オルバン首相 再選の背景に迫る

オルバン首相 再選の背景に迫る
ロシアによるウクライナ侵攻から1か月余りが経った4月上旬。“ロシア非難”で結束していた欧州を揺るがす出来事が起きた。

EU(ヨーロッパ連合)加盟国の首脳の中でも、プーチン大統領と“最も親しい”といわれる、ハンガリーのオルバン・ビクトル首相が、議会選挙で圧勝し、再選を果たした。

プーチン大統領との親密な関係が逆風になるのではないかという当初の予想を覆し、その強さを見せつけたのだ。
2月24日以降も、軍事侵攻には反対の姿勢を示すものの、ロシア産の石油や天然ガスの禁輸制裁措置には反対するなど、“独自路線”をとるオルバン首相。

なぜ、多くの国民が、そうした人物を支持するのか?その深層に迫るため、私たちは現地へ向かうことにした。
(NHKスペシャル「混迷の世紀」取材班)

首都ブダペストで出会った“Z”を掲げた市民たち

私たちがハンガリーの首都ブダペストに降り立ったのは、6月上旬。

空港で合流した現地コーディネーターと、初日の取材内容について打ち合わせをしていた時のことだった。

「このあとウクライナ大使館の前で集会があるけど、行ってみないか?」

ウクライナを支持する集会だろうか。

詳しいことはわからなかったが、とにかく現地の空気感を知りたいと、早速向かうことにした。

そこで私たちが目にしたのは、驚きの光景だった。

“Z”と書かれたTシャツを着た極右団体が、ウクライナ大使館の周りを取り囲み、ロシアによる軍事侵攻を支持する演説を繰り広げていたのだ。
極右団体の演説
「ウクライナは世界の中心ではない。謙虚に振る舞い、何が戦争を引き起こしたのか考えるべきだ」

「ウクライナ人は、我々が彼らの味方をしないことを非難するが、我々を戦争に巻き込むな。自分たちでまいた種は自分たちで摘み取れ」

オルバン首相の“独自路線”を支持する声

こうした中、オルバン首相の“独自路線”を支持する声が広がっている。

いったいなぜなのか。

私たちは、4月の議会選挙でオルバン首相率いる与党「フィデス」に投票したという市民に話を聞くことにした。
訪ねたのは、ウクライナとの国境に近い村できゅうり農家を営むトート・マーリアさん。

自らの収入で、家族5人を養っているという。

「なぜオルバン首相を支持しているのか」

そう尋ねる私たちに、トートさんが取り出して見せたのは、電気代の明細だった。
トート・マーリアさん
「オルバン政権のエネルギー政策のおかげで、これまで通りの料金で済んでいます。野党が勝っていたら、値上がりどころではなかったかもしれません」
トートさんが期待をかけているのが、オルバン政権が打ち出している独自のエネルギー政策だ。

実は、今年2月、各国がロシアの動きを警戒する中、モスクワを訪問し、プーチン大統領と会談を行っていたオルバン首相。

この時、合意を取りつけていたのが、2035年までの天然ガスの安定的な供給についてだった。
現在、EU加盟国の多くが、ロシアから石油や天然ガスの供給を大幅に減らされ、価格の高騰に喘いでいるが、ハンガリーは、いまも変わらず供給を受けられているという。
トートさん
「オルバン首相は、国民に戦争の影響が及ばないよう、最大限の努力をしてくれています。戦争の影響を最も受けるのは、貧困層です。私たちは農業をしていますが、肥料や農薬が値上がりし、食料も軒並み値上がりしました。

ウクライナの方たちには同情しますが、やはり何より大切なのは自分や家族の生活です。人道主義だけで家族を食べさせることはできません」

“ハンガリー車以外お断り” 深まるEUとの分断

ロシアと良好な関係を維持することで、エネルギー価格の上昇を抑えることに成功しているハンガリー。

EUとの間には亀裂が生じ始めていた。

給油のため、市内のガソリンスタンドに立ち寄った時のこと。

レジでは、客が、何かを提示しているようだった。
ディレクター「何を見せていたんですか?」

客「車検証を見せないといけないんだ。ハンガリーナンバーなのか、外国ナンバーなのかを判別するために。重要なのは、ハンガリーナンバーの車には割り引きが適用されていることだよ」
実は、2月24日以降、ハンガリーのガソリンスタンドには、少しでも安くガソリンを入れたいと、周辺国から給油に訪れる客が殺到する事態になっていた。

これを受けて、政府は「外国ナンバーの車両からは別料金を徴収する」と発表。

一方のEUは「人や物が自由に移動できるというEUの規則に反している」と批判するなど、対立が生じているのだ。

1リットルあたりのレギュラーガソリンの価格は、ハンガリーナンバーなら480フォリント(約173円)だが、外国ナンバーなら768フォリント(約276円)と、その差は100円以上(6月11日時点)。

この日出会ったスロバキアナンバーの客は、複雑な思いを語ってくれた。
スロバキアナンバーの客
「ハンガリー国民を守るためだとわかっているので、受け入れるしかありません。ただ、EUの加盟国同士なのですから、もう少し協力し合えるといいのですが…」

