“15年間、無月経だった” 千葉真子さん 若者へのメッセージ

“15年間、無月経だった” 千葉真子さん 若者へのメッセージ
「競技を本格的に始めた高校生の頃から、現役を引退する30歳までおよそ15年間、無月経の状態でした」

こう打ち明けたのは、陸上の世界選手権のマラソンで銅メダルを獲得した千葉真子さんです。
生理が3か月以上ない状態の無月経。当時は夢を追いかけるのに夢中で、いつの間にか生理がないことが日常になってしまっていたといいます。
自分の経験や失敗から、若い人たちに家族の未来を守ってほしいと、公表を決意した千葉さん。伝えたいメッセージとは。
(スポーツニュース部 記者 松山翔平)

“無月経”の告白 決断した理由は

千葉さんが無月経だったのを告白したのは去年8月、自身のブログでのことです。
なぜ公表したのか理由を尋ねると、こう話しました。
千葉真子さん
「最近、SNSでアスリートが生理の悩みや経験を発信するのを目にする機会が増え、生理のことが公にされることに、時代の変化を感じています。また、アスリート自身が声を上げる時代にもなりました。私も、これから生理を迎える女の子たちすべてに、自分の経験や失敗を反面教師にして、家族の未来を守ってほしい。そういう思いで公表しました」

生理がないことが 私の日常に

千葉さんに初潮がきたのは、中学2年生の頃。
ところが、高校に進学し、陸上部で本格的に競技を始めた頃から生理がこなくなったといいます。
千葉さん
「陸上を始めた時は力が無かったので、夢を追いかけるのに夢中で、いつの間にかあるはずのものがなくなってしまっていました。そして、生理がないことがすっかり私の日常になってしまったんです」

「生理がなくて一人前」

そのまま高校を卒業し、実業団に進んで、さらに競技に力を注いだ千葉さん。当時の女性アスリートをめぐる環境も、無月経であることに危機感を抱けなかった理由の1つだといいます。
それがわかるエピソードが、実業団にいた頃、耳にしたといううわさです。

「生理がなくても、陸上をやめたらまたくるらしい」

周りの選手から聞いた、誤った情報をうのみにしてしまったといいます。
千葉さん
「今のようにインターネットで簡単に情報が得られる時代ではありませんでした。選手から聞いたことが、私のすべてになってしまったのだと思います。当時は『生理がなくて一人前』と心ないことを言う指導者がいると聞いたり、生理がこない選手が私以外にも結構いたりして、こういうものかと思ってしまいました」
さらに、競技に支障が出てしまうのではないかと、危機感を覚えました。
千葉さん
「当時は妊娠をしていないのに産婦人科に行くことが、とてもハードルが高かったんです。また、治療をすると女性らしい体つきになって、今より太ってしまい、競技にマイナスになってしまうかもしれないという不安も、ものすごくありました」

将来、子どもが産めないかもしれない不安

その後、千葉さんは、アトランタオリンピックの1万メートルで日本の女子選手として初の入賞を果たすなど、日本女子長距離界のトップ選手として活躍。
そしてマラソンに転向し、けがに苦しんだ時期を乗り越え、世界選手権で銅メダルを獲得しました。
そんな千葉さんが、セカンドキャリアを考えるようになったのは、20代後半。
「そういえば生理がない。数えてみると、とてつもない年数になってしまっている」
30代は、マラソンランナーとしてあぶらがのる時期。
でも、将来は結婚して子どももほしい。
千葉さん
「そこで初めて、私は将来妊娠をすることができるのだろうかと、不安な気持ちになりました。でも一方で、若い頃、競技をやめたら生理がくるとうわさを聞いた、あれは本当だったのだろうかと。わずかな希望を持ちながらも、とても苦しい日々を過ごしました」
千葉さんは、競技人生に終止符を打つ決断をしました。
千葉さん
「妊娠に適した年齢にはかぎりがあると言われています。引退をして、産婦人科で無月経の治療を経て妊娠することを考えると、私の中では30歳がタイムリミットだと、引退を決意しました」

