“踊る阿呆”が待ち焦がれた夏 阿波おどり 3年ぶりの本格開催

“踊る阿呆に 見る阿呆”――
日本を代表する夏祭り、阿波おどり。400年の歴史があり、踊りは今や徳島だけでなく各地で行われ、多くの人を熱狂させています。
最大規模の徳島市の阿波おどりは、ここ数年、まさに存亡の危機に見舞われてきました。
長年積み重なった4億円にのぼる赤字をめぐる混乱、開催日に直撃した台風。そして、とどめをさすかのような新型コロナの感染拡大。かつてない逆風の中でも存続を模索し続け、ことしついに3年ぶりとなる本格開催にこぎつけました。
4日間の祭りにかけた踊り手たちの思いを、2年前の徳島着任直後から阿波おどりを担当し続けてきた記者(私)が取材しました。
(徳島放送局 記者 藤原哲哉)
日本を代表する夏祭り、阿波おどり。400年の歴史があり、踊りは今や徳島だけでなく各地で行われ、多くの人を熱狂させています。
最大規模の徳島市の阿波おどりは、ここ数年、まさに存亡の危機に見舞われてきました。
長年積み重なった4億円にのぼる赤字をめぐる混乱、開催日に直撃した台風。そして、とどめをさすかのような新型コロナの感染拡大。かつてない逆風の中でも存続を模索し続け、ことしついに3年ぶりとなる本格開催にこぎつけました。
4日間の祭りにかけた踊り手たちの思いを、2年前の徳島着任直後から阿波おどりを担当し続けてきた記者(私)が取材しました。
(徳島放送局 記者 藤原哲哉)
存続なるか、阿波おどり
徳島の夏を熱くさせる阿波おどり。
徳島県内各地で行われていますが、最大規模なのが徳島市の阿波おどりです。
4日間の期間中、県全体の人口を優に超える100万人が集まると言われる、年に一度のイベントです。
この阿波おどり、ここ数年、長い歴史でも例をみない大激動に見舞われてきました。
徳島県内各地で行われていますが、最大規模なのが徳島市の阿波おどりです。
4日間の期間中、県全体の人口を優に超える100万人が集まると言われる、年に一度のイベントです。
この阿波おどり、ここ数年、長い歴史でも例をみない大激動に見舞われてきました。

4年前には長年積み重なった累積赤字をめぐり、主催していた市の観光協会が解散、新たに市を中心とした実行委員会が主催することに。
しかし、新たな運営方針に対して一部の踊り手団体が反発、街中で1000人規模の踊りを強行する異例の事態にもなりました。
しかし、新たな運営方針に対して一部の踊り手団体が反発、街中で1000人規模の踊りを強行する異例の事態にもなりました。

その後も運営を巡って混乱は続いたうえに、天候も味方せず、2019年は台風が直撃して4日の日程が2日に短縮されてしまいました。
“密”こそ最大の魅力
さらに新型コロナの感染拡大が追い打ちをかけました。
阿波おどりの魅力は、あでやかな着物をまとった踊り手たちが、ぎっしりと密集して一糸乱れぬ優美な踊りを披露する「女踊り」。
汗を飛び散らせながら、勇壮な掛け声とともに激しく踊る「男踊り」。
阿波おどりの魅力は、あでやかな着物をまとった踊り手たちが、ぎっしりと密集して一糸乱れぬ優美な踊りを披露する「女踊り」。
汗を飛び散らせながら、勇壮な掛け声とともに激しく踊る「男踊り」。

そんな多彩な踊りを披露する踊り手たちに「桟敷」と呼ばれる座席を埋め尽くした観客が大きな歓声を送る。
さらに、踊り手に誘われ、観客もいつしか踊りの輪の中に入って大勢で踊る。
そう、すべてがこの上もなく「密」な祭りなのです。
コロナの感染拡大で2020年はついに戦後初の全日程中止に追い込まれました。
さらに、踊り手に誘われ、観客もいつしか踊りの輪の中に入って大勢で踊る。
そう、すべてがこの上もなく「密」な祭りなのです。
コロナの感染拡大で2020年はついに戦後初の全日程中止に追い込まれました。
再起をかけて
阿波おどりの灯を絶やすまいと存続を模索して行われた去年は、感染対策のため規模を縮小して屋内の会場を中心に開催。
踊り手も観客も一体となった祭りとは程遠いものでした。
迎えたことし。
主催する新たな実行委員会は、開催に踏み切るか、開催するならどの程度の規模で開催するのか。感染対策はどうするのか。直前まで検討を重ねました。
最終的に最大規模での開催が決まり、念入りな感染対策が行われました。
踊り手も観客も一体となった祭りとは程遠いものでした。
迎えたことし。
主催する新たな実行委員会は、開催に踏み切るか、開催するならどの程度の規模で開催するのか。感染対策はどうするのか。直前まで検討を重ねました。
最終的に最大規模での開催が決まり、念入りな感染対策が行われました。

