歴史は終わらなかった?フランシス・フクヤマが語る「2.24後」

歴史は終わらなかった?フランシス・フクヤマが語る「2.24後」
冷戦終結の後、著作「歴史の終わり」で、政治制度の最終形態は自由民主主義であり、それが広がれば安定した政治体制が作られて歴史は終わる、と発表して注目を浴びたアメリカ・スタンフォード大学の政治学者、フランシス・フクヤマ氏。
「歴史の終わり」の出版から30年。しかし、世界はその後、想定もしていなかったさまざまな波乱に見舞われ、民主主義の力が失われつつある時代に突入しています。

なぜこうした事態が起きているのか?そして、ロシアがウクライナ侵攻を開始した2月24日以降の世界はどうなっていくのか?先月、オンラインでフクヤマ氏にインタビューしました。
(NHKスペシャル「混迷の世紀 取材班」)

「プーチンの戦争」 歴史は終わらなかったのか?

Q.
プーチン大統領がしていることは、冷戦後の国際秩序に対する挑戦ともいえると思います。あなたは「歴史の終わり」で民主主義が世界に広がっていくと記しましたが、歴史は終わらなかったのでしょうか?
フランシス・フクヤマ氏
その答えは、今回の戦争の結果がどのようなものになるかにかかっています。
プーチン大統領がウクライナの大部分を掌握することになれば「権威主義的な国家が残虐行為を通じて力を発揮することができる」ということが証明されてしまいます。それは今後にとって非常に悪い教訓になります。世界中の権威主義的な勢力が、隣国に対してどうふるまうべきか、ある種のモデルを与えることになるからです。
一方、ウクライナが、少なくとも2月24日以降に占領した領土からロシアを追い出すことができれば、民主主義が大きな道徳的な力を持っており、その力によって攻撃に抵抗できるということを証明できると思います。
今回の戦争で、NATOだけではなく日本や韓国を含む世界の民主主義国が驚くほどの団結を示していることに私は注目しています。

アメリカの衰退と民主主義の退潮

Q.
この先の行方は戦争の結果にかかっているという事ですね。
歴史の中の現在をとらえた時に、私たちはいま冷戦後の世界を生きていると思いますか?それとも新たな冷戦の始まりを見ているのでしょうか?
フクヤマ氏
私たちは移行期のただ中にいると思います。
冷戦後はアメリカのパワーに支配されていた時代だったと思いますが、今、振り子は逆方向に振れていて、中国やロシアに代表される権威主義的な政府が力をつけています。
その一因は、近年、アメリカや他の民主主義国が多くの失敗を犯したことにあります。イラク戦争などの外交政策の失敗、リーマンショックに端を発した金融危機による格差や不平等の拡大などがそうした事態を招いています。その結果、世界中の民主主義への支持と連帯を弱めているのです。
私はアメリカの国内問題が、民主主義にとって最も大きな脅威の1つになっていると考えています。ポピュリズムが台頭し、リベラルを支持する人とそうでない人たちの間では分断が激しくなっており、アメリカ政府は首尾一貫した政策をとれなくなっています。そのため国際的な役割を果たせなくなっているのです。
いま世界では、いくつかの異なる要因が同時に起こっています。
ロシアと中国は権力を強固にして、権威主義的な政治の在り方を他の国に広めてきました。それによって、民主主義社会の中でもポピュリスト運動の高まりがおきていると思います。
ハンガリー、ポーランド、インド、トルコなど、世界の多くの地域で、ポピュリストの政治家が、権力を使って自国の自由主義的な制度、法の支配などを弱体化させています。
そして、残念ながらそうしたことは、自由民主主義の中心だったアメリカ国内でも起きています。今ではアメリカ国民の多くが、自由や民主主義の原則を信じなくなっています。これまでアメリカは、民主主義国の代表として自分たちが成功した政治・経済体制である、つまり手本であるということを示すことを武器に、外交を進めてきました。
世界の間で、そのような認識が薄れるにつれて、他の国々の間で民主主義への期待が弱まることになるのは当然なのです。

