「ラグビー合宿の聖地」は105台のAEDで命を守る

「ラグビー合宿の聖地」は105台のAEDで命を守る
長野県の菅平高原は100面を超えるラグビー場があり、「ラグビー合宿の聖地」と呼ばれています。ここで、ことしの合宿シーズンに合わせて「AED」に関する新たなプロジェクトがスタートしました。

突然、目の前で…

去年8月、菅平高原の公共施設「サニアパーク」で、ある事故が起きました。

サニアパークはメイングラウンドをはじめとする5面のラグビー場と陸上競技場を有する菅平高原最大の施設です。

そのうちの1つ、Dグラウンドで大学どうしの練習試合が行われていた最中のことでした。

相手にタックルをしようとしていたウイングの選手がタックルをする前に突然うつ伏せで倒れたのです。

試合でレフリーを務めていたのは心臓血管外科が専門の阪本浩助医師でした。

B級レフリーの資格を持ち、この時期は、菅平に来て高校生や大学生などの試合のレフリーを務めています。

選手の異変に気付き、すぐに選手のもとに駆けよりました。
呼吸がおかしい上、脈が触れていないと判断し即座に心臓マッサージを開始。

「あなた、AEDを持ってきて!」

近くの人にそう叫びながらマッサージを続けているとまもなく現場にAEDが届き、電気ショックを行うことができました。

男性はその場で呼吸が戻り、ドクターヘリで搬送され一命を取り留めました。
阪本浩助医師
近づいた時点ですでに僕からすると呼吸が普通の呼吸ではなく、呼吸停止かなと思いました。あおむけに体を戻して脈を取ってみるとやっぱり脈がないので心臓マッサージを開始しました。

もし近くにAEDがなくて、ほかの場所から取ってくるとなったとしても40分でも50分でも心臓マッサージをやろうという気持ちでいたんですけど、4分くらいでAEDが届きました。一瞬で届いたように感じました。すごく助かりました。

命救ったAED

当時、実際に使われたAEDです。グラウンドのすぐそばにある事務所に唯一備え付けられていました。

阪本医師の声に反応し、試合を見ていたほかのチームの関係者が取りに走って迅速に届けることができました。
阪本浩助医師
試合中の事故は遭遇したことがなかったので医師の私でもビックリしました。本当に脈が止まっているか、心臓マッサージを本当に始めるのかという判断は少し緊張しましたし、一般の人だとなお戸惑いが大きいのではないかと思います。

しかし、今回はAEDが近いところにあって、すぐに使えたことが救命につながりました。幸運が重なったとものすごく感じます。
この出来事は医師がいて、AEDがそばにあって…さまざまな好条件が重なった結果でした。

しかし、次になにかあった場合、同じように対応できるのか。

危機感を感じたスポーツ科学の研究者やラグビーチームのトレーナーなどが新たにプロジェクトを始動しました。

「SAFEプロジェクト」です。

菅平のどのグラウンドで心臓発作を起こして心臓が止まった人がいても、すぐにAEDを使える環境を目指すことにしました。

プロジェクト スタート

メンバーの1人、中陳慎一郎さんはラグビーの新リーグ、リーグワンのチームでトレーナーを務め、AEDの普及に取り組んできました。

現在は、国士舘大学大学院の救急システム研究科でスポーツの安全対策について研究しています。
まず、仲間と一緒にこのエリアに配置されているAEDの数や場所を調べました。

AEDは41台ありましたが、診療所が1つしかない菅平の地では十分な数ではないと感じました。
さらに課題として浮かび上がったのがAEDの設置されている場所です。

去年の事故で使用されたAED以外は、すべて周辺の旅館やホテルなどの宿泊施設に備えられていました。

グラウンドで心停止が起こった場合、宿泊施設から運ぶと徒歩で10分以上かかってしまう場所もありました。
中陳慎一郎さん
この菅平という地域の医療体制の事情を考えるとやはり十分ではないなと。

われわれも日頃、心停止が起きてから3分以内のAEDの使用を目標にしていますが、今までの環境で3分というのはなかなか難しい状況でした。まだまだ改善しないといけないなと。
突然の心停止が発生したときに最も重要なのは、いかに早く心臓マッサージを行い、AEDを使用するかです。
AEDの普及を進める日本AED財団によりますと、心臓が止まってから何もしないとAEDの使用が1分遅れるごとに生存率が約10%下がるということで、突然の心停止にはAEDをできるだけ早く使用することが不可欠です。

必ず1台のAEDを

そこで活用されることになったのは、持ち運ぶことができるタイプのAEDです。

日本ラグビー協会や企業などがプロジェクトに賛同し、ことし7月リュックサック形の105台のAEDが宿泊施設の担当者に配られました。

毎朝、練習や試合に行く前にチームにグラウンドまで運んでもらい、1つのグラウンドに常に1台はAEDがある状況にしました。
ケースは寒暖差の激しい菅平でも対応できるよう断熱効果のある素材で、耐水加工もされています。

リュックの横にはオリジナルの「緊急時対応カード(エマージェンシーカード)」を付けました。
突然目の前で人が倒れ心停止が疑われる場合、まず救急車を呼ぶこと、何を伝えるべきかなど、いざというときの手順がわかりやすく記載されています。

強豪校が合宿をしている宿泊施設にも、新たなAEDが配備され、毎朝、練習に出かけるチームにAEDを手渡します。

高校ラグビーの強豪・国学院栃木高校も、8月に11日間にわたる合宿を行っていました。
宿泊する旅館からグラウンドまでは歩いておよそ10分。

練習のたびに、マネージャーがAEDを背負い、毎回グラウンドまで運びます。
吉岡肇監督
備え付けのタイプが多かったので、何かあったときに「AEDどこにある?」と探すとか走って取りに行くとかそういう状況が多かったと思います。

やはり、いざというときのためにすべてのグラウンドやすべてのチームがAEDを準備しておくべきだろうなとそう考えるようになりました。講習などを受けてマネージャーだけでなく選手もみんながAEDを扱えるようになるといいですね。

菅平とAEDのこれから

SAFEプロジェクトでは、今回の取り組みを検証してさらに対策を進めていきたいと考えています。
中陳慎一郎さん
菅平で安心安全を強く認識してもらって、仕組みを運用していく形にしていくことが大事かなと思っています。

スポーツ現場にAEDがあることが特別なことでは決してなくて、当たり前に準備されているという状況をこのプロジェクトを通じてどんどん発信していきたいです。

突然の心停止に遭遇したら

1 周囲の安全を確認します
2 反応を確認します
3 119番通報とAEDの確保を周囲に依頼します
4 呼吸を確認します
5 胸骨圧迫(心臓マッサージ)を開始します
6 AEDを使います
7 再び心臓マッサージを行います

AEDの使い方

電源を入れます。ふたを開けると自動でスイッチが入るものもあります

AEDの音声の指示に従ってパッドを取り出し、シートからはがして倒れた人の素肌に貼ります

AEDが心電図の波形を確認し、電気ショックが必要かどうかを判断します

「電気ショックが必要です」という音声が流れた場合は、傷病者に触れていないことを確認したうえで電気ショックボタンを押します

心臓マッサージを再開し、AEDの指示があるまで心臓マッサージを続けます

2分たつとAEDが再び心電図の波形を確認します

※「電気ショックは不要です」という音声が流れた場合でも、救急隊に引き継ぐまで心臓マッサージを続けます