“価値がない”は思い込み? 実家が空き家になったら

“価値がない”は思い込み? 実家が空き家になったら
「壊すのは寂しい。でも所有し続けるのも不安」
「このままでいいとは思わないが、何をすればよいか分からない」
親の死をきっかけに、実家を相続した人たちの切実な声です。手放そうにも資産価値がないと思って、空き家のままになってしまうことも。
売れるのは立地のよい一部の物件だと思っていませんか?でも、諦めるのはまだ早いかもしれません。(サタデーウオッチ9記者 長野幸代)

実家が空き家に つのる不安

都内に家族4人で暮らす松川真裕美さん(48)はおととし、母親を亡くして、一戸建ての実家を相続しました。

家があるのは車で片道2時間ほどかかる埼玉県の横瀬町。

秩父地方にある人口およそ8000人の小さな町です。

これまで数か月に1度は通って片づけを進めてきましたが、すぐに実家を手放す気にはなりませんでした。
松川真裕美さん
「早く対処したほうがいいとは思っていますが、お盆やお墓参りに来たときにくつろぐ場所がなくなってしまうと、来る機会も減ってしまう気がします。次に進まなければいけないけど思い出もあるので、取り壊してしまうのも寂しい」
家の中には、松川さんの息子が赤ちゃんだった頃の写真が、「いつまでも元気でいてね」というメッセージとともに今も飾られていました。
長年暮らした家だけに思い入れがある一方、築40年以上がたち、老朽化は避けられません。不安は尽きないといいます。
松川真裕美さん
「台風で壊れていないか、傷んだ屋根が飛ばされてご近所に迷惑をかけていないか。草木が生い茂っていないか、不審者が入りこんでいないか、火事は大丈夫か。言えばきりがない。いつも不安です。でもいったいどうすればよいのか」

“売れないだろう”は思い込み?

どう対応すればいいかわからず、実家を“負”の不動産のように思っていたという松川さん。

前向きな気持ちになれたのは、町役場から届いた手紙がきっかけでした。
固定資産税について知らせる書類と一緒に入っていたのは、1枚のチラシ。

自治体と不動産会社が連携し、家の状態や価値を無料で調査すると書かれていました。

松川さんは、早速申し込むことにしたのです。
調査を手がけるのは、これまで170件以上の空き家を再生してきた東京の不動産会社。

「空き家相談士」の資格をもつ従業員が家を訪れ、柱やはりなどが問題なく使えるか、壁のひび割れがどの程度かなど、建物の傷み具合を調べます。

水回りの設備の状況から家の傾きや強度、接する道路の幅などを入念にチェックし、1時間ほどかけて物件の価値を調査します。

そのうえで売却する場合の査定金額、さら地にする際に必要な費用、賃貸物件にする場合に必要なリフォーム費用などを算出してレポートにまとめます。

松川さんのケースでは、完全にリフォームするには400万円余りかかること、貸す場合には賃料が毎月数万円になること、売却であれば150万円以上が見込めると書かれていました。
松川真裕美さん
「これまでは、もし家を手放すとしたら売るしかないと思いつつ、でも田舎だし売れないだろうという先入観がありました。でも調査の結果、いろいろな活用の選択肢があるんだと知って、考えがとても前向きになりました。思い切った決断はまだできていませんが、大きく一歩進んだ気がします」
この不動産会社はこれまでに1000件以上の空き家を調査してきました。

そのほとんどは今の所有者が親から相続した物件で、“資産価値がない”と諦めていたケースが多かったということで、まずは相談してほしいと話しています。
FANTAS technology 森山真一さん
「この調査で、まずは今の物件の価値を知っていただき、所有者が考えるきっかけにしてほしい。人が住んでいないと家は傷むのが非常に早いです。そのままにしておくと、倒壊などの危険がある“特定空き家”に指定され、自治体から撤去を命じられることもあります。そうなると解体費用も発生してしまう。家の状態がいいうちに、早く活用方法を決めて売ったり貸したり使ったりすることが、家の価値を保つことになります」
空き家の問題は人口が少ない地方だけでなく、都市でも深刻です。

東京23区でも 空き家が増える理由

空き家の数は全国でおよそ849万戸、率にして13%余り。

空き家の数を市区町村別で上位順に並べると次のようになります。
▽東京都世田谷区5万250戸
▽東京都大田区4万8450戸
▽鹿児島市4万7580戸
▽宇都宮市4万4410戸
▽東大阪市4万4390戸
▽東京都足立区3万9660戸
▽松山市3万9340戸
▽岐阜市3万9040戸
▽大阪府吹田市3万8710戸
▽高松市3万7800戸
(2018年 住宅・土地統計調査)
東京の不動産会社が、空き家の所有者に行ったアンケート調査では、7割以上の人が“活用したい”と答えた一方、空き家のイメージとして、「売却したくてもできない(31.3%)」「リフォームやリノベーションにお金がかかる(29.7%)」「固定資産税が高い(28.3%)」と否定的な答えを挙げています。

空き家を放置している理由については、「何をするにしてもお金がかかる(35.0%)」「活用したいが、どうしたらよいかわからない(30.7%)」「建物に価値が無さそう(23.7%)」と答えています。
(2020年 1都3県の空き家所有者300人への調査/アキサポ空き家総研)

活用したい反面、その方法が分からないことや金銭的な負担が課題になっています。

そこで、“不便な場所にあって古い”いわゆる資産価値がなさそうだと所有者が思う物件でも、貸し方を工夫することで需要を生み出そうという動きも出ています。

「不便」で「古い」空き家も魅力?