踊り手たちは毎日検温し、専用のアプリで記録。
実行委員会は、感染対策マニュアルを作り、踊り手に練習の時から対策を求めました。
本番では、熱中症などを防ぐため、マスクの着用は求められませんでしたが、参加者は、感染を広げないよう、口元を覆うカバーや、笛を吹く人専用のマスクを使いました。
実行委員会は、感染対策マニュアルを作り、踊り手に練習の時から対策を求めました。
本番では、熱中症などを防ぐため、マスクの着用は求められませんでしたが、参加者は、感染を広げないよう、口元を覆うカバーや、笛を吹く人専用のマスクを使いました。

桟敷席は、従来の75%程度に抑えられ、観客が入れ代わる際に席を消毒することが決まりました。
踊りにかけるコロナ禍の大学生

そして8月、3年ぶりに本格開催されました。
街なかには以前のように桟敷が設けられ、観光客も一緒に踊り、徳島は年に一度の熱気に包まれました。
街なかには以前のように桟敷が設けられ、観光客も一緒に踊り、徳島は年に一度の熱気に包まれました。
多くの踊り手の中に、コロナ禍で思うように学生生活を楽しめない中で、踊りにかけてきた大学生がいました。

鳴門教育大学3年生の山崎佑花さん(20)です。
大学の踊り手グループ「鳴響連」の連長を務めています。
3歳から小学3年生まで母親の地元・鳴門市の踊りに参加したことがあり、規模が大きい本場・徳島市の阿波おどりで踊ることは大きな目標の1つでした。
ところが、おととし期待に胸をふくらませて大学に入学した年に、国内で新型コロナの感染が拡大しました。
入学式は中止、同級生たちと会えたのも6月になってからでした。
大学の踊り手グループ「鳴響連」の連長を務めています。
3歳から小学3年生まで母親の地元・鳴門市の踊りに参加したことがあり、規模が大きい本場・徳島市の阿波おどりで踊ることは大きな目標の1つでした。
ところが、おととし期待に胸をふくらませて大学に入学した年に、国内で新型コロナの感染が拡大しました。
入学式は中止、同級生たちと会えたのも6月になってからでした。
少ないメンバーでも“集団美”を
不自由な学生生活でも踊りに打ち込んできた山崎さん。
感染拡大で一時は活動中止を余儀なくされたり、1時間しか練習できなかったりと、逆風の中でもSNSで共有した動画を見ながら自宅で練習するなど、グループは必死に活動を続けてきました。
そんな中、さらなる難局に直面します。
去年、実習を控えた上級生が引退するとメンバーは12人に減ってしまったのです。コロナ禍前は30人ほどだったので半数以下です。
感染拡大で一時は活動中止を余儀なくされたり、1時間しか練習できなかったりと、逆風の中でもSNSで共有した動画を見ながら自宅で練習するなど、グループは必死に活動を続けてきました。
そんな中、さらなる難局に直面します。
去年、実習を控えた上級生が引退するとメンバーは12人に減ってしまったのです。コロナ禍前は30人ほどだったので半数以下です。

「有名連」と呼ばれる技量の高いグループでは、踊り手だけでなく鉦(かね)・笛・三味線・大太鼓など「鳴り物」を担当する人を含めると、グループ1つの構成人数は100人を超えるところも少なくありません。
山崎佑花さん
「鳴り物に1人ずつつけると踊り手が7人しか残らないので、お客さんに迫力を見せるのは難しかったです。この夏に阿波おどりがあるかどうか分からないとき、この人数で続けようか迷った人はいたと思います」
「鳴り物に1人ずつつけると踊り手が7人しか残らないので、お客さんに迫力を見せるのは難しかったです。この夏に阿波おどりがあるかどうか分からないとき、この人数で続けようか迷った人はいたと思います」
そこで山崎さんたち3年生は新たな振り付けを考えます。
踊り手全員で大きな輪を作りながら一人一人がその場で回転する振り付けです。
徳島が誇る観光名所、鳴門の渦潮をイメージしました。
踊り手全員で大きな輪を作りながら一人一人がその場で回転する振り付けです。
徳島が誇る観光名所、鳴門の渦潮をイメージしました。

