驚きの“微生物パワー” ものづくりを変える?!

驚きの“微生物パワー” ものづくりを変える?!
土の中に普通に存在しているというある“微生物”が、にわかに注目されています。
驚くべき特性をもつとされる、この微生物。ものづくりのあり方を変える可能性を秘めているだけでなく、脱炭素社会の実現に向けたカギも握っているというのです。
いったい何がすごいのでしょうか?
(経済部記者 野中夕加)

脱プラ支える“微生物”

いま、注目されているのがこちらの微生物、名前を「水素細菌」といいます。
大きさは0.002ミリほどで、一般的に土の中に存在しています。
この微生物に注目し、およそ30年にわたって研究開発を続けてきたのが、化学メーカーの「カネカ」です。

この会社では、いま、微生物を使って特殊なプラスチックをつくる事業を本格化させています。
水素細菌は、エサとなる「植物油」を食べさせて培養します。

たっぷり栄養を蓄えさせたあと、その栄養分だけを取り出して、特殊なプラスチックへと加工し、ナイフやフォークなどの原材料として使用するのです。

自然界に存在する微生物から作り出しているため、作られた製品は海水などで分解されます。
時間の経過とともに形がなくなっていくため、石油が原料となる従来のプラスチックと比べると、環境負荷が少ないのが特徴です。

ことし4月に「プラスチック資源循環法」が施行され、使い捨てのプラスチック製品を大量に提供する事業者に、対策が義務づけられる中、外食業界や大手コンビニエンスストア、それに化粧品メーカーなどで導入が進んでいるということです。

あの大手コーヒーチェーンも採用

採用を決めた企業の1つが、大手コーヒーチェーンの「スターバックス コーヒー ジャパン」です。
ことし3月から持ち帰り用のスプーンやナイフなど、カトラリーに使っています。
スターバックス コーヒー ジャパン 古川大輔さん
「以前は化石燃料由来の素材を使っていましたが、できるだけ植物由来のものに変えていこうということで変更しました。100%植物由来であることと、生分解性の要素を併せ持つことが、素材の観点で非常に環境貢献度が高いと評価しました。従来のものと遜色のない使用感でお客様にも受け入れてもらっています」
この会社が、水素細菌から作った特殊なプラスチックの研究開発を始めたのはおよそ30年前。

当時は、試験管の中でわずかな量のものができるだけでしたが、技術の進化や導入する企業が広がったことで、今では年間5000トンを生産できるまでになりました。
今後は生産能力をさらに増強させ、需要が見込まれるヨーロッパなどでの現地生産も検討しているということです。
カネカ 角倉護上級執行役員
「生産性が飛躍的に高くなってきたことで、コストも従来のプラスチックと遜色ないレベルまできています。世界中で使い捨てプラスチックはやめようという機運が高まっている中で、われわれの技術の需要が一気に広がった。今後バイオの力を使ったものづくりはますます活発になり、大きなトレンドになっていくと思います」

二酸化炭素を食べる?

水素細菌は、もう1つ、驚くべき特性をもっています。

“二酸化炭素を食べる”のです。

アメリカの研究者によるある試算によると、サトウキビが光合成によって吸収する二酸化炭素の量と比較すると、水素細菌は65倍もの二酸化炭素を取り込めるといいます。
会社では、水素細菌に植物油の代わりに二酸化炭素をエサとして与えれば、地球温暖化の要因とされ、“やっかいもの”扱いの二酸化炭素の排出量の削減にもつながるのではないかと期待しています。

二酸化炭素を食べた水素細菌から作ったプラスチックの実用化も目指しています。
カネカ 角倉護上級執行役員
「研究所レベルでは植物油から作ったものと全く同じ素材ができると確認できています。何千トン何万トンというレベルに仕上げていかないといけないので、量産化と生産性の向上を早く解決して、実際のものづくりをスタートしたい」

プラスチック以外も作り出せる?

二酸化炭素を食べる水素細菌については、国内外の大学やスタートアップ企業でも研究が進められています。

その1つが、神戸大学です。
この分野を研究する近藤昭彦副学長は、水素細菌は、バイオテクノロジーによって、ものづくりに変革をもたらす、いわば「切り札」になると期待を寄せています。

バイオ技術を駆使すれば、プラスチックだけでなく、繊維や食料、燃料などまで微生物から作り出せる可能性があるというのです。

ただ、この分野でもすでに海外勢との開発競争は活発になっていて、アメリカや中国ではスタートアップ企業に対する投資が拡大しているとのことです。
近藤副学長は、実用化に向けては、ロボットなども使って大規模に微生物を培養できるよう自動化を進めたり、AIなども活用して開発期間の短縮を目指したりするようなスタートアップ企業の育成が、今こそ日本には必要だと強調します。
神戸大学 近藤昭彦副学長
「微生物に二酸化炭素を食べさせたら、いろいろなものづくりができるということは非常に画期的、革新的だと思いますし、新たな産業も生まれます。そのような意味で、社会課題の解決と経済成長の二兎を追える技術なんです。資源の少ない日本だからこそ、水素細菌を使って二酸化炭素からのものづくりを進めるべきだと思います」

開発競争 勝ち抜けるか

多くの二酸化炭素を排出し、その対応に悩む産業界にとって、二酸化炭素を食べる微生物から作った製品が量産できたら夢のような話です。
ただ、実用化に向けた海外との競争はすでに始まっています。

官も民も最先端の研究に投資を振り向けて、脱炭素に向けた社会変革へとつなげることが出来るのか。

この分野は試金石の1つになりそうです。
経済部記者
野中夕加
2010年入局
松江局、広島局、首都圏局を経て現所属
現在、経済産業省を担当