「投手・大谷」の大進化 「2桁勝利、2桁ホームラン」の背景は?

「投手・大谷」の大進化 「2桁勝利、2桁ホームラン」の背景は?
大リーグ、エンジェルスの大谷翔平選手(28)が、「野球の神様」ベーブ・ルースしかなしえなかった「ふた桁勝利、ふた桁ホームラン」をシーズン終了までおよそ2か月を残して成し遂げた。

偉業達成のカギとなったのはピッチャーとしての大幅な進化。

9勝だった昨シーズンとは一体どこが違うのか。
いちばん近くで見ているコーチの分析や大谷選手本人のことば、データから探った。
(※今シーズンのデータはすべて7月終了時点)

(アメリカ総局・山本脩太)

ワイズコーチがあげるポイントとは

エンジェルスのマット・ワイズ投手コーチ(46)。

おととしはブルペンコーチ、去年からは投手コーチを務めている。ピッチャー・大谷の毎日の調整を間近で確認し登板を見届けているワイズコーチにインタビューすると今シーズン進化したポイントをいくつかあげてくれた。

大谷の進化ポイント(1)

「ベースの幅よりも曲がるスライダー。われわれは『スイープ』と呼んでいる」
大谷選手と言えば、これまでは縦に大きく落ちる伝家の宝刀・スプリットを決め球に三振を奪うイメージが大きかったが、今シーズンはスライダーの使用率とその精度が大幅に上がっている。

大リーグの映像解析システム「スタットキャスト」のデータを分析すると、昨シーズンはストレートが全体の4割以上でスライダーは2割程度だったが、今シーズンはスライダーの使用率が12%も上がり、ストレートとほぼ同じ割合にまで増えた。

さらに、スライダーで空振りを奪う率は14%近く上昇。スプリットに迫る、捉えにくいボールに進化している。
さらに、ツーストライクに追い込んでからの球種は昨シーズンはスプリットが4割でストレート、スライダーより1割ほど多かったが、今シーズンは3つの球種がほぼ3割ずつ、残り1割がカーブとばらけ、バッターが狙い球を絞りづらくなっている。

その結果、奪三振率(9イニングあたりの奪三振数)は昨シーズンの10.77から13.14に大きく上昇した。
ワイズコーチ
「彼のメインのスライダーは18インチ(45.7センチ)も横に動く。ホームベースの幅(17インチ=43.2センチ)よりも曲がっていることになり、われわれは『スイープ』(ほうきで掃くように曲がるという意味)と呼んでいるんだ。去年はここまで大きな曲がり幅ではなかったが何度も繰り返し練習し、フィジカルも向上したのでクオリティーが上がった」

「バッターは100マイル(160.9キロ)のストレートとこの大きく曲がるスライダーの両方を気にしなければいけない。どの球種でもストライクを取れるので常に優位なカウントで勝負できるし、ことしは完璧なエースになった」
曲がり幅だけでなく、球速も進化している。

すべての球種で平均球速が昨シーズンよりアップ。ストレートは右ひじ手術前の2018年でも平均155.6キロだったので、今は手術前よりも速くなっている。
大谷選手は昨シーズン、ピッチングは「リハビリの段階」と話していたが、今シーズンは移植したじん帯がひじになじみ、違和感なく全力で腕を振れるようになった。

明らかにピッチングが変わっている。
大谷選手
「一つ一つの球種のクオリティーはもちろん去年より高い。いちばん(の要因)はフィジカル。去年は多少不安がある中でやっていたが、ことしはマウンド上で不安なく自分のやりたいようにできるフィジカルがあることが去年と違う」

「自分が思っているとおりに腕が振れているか、体が動かせているかによってコマンド(コントロール)が変わってくるし、よりストライクゾーン、コーナーで勝負する場面が増える。不安なく腕を振れる状態が自分としても野球を純粋に楽しめている状態」

大谷の進化ポイント(2)

「登板の終わりに、ベストピッチが出る」
ワイズコーチ
「特に進化を感じるのは試合の終盤。彼は登板が終わりに近づいてきたと感じた時に160キロ超えのボールなどベストピッチをして自分の力をすべて出し切る。球質が一気に上がる。それはとてつもなく高いレベルの競争心を持っている彼だからこそできることで、見ていていちばん楽しい瞬間だ」

「私の2人の息子には、いつも翔平を見るように言っているんだ。才能は教えることができないが、勝利のためになんでもする彼の精神と能力は、世界中の若い選手にとって最高の見本。どんなことでも勝利につながることなら惜しまずにやる。それが大谷翔平という選手だ」
今シーズンの大谷選手は確かに終盤、その試合の最後に対戦したバッターから三振を奪っている。数えてみると、実に登板17試合中10試合。