少ない人数でも華やかに見えるよう、それぞれの踊り手が回転する向きやタイミング、そして回転で表現する「渦」の大きさを少しずつ変えるようにしました。
試行錯誤を続け、メンバーの誰ひとり欠けることなく阿波おどり本番を迎えました。
試行錯誤を続け、メンバーの誰ひとり欠けることなく阿波おどり本番を迎えました。
迎えた本番

大通りにできた特設の演舞場でスポットライトを浴びる踊り手たち。
豪快な男踊りと華麗な女踊りが次々と披露され、笛や三味線などで奏でる、阿波おどり特有のお囃子「ぞめき」につられて観光客も踊りの輪に加わります。
そんな踊りの輪の中に、笑顔で踊る山崎さんの姿もありました。
豪快な男踊りと華麗な女踊りが次々と披露され、笛や三味線などで奏でる、阿波おどり特有のお囃子「ぞめき」につられて観光客も踊りの輪に加わります。
そんな踊りの輪の中に、笑顔で踊る山崎さんの姿もありました。

仲間たちと練習を重ねた新たな振り付けで、観客を沸かせていました。
その表情には晴れ舞台で踊り切ったことへの思いがあふれていました。
その表情には晴れ舞台で踊り切ったことへの思いがあふれていました。

山崎佑花さん
「たくさんのお客さんに見てもらっているなか桟敷で踊ることがいちばんしたかったので、本当に楽しいです。コロナ禍で思うようにいかない時期もありましたが、自分たちが引っ張っていく代になっての阿波おどりなので、達成感も大きいです」
「たくさんのお客さんに見てもらっているなか桟敷で踊ることがいちばんしたかったので、本当に楽しいです。コロナ禍で思うようにいかない時期もありましたが、自分たちが引っ張っていく代になっての阿波おどりなので、達成感も大きいです」
きつ音で難病で… だから踊りたい
“手をあげて 足を運べば 阿波踊り”ということばがあります。
厳しい練習で培った高い技量の踊りを見て楽しむのも魅力ですが、自己流でも踊りに飛び込んで楽しむのも大きな魅力です。
厳しい練習で培った高い技量の踊りを見て楽しむのも魅力ですが、自己流でも踊りに飛び込んで楽しむのも大きな魅力です。

この夏、自分を変えようと阿波おどりに参加した人もいました。
徳島県内で看護助手を務める辻寛至さん(27)です。
小さい頃からきつ音があり、ことばが詰まってうまく話せないことで、人前で話すことが恥ずかしいと感じることも少なくありませんでした。
大学卒業後の就職先として公務員を受験したもののかなわず、人と話すことが少ない職場に勤務してからもつらい日々が続いたといいます。
徳島県内で看護助手を務める辻寛至さん(27)です。
小さい頃からきつ音があり、ことばが詰まってうまく話せないことで、人前で話すことが恥ずかしいと感じることも少なくありませんでした。
大学卒業後の就職先として公務員を受験したもののかなわず、人と話すことが少ない職場に勤務してからもつらい日々が続いたといいます。
辻寛至さん
「公務員試験の面接では『失礼します』や名前を言うのが精いっぱいで、ほかのことを考える余裕が全くありませんでした。勤めた職場でも報告や連絡のときに、奇異な目で見られて苦労しました。配送業もしましたが、そこでもひどく言われて上司から発声練習をさせられたこともあります」
「公務員試験の面接では『失礼します』や名前を言うのが精いっぱいで、ほかのことを考える余裕が全くありませんでした。勤めた職場でも報告や連絡のときに、奇異な目で見られて苦労しました。配送業もしましたが、そこでもひどく言われて上司から発声練習をさせられたこともあります」
一人で悩みを抱えるようになっていたという辻さん。社会人になってから1年ほどして、病魔に襲われます。
激しい下痢や発熱、体重の減少などの症状が出る難病のクローン病と診断されたのです。
半年ほどは肉などを食べることができず、体重は70キロから48キロに減少。今も、一日2回の服薬と2週間に1回の注射を続けています。
難病になった当時は不安に駆られ、一日中、病気のことを調べる毎日でしたが、日常生活が送れるまでに病状が安定してくると、やがて辻さんは病気と一生つきあっていかなければいけないと思うようになりました。
そして自信を持てずにいた自分を変えたいと飛び込んだのが踊りの世界でした。有名な踊り手グループの1つ、「蜂須賀連」の門をたたいたのです。
きつ音のことを自分から打ち明けても、周囲の態度は変わらなかったといいます。
激しい下痢や発熱、体重の減少などの症状が出る難病のクローン病と診断されたのです。
半年ほどは肉などを食べることができず、体重は70キロから48キロに減少。今も、一日2回の服薬と2週間に1回の注射を続けています。
難病になった当時は不安に駆られ、一日中、病気のことを調べる毎日でしたが、日常生活が送れるまでに病状が安定してくると、やがて辻さんは病気と一生つきあっていかなければいけないと思うようになりました。
そして自信を持てずにいた自分を変えたいと飛び込んだのが踊りの世界でした。有名な踊り手グループの1つ、「蜂須賀連」の門をたたいたのです。
きつ音のことを自分から打ち明けても、周囲の態度は変わらなかったといいます。

