太平洋戦争中の日本兵捕虜めぐる事件から78年 豪で慰霊式

太平洋戦争中、オーストラリアの捕虜収容所から日本兵が集団で脱走を図り、射殺されるなどして231人が死亡した事件から、5日で78年となり、現地で慰霊式が行われました。

1944年8月5日、オーストラリア南東部カウラにあった捕虜収容所で、旧日本軍の兵士およそ1100人が脱走を図り、監視兵に射殺されるなどして231人が死亡しました。

事件から5日で78年となり、新型コロナの感染拡大の影響で、3年ぶりに慰霊式が行われ、はじめに収容所の跡地で地元の市長などが黙とうをささげました。

このあと両国の関係者100人余りが、兵士たちが埋葬されている墓地で献花を行いました。

オーストラリアに駐在する日本の山上信吾大使は「オーストラリアの方にも慰霊に来ていただき、日豪の和解の重みをひしひしと感じる」と話し、カウラ市のビル・ウェスト市長は「両国が悲劇を乗り越え、協力関係を築いてきたことを世界に示していきたい」と話していました。

カウラと日本の間では、高校生の交換留学が50年以上続けられていて、日本から訪れている留学生2人も式典に参加しました。

東京 武蔵野市の成蹊高校3年の東亜矢さんは「捕虜の歴史について、日本でほとんど知らなかったので、現地で学んだことを多くの人に伝えていきたい」と話していました。