千葉県松戸市の不動産会社は「DIY型賃貸」と呼ばれるサービスに力を入れています。

入居者がみずからリフォームなどの改修を行うことができ、相場よりも安く借りることができるのが特徴です。

相場の2~3割安い家賃で入居ができ、自分好みに改装することができるといいます。

所有者の許可を得て改装したところは、退去するときに入居した時の状態に戻す、原状回復義務はありません。
物件の所有者にとっても、家を貸し出すにあたって、大きな初期投資や修繕費用などがかからないことがメリットです。

通常であれば空き家を活用しようと思っても、片付けや工事、そして入居者の募集や管理など、やらなければならないことは多岐にわたります。

費用もハードルになりますが、DIY型賃貸であればそうした負担が軽くなります。

この会社によりますと、古い家が好きな人や自分好みにカスタマイズしたいという人、ものづくりをする芸術家や職人の間でニーズが強いといいます。
omusubi不動産 殿塚建吾代表
「たとえば、靴を作る職人や芸術作品を作るアーティストなどは、創作活動をする上で、空間の新しさやきれいさよりも、自由度を求めていることが多いです。何かを作ろう、やってみようというときに、“内装をいじってはダメ”など、不動産が制約になってチャレンジできないことがありますが、空き家のDIYなら古くても自由に、そして安く使える。空き家は、何か新しいことを始める時の舞台のようなもので、ポテンシャルがとても高いと思っています。毎日通勤せず家の中で仕事をする人にとっては、駅の距離は関係ありません」
住まいを自分好みに変えられることに魅力を感じ、入居を決めた人もいます。

松戸市の物件に住む鈴木リサさんは、会社員として働きながら、手縫いの革製バッグや、着物の裏地を使った服作りをしています。

ミシンだけで3台あり、製作に必要な資材だけで3畳ほどのスペースが必要で、広さと作業スペースの確保が物件探しのポイントでした。

そこで見つけたのは、築40年以上、外観はかなりの古さが感じられる物件でした。
しかし、鈴木さんにとっては、広さは63平米と申し分なく、賃料も周辺の物件と比べて割安だったため、即決したといいます。

DIY型賃貸の特徴を生かして、古いキッチンや壁は自分の好きな色に変えました。
鈴木リサさん
「これまでDIYはほとんどしたことがありませんでしたが、自分好みに部屋を変えるために、工事の方法を調べたり時間をかけながら居心地のよい空間を作っていくことに達成感がありました。古くても広いし安いし、大満足です」

まず、家族で話し合いを

住宅コンサルタントで、東京の不動産コンサルティング会社「ネクスト・アイズ」の代表をしている小野信一さん。
自身も突然父親を亡くし、空き家を相続した経験があります。

もし、空き家を所有することになった時、あわてずに対応するにはどうすればいいか、話を聞きました。
小野信一さん
▽まずは現状把握
土地や建物の権利関係や、建物の傷み具合などの状態を正しく整理し、問題点や市場価値を把握する。
▽活用方法を焦らずに判断
売却するのか、リフォームして賃貸にするのか、さら地にするのかなどを判断する。
最近では、空き家の処分に悩む所有者につけ込んで、それなりの価格が見込める物件でも“空き家は売れない”と言って、破格の値段で買いたたく業者もいるそうです。

そのため、売却を検討する際には複数の業者に見積もりをとるなどして、自分の所有する物件の価値をきちんと見極めたうえで、交渉すべきだと話していました。

さらに大切なことは、急に相続のことを考えなくてはならなくなったり、兄弟姉妹でもめたりしないよう、親が元気なうちに家族で相続の問題を話し合うことだといいます。

今、親が住む家を将来どうするのか、どうしたいのか。

親が亡くなることを前提にした話だけに、子どもの方から尋ねるのは難しいかも知れません。

しかし、お互いに健康でなければ、話し合う機会を持つこともできません。

小野さんは「親が自分の意思を伝えていたかどうかで、相続の進み具合は大きく違う」と、大切さを強調していました。

空き家の増加が深刻な問題となっている一方、コロナ禍でのテレワークの普及や住宅の資材価格の高騰などは、活用には追い風です。

空き家の価値を見つめ直し、生かす取り組みが広がることに期待したいと思います。
サタデーウオッチ9 経済キャスター
長野 幸代
2011年入局
岐阜局、鹿児島局を経て経済部
4月から経済キャスター