辻寛至さん
「連員からは『うちの連でそんなん言う人おらんけんな、心配せんでいけるよ』ということばをいただきました。阿波おどりを通していろいろな人と関わって、たくさん話をして意見をきいたりして、少しでも今の自分を変えようと思います」
「連員からは『うちの連でそんなん言う人おらんけんな、心配せんでいけるよ』ということばをいただきました。阿波おどりを通していろいろな人と関わって、たくさん話をして意見をきいたりして、少しでも今の自分を変えようと思います」
一から丁寧に指導をしてもらい、次第に阿波おどりの練習が楽しくなっていったという辻さん。
祭り本番では、ちょうちんを手にグループの先頭を誇らしげに歩く姿がありました。
祭り本番では、ちょうちんを手にグループの先頭を誇らしげに歩く姿がありました。

辻寛至さん
「初めての経験で緊張したんですけど、すごい楽しかったです。阿波おどりはこれからずっとしていきたいと思っているので、自分自身も変わっていきたい。蜂須賀連でチームワークを深めて成長していきたい」
「初めての経験で緊張したんですけど、すごい楽しかったです。阿波おどりはこれからずっとしていきたいと思っているので、自分自身も変わっていきたい。蜂須賀連でチームワークを深めて成長していきたい」
祭りを終えて

徳島を熱狂の渦に包み込んだ夏が終わりました。
徳島赴任直後から取材してきた私ですが、実は、生で最大規模の阿波おどりを見たのはこれが初めて。
踊り手たちの力強い踊りには、この日を待ちわびていたというエネルギーがみなぎっていて圧倒されました。
徳島赴任直後から取材してきた私ですが、実は、生で最大規模の阿波おどりを見たのはこれが初めて。
踊り手たちの力強い踊りには、この日を待ちわびていたというエネルギーがみなぎっていて圧倒されました。

グループの踊り手だけでなく、観光客も地元の人も「これがしたかった」と笑顔で踊る姿は壮観でした。
街じゅうが一緒になって踊り明かすというのは決して誇張ではなかったと実感したのでした。
一方、閉幕後、徳島県内でコロナの感染者数が増え、8月24日には3182人と一日としては過去最多となっています。
徳島市の内藤佐和子市長は「阿波おどりが要因の一つであるかもしれない」という認識を示すなど、感染対策は十分だったのか検証も求められています。
地域の誇りである伝統の継承と新型コロナ対策の徹底という難しいバランスの中で3年ぶりの本格開催となった阿波おどり。
成果と課題を丁寧に検証したうえで来年も、踊り手も観客も笑顔となるような夏にできるのか、取材を続けたいと思います。
街じゅうが一緒になって踊り明かすというのは決して誇張ではなかったと実感したのでした。
一方、閉幕後、徳島県内でコロナの感染者数が増え、8月24日には3182人と一日としては過去最多となっています。
徳島市の内藤佐和子市長は「阿波おどりが要因の一つであるかもしれない」という認識を示すなど、感染対策は十分だったのか検証も求められています。
地域の誇りである伝統の継承と新型コロナ対策の徹底という難しいバランスの中で3年ぶりの本格開催となった阿波おどり。
成果と課題を丁寧に検証したうえで来年も、踊り手も観客も笑顔となるような夏にできるのか、取材を続けたいと思います。

徳島放送局 記者
藤原哲哉
2020年入局
埼玉県出身
徳島局に赴任してから阿波おどりに魅せられ取材にまい進
藤原哲哉
2020年入局
埼玉県出身
徳島局に赴任してから阿波おどりに魅せられ取材にまい進