実態を独自調査
虐待の末、3歳で亡くなった男の子。住んでいた市による見守りが行われていました。虐待が疑われる子どもについては個別にリスクを判断され、低リスクとされると児童相談所ではなく、自治体が見守りを担います。ところが、こうしたケースで深刻な事件が相次ぎました。子どものSOSを聞き逃さないために何ができるのか。その実態を独自に調査しました。

0歳から支援を受けていたのに

あどけない表情を見せる男の子。去年8月に亡くなった新村桜利斗くんです。3歳でした。熱湯をかけられて殺害されたとみられています。

母親の交際相手が殺人の罪で起訴されました。家族が暮らしていたのは大阪 摂津市。市は桜利斗くんが0歳の頃から家庭の支援を始めていました。生活状況などから育児放棄の疑いがあるとされていたためです。

“低リスク”は自治体が見守り

虐待が疑われるケースの場合、自治体の担当部署と児童相談所などが情報を共有してリスクを判断します。

そして原則、リスクが高いケースは立ち入り調査などの権限を持つ児童相談所が対応し、比較的リスクが低いとされたケースは自治体が対応することになっています。

桜利斗くんのケースは市の担当者が定期的に母親と連絡を取れていることなどから、児童相談所ではなく、市が見守りを行う方針になりました。

見逃されたリスクの変化

家庭環境に変化をもたらしたのは、母親の交際相手の存在です。交際が始まったとみられるのは事件の前の年、2020年の年末でした。

そのあと、市には桜利斗くんにたんこぶやアザなど不自然なケガがあるという情報が保育所から複数もたらされるようになります。
しかし、市は虐待のリスクが高くなったと判断せず、児童相談所と積極的に協力して対応に当たることもしませんでした。

“専門性不十分” 検証で明らかに

なぜ、リスクを適切に評価できなかったのか。

事件のあと、大阪府は検証報告をまとめました。市が児童相談所と定期的に情報を共有する会議で深刻なケースとして議論していなかったことを指摘。たび重なるけがなどの報告が寄せられていたにもかかわらず、保育所へ登園していたことなどがリスクの過小評価につながったとされました。

さらに、経験年数が3年以下の職員が多かった上、リスクを判断する立場の職員も課長1人だけだったと指摘。専門性が不十分な体制でした。
摂津市家庭児童相談課 古賀順也課長
「職員一人ひとりが数多くの子どもを抱えながら見守りに当たってきました。こうした中で、子どもが亡くなるという重大な事案が発生してしまったことを重く受け止めています」

現場は努力しているのになぜ?

取材で出会った自治体の関係者や専門家は誰もがこう言います。
「自治体も子どもを守ろうと必死なんです」
「担当者は誰もができるかぎりの努力を重ねています」
現場は必死で努力しているのに、どうして事件を防げないのか。

NHKはその実態を調査しました。

東京都と大阪府の児童相談所とともに対応に当たっている84の自治体を対象にアンケートを実施。81自治体から回答を得ました。

虐待のおそれがあるとして自治体と児童相談所が共有する「進行管理台帳」に記載されている子どもは、ことし3月末時点で計3万9039人。

このうち、児童相談所ではなく自治体が主に対応しているのは81%、3万1707人でした。大半の子どもの見守りを、自治体が担っていました。

職員1人で40人の子どもを

さらに担当職員1人当たりが対応している子どもの人数は平均で40人。多いところでは138人に上りました。

リスクを見逃さず適切に対応するには一定の経験が必要とされますが、回答のあった自治体のうち『6年以上勤めている正規職員が複数いる』という自治体は3割余りにとどまりました。

相次ぐ自治体の“見逃し”

負担を抱える自治体が見守りを担っているケースでは、他にも深刻な事件が起きています。
ことし6月、大阪 富田林市で2歳の女の子が熱中症で亡くなりました。ベビーサークルの中で手足を縛られて置き去りにされていたとみられています。

同居する祖母ら2人が保護責任者遺棄致死などの罪で起訴されました。少なくとも1年前からこうした虐待が続いていたということです。

しかし、見守りを担っていた富田林市は一度も家庭訪問を行っていませんでした。

「おり」のように使われていたベビーサークルの存在に気付くこともなかったのです。

“質向上へ 議論のきっかけに”

今回の調査で明らかになった自治体による虐待対応の課題。専門家はこう指摘します。
関西大学 山縣文治教授
「児童相談所の実態は、国や専門家の調査で把握されてきましたが、自治体についてはあまり知られていませんでした。家庭ごとの日頃の変化をチェックしなければならないので、職員1人で40ケースも見守るのであれば、事案の程度にもよりますが精神的にも事務的にも相当な負担になっていると思います」
自治体に対して国は、リスク評価や支援計画についてのマニュアルを示しています。

ところが、虐待死を防げなかった事例では、このマニュアルに沿った対応ができていないケースが目立つということです。

山縣教授はその背景として3点をあげています。
▼人員削減によって人手が足りなくなっていること
▼職員の専門性を高める研修の機会が少ないこと
▼人事異動が頻繁にあり、リスクを見抜く経験が蓄積できないこと
関西大学 山縣文治教授
「今の体制が適切なのか、議論するきっかけにしていくべきです。現場の職員から何が負担となっているのか丁寧に聞き取るなどして、国が全国の実態を明らかにしていけば、間違いなく支援の質の向上につながっていくでしょう」

今できることを 続く現場の模索

多くの課題がある中で、今、何ができるのか。自治体の現場では模索が続いています。

事件のあと、大阪 摂津市が行ったのは職員の増員。虐待対応の課の人員を5人から8人に増やしました。

そのうえで、リスク判断をチームで行うことに。事件前は原則、1つの家庭を1人の職員が担当してリスク判断をしていました。これを今年度から4人1組のチームにしました。複数の職員が情報を共有しています。

経験豊富な専門職をリーダーとして配置し、グループでリスクを評価しています。

1人に大きな負担がかからないようにするとともに、できるだけ客観的にリスク評価を行うねらいです。

情報を求めて保育施設にも

さらに、子どもの情報を多く持つ、幼稚園や保育所からの聞き取りを強化しました。

これまでは保育施設から電話を受けるだけでしたが、市の担当者の側が訪問して面談することにしたのです。

この取り組みによって、保育施設からの相談や連絡は去年の同じ時期と比べて6倍にあたる12件に上っているということです。
認定こども園 園長
「これまでは、どの程度のことを報告していいのかとか本当に悩んでしましたが、いまは顔の見える関係になったことで、ささいなことでも相談できるのは大きいと思っています」
摂津市家庭児童相談課 古賀順也課長
「去年のような事件を二度と起こしてはならないという思いを持っています。体制強化や職員の質のレベルアップに取り組み続けます」

潜む重大ケースを見抜くために

今回の取材を通して出会った自治体の職員はみな、どうしたら子どもたちの命を守れるのか真剣に悩み、模索を続けていました。

その一方で、増加の一途をたどる虐待相談から、その中に潜む重大なケースを見抜くことは簡単ではありません。

志をもって児童虐待の問題に取り組もうとする人たちの環境を整えていくことが、子どもを守ることに直結すると改めて実感しました。
大阪放送局記者
堀内新
2016年入局 神戸局を経て、大阪局で事件取材を担当。