生理再び 改めて初潮を迎えた気持ち

引退した翌日、千葉さんは、背中にパタパタと羽がはえたように心が軽くなるのを感じたといいます。
競技にマイナスになることはすべて避けてきた生活から一気に解放され、食べたいものを食べ、夜更かしをし、おしゃれを楽しみました。
そして、引退から1か月、それは突然のことでした。
15年間、一度もなかった生理が、自然にきたといいます。
千葉さん
「驚きました。もうキツネにつままれたような。治療をそろそろ始めなくてはというタイミングでした。改めて初潮を迎えたような、そんな気持ちでした」
それから毎月、定期的に生理がくるようになりました。

結婚 2人の子どもに恵まれ

その後、夫と出会い、結婚。
35歳で妊娠して、長女を出産、2人の子どもに恵まれました。

「自分が思い描いた以上に順調に人生を送ることができた」と千葉さん。

もし無月経を放置していたことが原因で、自分が望んでいる未来の選択肢が途絶えてしまったら、後悔してもしきれなかったと、振り返ります。
千葉さん
「当時は間違った情報を多々耳にすることがあったと今となって思うことがあります。そして私が今思うことはリスクや現状をきちんと把握したうえで、競技生活を送るべきだったということです」
千葉さん
「どうしても選手時代は夢や目標に向かって集中して、視野が狭くなってしまう。これは悪いことではありませんが、競技生活と自分のこれからの人生をしっかり考えたうえで、もし不調があれば、早い段階でまわりの人に相談したり、婦人科でアドバイスを受けることが大事だと思います」

生理の正しい知識 10代から身につけて

10代から生理の正しい知識を身につけてほしいと、元アスリートたちが経験を伝える取り組みも始まっています。北京オリンピックやロンドンオリンピックに出場した、元競泳日本代表の伊藤華英さんです。
学生アスリートの支援にあたる団体「スポーツを止めるな」の理事を務める伊藤さんは、去年、学生アスリート向けの「1252プロジェクト」をスタート。「1252」は、1年間の52週のうち、およそ12週が生理の期間であることを意味しています。
プロジェクトでは、東京大学医学部附属病院と協力して、無月経の問題や、低用量ピルの正しい知識などを手軽に学べる教材をインスタグラム上で公開しているほか、トップアスリートたちが生理の悩みや経験を語り合う動画を発信しています。

知識がなかった 後悔

こうした取り組みを始めたのは、伊藤さんの苦い体験がきっかけでした。
伊藤さんは、2008年、競泳の日本選手権女子100メートル背泳ぎの決勝で、日本新記録をマーク。オリンピック代表の座を初めてつかみ取りました。

ところが、北京オリンピックで100メートル背泳ぎは8位、200メートル背泳ぎは12位。
実は、オリンピック期間中に生理が重なってしまうため、処方された中用量ピルを服用し、生理をずらそうとしました。
しかし、副作用とみられる症状などから、うまく力を発揮することができなかったといいます。
伊藤華英さん
「大きな舞台で力を発揮することができなかった、というところがずっとありました。ピルが悪いのではなく、自分自身に知識がなかったことを後悔したんですよね。ピルの服用は初めてでしたが、例えば、低用量ピルを試したり、もっと長い時間をかけて生理周期のコントロールをしたりすれば、違ったのではないかと」