中国の台頭と権威主義の広がり

フクヤマ氏
いま、世界には民主主義の国々と権威主義的な傾向がある国々の間に事実上の分断があるように思えます。アメリカと中国が、それぞれの政治体制の代表です。両国は協力しようとすることもできますが、基本的な価値観の分断があるために、協力できる範囲は制限されるでしょう。

私の中国に対する見方は、この30年で大きく変わりました。2013年に習近平氏が国家主席になったとき、彼が中国の政治の方向性を大きく変えました。中国の独裁体制が強化され、中国の人たちの個人の自由が大幅に低下しました。中国はハードパワーとソフトパワーの両方を通じて世界に影響を及ぼしています。ハードパワーの面では、中国が推し進める経済圏構想「※一帯一路」が、重要な外交政策のプラットフォームです。この一帯一路によって多くの発展途上国を友好国にしており、それらの国々に影響力を発揮できるようになっています。

また中国は、アメリカのようにソフトパワーも持っています。今から15年~20年前に中国からアメリカの私の研究室に来た中国人の学生のほとんどが、中国を最終的にはアメリカのようにしたい、民主主義国家にしたいと言っていたのを覚えています。しかし最近ではそうした中国人はほとんどいません。彼らは自分たちのシステムのほうが優れていると考えています。そして、中国がアメリカのようになることを望んでいないのです。
※一帯一路…習近平国家主席が打ち出した経済圏構想。アジアとヨーロッパを陸路と海上航路でつなぐ物流ルートを作り、貿易を活発化させ、経済成長につなげる。
Q.
中国は世界の自由民主主義への脅威になると思いますか?
フクヤマ氏
すでに脅威になっています。中国は1997年に、英国が香港を返還するための条件として香港の政治体制を尊重することを約束しましたが、新型コロナのパンデミックの最中に、彼らは実質的にそれらの約束を撤回する香港国家安全維持法を施行しました。
そして今、もともと香港は非常に自由な社会であったのに、独裁を押しつけています。香港の民主化運動の指導者の多くを逮捕し、他の多くの人々を海外に逃亡させました。そして、中国は台湾に対しても同様のことをしようと考えていると思います。

2.24後の世界 どこへ向かうのか?

Q.
この先、権威主義はさらに広がり、民主主義は衰退してくのでしょうか?世界の見通しをどう考えますか?
フクヤマ氏
アメリカの民主主義が衰退してきている中で、中国とロシアは自分たちが提示するシナリオを世界に浸透させてきています。アメリカに代表される民主主義は時代遅れであり、将来を担うのは自分たちであるというシナリオです。
そうした中で、ロシアのウクライナ侵攻は、権威主義的な意思決定が大惨事につながる可能性があることを示したという意味で、重要な教訓になっていると思います。何万人もの人々の死と無意味な破壊、そして人間の自由と命の完全な喪失を招いてしまう可能性が明らかになったのです。
民主主義国の人々は、権威主義はそのような重大な結果を招く可能性があることを、再認識する必要があると思います。
Q.
今後の世界はどうなるのでしょうか?私たちは今後も民主主義を享受できるのでしょうか?
フランシス・フクヤマ氏
率直に言って、それは私たちが今日、そして将来に下す決定にかかっています。
民主主義的か権威主義的か、どちらの方向に進んでいくかということは、リーダーや有権者、社会が下す決定にかかっています。そして、その決定がどのように行われるかによって、世界の状況は大きく変わる可能性があると思います。
ですから、世界をより民主的でより自由な方向に導くことができるかどうかは、私たちにかかっているのです。
これからはかつてない地球規模の課題に直面する世紀になります。気候変動は各国の政治に影響を与えるでしょう。アフリカ、インドをはじめ大きな影響を受ける地域で、数多くの難民や移民が生まれることにつながりかねません。
こうした逃れられない課題に対して、新たな解決策が求められる世紀になるのです。