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学校のプールが廃止に?老朽化や費用問題などで変わる水泳授業

多くの人が経験したであろう学校の水泳授業が大きく変わりつつあります。
学校のプールを思い切って廃止し、学校外の屋内プールを活用するケースが増加。中学校では“座学のみ”という地域も現れています。
というのも、いま学校プールは課題が山積み。全国的に施設の老朽化が進み、改修費用は億単位…。近年の酷暑や豪雨で授業ができない日も増加…。その維持管理は、先生たちが時間外勤務で行うことも…。
水難事故を防ぐためにも大切な水泳授業をどう続けるか。プールの取材からは、現代の学校を取り巻く現実も見えてきました。
(社会番組部 ディレクター 藤田盛資/岐阜放送局 記者 吉川裕基)

水泳授業は“校外の屋内プール”で

464名が通う東京都 葛飾区立白鳥小学校。ことしから学校のプールは使わずに、外部の民間スポーツクラブで水泳授業を行っています。
この日は4年生が1~2時間目を使って授業。貸し切りバスでプールへ向かいます。
プール授業の移動用にバス3台をチャーター
車内は遠足のような雰囲気。
やや渋滞に巻き込まれつつ10分後に到着、いよいよ授業開始です。
学校で行う授業と違うのは、指導する大人の人数です。
この日は担任の先生に加え、7人のインストラクターが授業に参加。子どもたちは4グループに分かれて、レベル別に指導を受けていました。

そして、日ざしのない屋内の温水プール。
学校の屋外プールと違って、プールサイドが熱すぎて飛び跳ねたり、水が冷たくてガクガク震えたりすることはありません。
授業を受けた4年生
「バタ足やクロールがあまりできなかったのが、結構前に進むようになってうれしい。コツを教えてくれて、“頑張ろう”と励ましてくれるので、すごくできるようになった」
「学校のプールだと外だからすごく暑くて、プールサイドにいると結構大変だったけど、ここは室内でそんなに暑いわけではないから、結構楽にできる」

先生たちも“助かっている”

プール授業は昭和30年代に子どもの水難事故が相次いだことで広まったとされています。
ただ、業務が多岐にわたり長時間労働も課題になっている教員にとって、専門知識が求められる水泳授業は大きな負担。授業中に児童が溺れて亡くなる痛ましい事故もたびたび起きていました。

ある自治体の調査では、教員の4分の3が“水泳指導に自信が持てない”と回答。水泳のプロが指導に加わることは大きな助けになっていると言います。
学級担任
「僕たちも頑張って指導しようとしていますが、限界もあります。やりたいことがあっても準備が大変という面もあります。この取り組みは子どもにとってもプロの目で見ていただけてありがたいですし、僕たちにとっても指導力向上につながっています」
こうした取り組みはどの程度広がっているのか。
国や都道府県の集計はないため取材班が独自に聞き取り調査したところ、都内で2割以上の自治体が実施していると分かりました。
(島部をのぞく53市区町村のうち13。モデル事業含む)

私たちが各教育委員会に聞き取る中では「プールの老朽化は大きな波で困っている」「公共施設再編に向けた議論で話題になっている」「教員の負担軽減の1つとして重要視している」など詳しく話してくれる自治体もあり、関心の高さを感じました。

実は課題が山積!学校のプール

朝7時すぎにプール管理を行う教員 葛飾区立花の木小学校
いまプールの見直しが進む背景には、大きく3つの理由があります。
1 猛暑や雷雨で、屋外プールでは授業を実施できない日が増えていること
2 教員の長時間労働の要因になっていること
3 施設の老朽化が進んでいること
まず「天候」。
葛飾区がまとめた近年の区内の天候からは、熱中症のおそれがある猛暑日や雷雨の日が以前より増えていることが分かります。
葛飾区教育委員会の資料より
プール授業は6~7月の限られた期間で実施する学校が多いですが、授業できない日が増え、計画を立てるのが難しくなっていると言います。
そして「教員の負担」。
学校ではプール開きのために、全教員が参加して半日かけて掃除を行うことがよくあると言います。さらにプール授業が始まれば、毎日管理する必要があります。
プール管理を行うのは児童の登校前と授業の直前。足洗い場に水をためて塩素剤をまき、プールサイドに危険物が落ちていないか確認。掃除をして、水質検査を行います。塩素濃度と水素イオン(pH)の値を測り、基準値になるよう薬剤を投入。この学校では気温と水温も測り、合計が50~65度以内であれば授業を実施することにしています。

くわえて「施設の老朽化」。
文部科学省によると、学校施設は第2次ベビーブーム世代の増加に伴って昭和40年代後半~50年代に多く建設されました。それから約50年と更新時期を迎えつつあり、多額の費用負担が財政上の課題になっているのです。

学校プールと外部プール、どちらがコストで有利?

葛飾区は、学校のプールを新設した場合と民間プールを活用した場合の費用を比較。学校プールは長寿命化を施して80年使うと仮定、規模は葛飾区の平均である1校421人としました。
結果は、民間等のプールを活用すると約260万円コストを抑えられるという試算でした。
検討のすえ、区は将来的に学校のプールを廃止し、徐々に学校外に授業を移行すると決めました。
葛飾区教育委員会 森孝行 学校教育推進担当課長
「プール整備には億単位の費用がかかります。一方、プールを使うのは夏場の限られた時期だけ。猛暑や雷雨のときは授業ができないという課題もあります。近年の気象コンディションや、教員の働き方改革、施設の老朽化対策などを考えると、確実に授業ができるほうに限られたお金を投資していくことが、子どもの教育環境にとって大切だと考えています」