生理の悩みは我慢しなくていい

伊藤さんは先月、桐蔭横浜大学のおよそ90人の学生にオンラインで特別講義を行いました。
参加した学生のおよそ7割を占めたのは、男子学生です。
伊藤さんは、北京オリンピックの体験などを紹介したうえで「私は月経前症候群=PMSで、とても悩みました。生理前になると落ち込んだり、イライラして不安な気持ちになったりしましたが、自分のメンタルが弱いせいだ、全部自分のせいだと思っていました」と打ち明け、生理に関する悩みは我慢しなくてはいけないことではなく、気軽に相談できる環境が必要だと訴えました。
男子学生
「生理前のイライラや、気持ちの理解とか、日常でのサポートをすることが大切なのかなと学びました」
柔道部の女子学生
「生理の話を恥ずかしいとか、男性は聞いちゃいけないと思ってしまうと思うが、そういうものではなくて、男性も女性も、お互いが理解し合うことが大事なんだと思いました」
伊藤華英さん
「若いアスリートと話すと、意外と生理のことを知らないと感じています。自分の生理周期を理解して、この時期はしんどい、この時期はこういうことが起きるんだということがわかれば、周囲にも不調を伝えやすくなると思います。生理の知識を身につけることは、自分自身に責任を持って、自分の体を大切にすることにつながると思っています」

10代で骨粗しょう症!?

伊藤さんとプロジェクトに参加している東京大学医学部附属病院「女性アスリート外来」の能瀬さやか医師は、10代の若い世代に警鐘を鳴らしています。
診察室には、トップアスリートから部活動に打ち込む中高生まで、幅広い選手がさまざまな悩みを抱えて訪れます。このうち、いちばん多いのは、3か月以上生理がない無月経の相談。
能瀬医師は、長期間、無月経が続くと10代でも骨粗しょう症になるリスクもあるといいます。

骨が最も成長するのは、思春期から20代までと限られています。女性の場合、11~14歳に骨密度の年間増加量がもっとも大きく、20歳ごろにピークを迎えます。
ところが、無月経になると、骨の成長に欠かせない女性ホルモンの値が下がります。
10代で無月経が長期間続くと、最大骨量が低い値にとどまるため骨粗しょう症になってしまい、さらに、疲労骨折が起きるおそれも高くなると能瀬医師は指摘しています。
能瀬さやか医師
「無月経の多くは、運動量に対して食事量が少ない、エネルギー不足の状態になっていることが原因で、特に10代の成長期は、過度な減量を強いないことがいちばん重要です。記録を出そうと無理な減量をして低体重や無月経になってしまった中高生の選手は、本当に多いです。そして疲労骨折を繰り返してしまい、長期的に競技を続けることができなくなった選手も多い。10代は成長期で、長期的な視点で指導することが必要です」
無月経を長期間にわたって放置すると、うつ傾向のほか、不妊など将来的にもリスクを抱える可能性があるといいます。

能瀬医師に気をつけたいことを教えてもらいました。
▽運動量に見合った食事をきちんととる
▽基礎体温と月経を記録する
▽過度な減量をしない成長期は年1回、体重がきちんと増えているか記録する
能瀬さやか医師
「周囲が話しやすい環境作りを作ることも必要だと思いますが、自分の体のことなので、10代から正しい知識を身につけて、異変に気付いたら自分から周囲の大人に伝えられる自立した女性になってほしいです」

自分の未来を守って

無月経だったことを打ち明けた、千葉さん。
それは、小学4年生になった長女の存在が大きかったといいます。
千葉真子さん
「娘を守りたい。そして、自分と同じような思いをさせたくない、と思いました。でも娘だけを守ればいいのか。いや、そうではないだろうと。これから生理を迎える女の子たちすべてに、自分や家族の未来を守ってほしいと思いました」
そして10代の若い世代に伝えたいことを聞くと、次のように話してくれました。
千葉さん
「私が現役の時にはスマートフォンなんてものはなくて、まず情報を得るところがありませんでした。そのなかでいろいろな失敗を積み重ねてしまったのかなと思います。今の世代の人たちには、情報をうまく活用して、自分の未来を守ってほしい」
スポーツニュース部
松山 翔平
スポーツ新聞社の営業職から2010年に入局
大分・千葉・広島局を経て現所属
スポーツ庁やアーバンスポーツなどを担当