特に6月から7月にかけて6連勝した試合はすべて最後に三振を奪ってマウンドを降りていた。
大谷選手
「終わりが見えている時は、バットに当てさせないことがいちばん(打たれる)可能性が出てこないので、三振を狙いにいく。ここぞという場面は勝手に力が入る感じ」
バッターとしても出場している上、球数が100球を超えるなど疲労がピークになる試合の終盤で最後の力を振り絞ることができる大谷選手のたぐいまれな精神力を、ワイズコーチは絶賛していた。

大谷の進化ポイント(3)

「キャッチボール、ブルペン。すべて彼が仕切っている」
ワイズコーチ
「今まで見てきた選手の中で最も自己管理ができている選手。いつキャッチボールをしたいのか、いつブルペンで投げるのか、今はすべて彼が仕切っている。彼にはバッティングもあるし投打それぞれのコンディションを維持するフィジカルの状態も気にしなければいけないので、すべて自己管理で動いている。自分自身をこれだけ管理できるのは驚きだ」
確かに、日々の大谷選手を見ていると練習はすべて別メニューだ。

最近はブルペンでの投球練習は登板前日が多いが、2日前にブルペンに入ることもある。時には50メートルほどの距離で強めのキャッチボールをすることも。

ワイズコーチは、こうしたメニューをいつ行うか、すべて大谷選手が決めていると教えてくれた。大谷選手は、大リーガー憧れの晴れ舞台、オールスターゲームで投げるのか、そして後半戦はいつ登板するのかも、自分で決めていた。
ワイズコーチ
「オールスターゲームで投げるかどうか選ぶ権利を彼は得たと思った。だからわれわれは彼にいくつかの選択肢を用意して、翔平がその中から選んだということだ。理由は特に聞いていない。後半戦の初戦に投げたこともそう。われわれが用意した選択肢の中から彼が選んだ。彼はもう自分でしたいように選ぶ権利を得たと思った」
大谷選手は、ブルペンでのピッチング練習に、ほかの選手にはない特徴がある。力を入れて投げることがないのだ。

ワイズコーチいわく、この軽く投げるブルペンも大谷選手の自己管理の1つだと言う。
ワイズコーチ
「翔平が登板間にブルペンに入るのは1回、それもたった20球から25球ほど。軽く投げているが、それでも彼はいいボールを投げる感覚をつかむことができる」

「オールスターゲーム前のアストロズ戦だったか、翔平はそれまで何試合も投げていなかったカットボールをその試合の4回に突然8球も投げたんだ。ブルペンでの練習が少ない中で、あれほど質の高いボールをコントロールよく投げられるのは本当に天賦の才能だ」

さらなる偉業へ 2年連続MVPは

今シーズン、大谷選手はローテーション通りにいけばあと9試合ほど先発登板する機会がある。20勝はさすがに厳しいが、これまで同様のピッチングを続ければ15勝は十分に狙えるし、規定投球回数到達や200奪三振も可能性がある。
もし同一シーズンで規定投球回数と規定打席の両方を満たせば、ベーブ・ルースも成し遂げていない大リーグ史上初の大記録となる。

実はアメリカでは「ふた桁勝利、ふた桁ホームラン」についてはあまり話題になっておらず、こちらの記録の方に大きな期待が高まっている。

勝利数は味方打線の得点にも左右されるので純粋にピッチャー個人の能力を測ることができないが、規定投球回数と規定打席の同時到達は、投打両方でレギュラーとして必要とされ、それを成し遂げるだけの異次元の体力を持ち合わせていないと不可能だからだ。

この大リーグ初の大記録を達成した時、大谷選手は今シーズンもMVPの有力な候補になるだろう。
60本を超えるペースでホームランを打ちまくっているヤンキースのジャッジ選手とどちらがMVPにふさわしいか、アメリカではすでに議論になっている。

加えてワイズコーチは、ことしの大谷選手はピッチャーとして最高の栄誉「サイ・ヤング賞」の資格だってあると言う。
ワイズコーチ
「翔平がサイ・ヤング賞の候補にならなかったらおかしいね。大リーグのすべての先発投手の中で、彼はトップクラスの成績を維持しているのだから。本当に、何も言えないくらい完璧な選手。誰よりも安定していて、やる気があり、熱心。しかもまだ伸びしろがどれほどあるのかわからない。すでに最高の選手なのに」
大谷選手がことしも歴史的な活躍を続ける一方で、エンジェルスのプレーオフ進出がすでに厳しい状況なのが残念でならないが、それでも大谷選手が歩みを止めることはない。

勝利と優勝を熱望している大谷選手にとって、ここから先はこれまで以上に肉体的にも精神的にもきつい試合が続くが、残り2か月も投打の二刀流で走り切る覚悟だ。
大谷選手
「モチベーションはもちろん難しいかなとは思うけど、個人的にもやらないといけないことがたくさんあるし、まだまだ続いていく野球人生なので。1試合1試合集中して、どんな状況でもやれることをやりたいなと思っている」