中学校では“実技取りやめ”の動きも

体育館での“水泳授業”
さらに全国の中学校では、老朽化したプールの改修はせずに、実技を取りやめる動きも広がりつつあります。
岐阜県の海津市立平田中学校では、夏休み前の7月、水難事故を防ぐ方法を学ぶ授業が“体育館”で行われていました。

平田中学校のプールは土台が傾き、水が漏れるなど老朽化が進んで使えなくなっています。
海津市立平田中学校のプール
約5キロ離れた市民プールでの授業も検討しましたが、この学校の体育教員の中には社会科を兼務している教員もいることなどから、“学校から長時間離れてしまうと時間割りが組めなくなる”として断念。ことしの水泳の実技授業は取りやめました。

この日はプールに代わって用意されたウレタン製のマットを使って、あおむけで水に浮く体勢を体験。また、川や海で活動する際はライフジャケットを着用することを教わっていました。
海津市立平田中学校 体育教員
「実際のプールで着衣泳などを学び、自分の命を守るための時間が減っているのは残念に思います。知識の部分はしっかり指導していきますが、理想を言えば、市民プールと連携して水難事故に対する知識をプールで学ぶ授業を行っていきたいです」
学習指導要領では「適切な水泳場の確保が困難な場合にはこれを扱わないことができるが、水泳の事故防止に関する心得については、必ず取り上げること」とされています。埼玉県鴻巣市も今年度から中学校のプールを廃止し、実技は実施していません。

学校のプールをめぐり、大きな議論になった地域も

ことし完成した岐阜市立長良小学校のプール
一方、学校のプール廃止をめぐって議論を呼んだ地域も。
岐阜市立長良小学校のプールは、ことし完成を迎えるまで、賛否両論さまざまな意見が交わされました。

おととし(令和2年)、岐阜市はプール建設の入札が不調に陥ったことなどを理由に、建設を中止して水泳授業で民間施設を活用すると表明。

教育委員会が保護者向けに行ったアンケートでも、過半数が市の方針に賛同していました。
一方、市議会からは、プールの建設費用を盛り込んだ当初予算案がすでに可決されている中での建設中止は「議会軽視だ」という声が上がりました。
岐阜市議会議長(当時)大野一生議員
「一方的にプール整備を取りやめる方針が示されたことは唐突感を拭えず、率直に軽率ではないかとの印象を受けた。整備するための予算の議決まで済んだ段階にあった長良小学校プールとは別途、市内全体の今後の学校プールの在り方をどうすべきかについて十分に議論を重ねるように求めた」

“プールのない学校の惨めさは容認できない”

市議会だけではなく、地域住民からも建設続行を求める署名運動が立ち上がり、運動を行った市民によると署名は1000筆を超えたといいます。

さらに、教育委員会に提出された「意見書」にはこんなことばもありました。
“区内には「民間プール」は存在せず、学区外の民間プールなどへの移動となり、負担は大きくなります”

“子どもたちの「校内プールならではの満足感」を体験させてあげられないことをご想像ください。長良の地区に「プールのない学校の惨めさ」はとても容認できません”
署名運動の中心メンバーを務めた男性(79)
「この小学校は清流・長良川の近くにある。地域が誇りに思う川の近くに住む子どもたちが水と親しみ、水を知るためにはプールが欠かせない。一度プールを作ると約束したのだから、子どもたちや住民との約束を守るべきだ」
この年の市議会では、プール建設の速やかな予算執行を求める決議が全会一致で可決。最終的に市は約2億6000万円をかけて併設する集会所と合わせて新たなプールを建設しました。
完成したプールは、屋外に合わせて5レーンと低学年用の水深が浅いレーンが設けられています。プールは教室から渡り廊下で直接つながっていて、授業はすぐに始まりました。
岐阜市立長良小学校 林則安校長
「プール建設に長い時間がかかったので、子どもたちは完成を楽しみに待っていました。隣の学校のプールを借りていたときや民間のプールに通っていたときは移動の時間が大変だった。今はすぐに泳げるので、泳ぐ時間が多くなりよかったです」

“1校1プール”は見直す時期に?

岐阜市は今後も改修や建て替えが必要なプールが増えると見込んでいます。
市内68校すべての小中学校にプールが設置されていますが、築後50年を超えたプールは現在10校。今後、プールを新築して50年使った場合にかかる費用は2億7400万円と試算しています。
市教育委員会は、当面の間は建て替えが必要になるプールはないとするものの、これまでのように1学校に1つのプールがある体制は見直さざるをえないと考えています。
岐阜市教育委員会 野田薫次長
「地方自治体を取り巻く財政状況が今後厳しさを増す中で今後も『1校1プール』を維持していくかどうか考えていく時期に来ているのではないか。今の学校の実情を皆さんに知っていただいたうえで、保護者や子どもたち、関係者に丁寧に説明をつくしながら一緒に考えていくことが必要」
大人世代が当たり前のように受けてきた教育は、学校が抱える現代ならではの諸問題や合理化のなかで変わらざるをえない状況があります。ただ、取材に応じてくれた誰もが「子どもたちにとって何がベストなのか」を必死に考えていました。

学校が変わることはセンシティブな議論を呼ぶことが多いですが、建設的な議論のために、学校や教員、そして子どもたちが置かれている現状を理解することがより大切になると感じました。
社会番組部 ディレクター
藤田盛資
2011年入局
金沢局、首都圏放送センターを経て現所属
校則見直し・教員の働き方・部活改革など取材中
水泳は自衛隊員だった祖父に教わりました
岐阜放送局 記者
吉川裕基
2015年入局
盛岡局を経て岐阜局、8月から名古屋局所属に
教員の働き方改革や校則問題なども取材
4月から子どもとプールに通い始めました

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