強権化を進めるオルバン首相

自国第一主義を掲げて、国民の支持を集めるオルバン首相。

しかし、その影では強権化を進めているといわれている。

その一つが、メディアへの介入だ。

訪ねたのは、ハンガリー最大の独立系オンラインメディア「インデックス」の元編集長ドゥル・サボルチさん。

政権批判を恐れず、オルバン首相とも対峙してきたが、おととし、突如解任に追い込まれた。
ドゥル・サボルチさん
「突然、外部の顧問から、編集部門の組織改革を行うと告げられました。編集スタッフを切り離し、外部に委託すると言ったのです。現在、オルバン政権は、戦略的に政権寄りのメディアの数を増やしています。この国の報道の自由は、急速に失われつつあります」
メディアの実態を調査するNGOの分析では、いまや報道機関の約8割がオルバン首相に近い実業家などに経営資本を押さえられているという。

“プロパガンダはやむを得ない” 失われつつある報道の自由

この日は「オルバン政権下のメディア」をテーマにした討論会に参加するというドゥルさん。

私たちも同行させてもらうことにした。
まず、話題に上がったのは、オルバン政権下ではメディアの独立性が保たれているかどうか。

すると、ある政治雑誌の編集長が「プロパガンダはやむを得ない」と、自らの考えを述べ始めた。
政治雑誌の編集長
「この中には、政治の影響を受けていないという人がいますが、それは自己欺瞞です。私は長年この仕事をしてきたので、読者が何を求めているか知っています。大多数の人々は、メディアを通して事実を知りたいのではありません。自らが票を投じた政権が“支持するに値するのか”を、確かめたいのです」
これに対して、反論するドゥルさん。
ドゥル・サボルチさん
「読者が読みたいものばかりを伝えるのが、メディアの役割ではありません。我々の読者の大多数は野党の支持者ですが、我々は野党の問題点にも言及します。客観的な事実を伝えることが、大事なのではありませんか?」
結局、議論は平行線のまま終了した。

独自路線の背景にあるEUへの失望

なぜ、自由や民主主義を掲げるEU加盟国でありながら、メディアへの締め付けや、“反移民・難民”の姿勢を打ち出すなど、EUの価値観に挑戦するのか?その背景に何があるのか?

長年、オルバン首相を支持しているという市民への取材から、その一端が見えてきた。
ぶどう農家のセチュクー・フェレンツさんが話し始めたのは、ハンガリーがまだ社会主義政権下にあった1980年代のこと。

民主化し、西側諸国の一員になれば、同じ豊かさを享受できると信じていたという。
セチュクー・フェレンツさん
「当時、私は小さな子どもでしたが、父と一緒に西側のラジオを盗み聞きするのを楽しみにしていました。そして、夢を見ていました。20~30年たてば、この国も西ヨーロッパのようになると信じていたのです」
1989年に悲願の民主化を果たしたハンガリーは、2004年にEUにも加盟。

しかし、現実は思い描いていたようなものではなかった。

それまで経験したことがなかった市場の競争にさらされ、自分たちのぶどうが安く買い叩かれるようになったという。
セチュクー・フェレンツさん
「市場はイタリア産やスペイン産など、西ヨーロッパの商品であふれ返っています。取引を握っているのは、外資系の大企業だけですが、彼らが求めているのはハンガリー産の商品ではありません。私は、ただ平等に扱ってもらえることを望んでいただけなのに、結局ただの生産工場になってしまいました」
EUに加盟しても、経済格差が埋まらない現実。

市民への取材を続けると、フェレンツさんのように、かつて抱いたEUへの憧れが、失望へと変わった人が少なくないことが分かってきた。

そうした人々の多くが、EUが掲げる価値観に挑戦し、“国益”を重視した独自路線を打ち出しているオルバン首相に期待を寄せているのだと感じた。

世界の潮流を理解するために

ハンガリーでの取材最終日。

ブダペストの中心部で私たちは1枚の旗を目にした。

中央の焼かれた部分には、旧ソビエトの国章が描かれていたそうだが、民主化を求める市民たちが、抵抗の印として燃やしたという。
かつては、自由と平等を求め、旧ソビエトなど大国の支配からの脱却を目指していたハンガリーの人々。

その彼らが、いま「自由よりも毎日の生活だ」と口にし、独自路線をとるオルバン首相を支持する姿を見て、この数十年の間に彼らに何が起きたのかを、もっと知りたいと強く感じるようになった。

それを知ることこそが、現在、世界各地で、欧米型の民主主義に背を背ける国が増えている背景を少しでも理解することにつながると考えたからだ。

冷戦後、平和と繁栄を求めて急速に成長を遂げてきた世界。

その影で、ハンガリーの人々がどのような人生を歩んできたのか、より深く取材をしていきたいと考えている。
社会番組部ディレクター
吉岡芙由紀
2012年入局
金沢局、名古屋局、国際番組部などを経て去年から現所属
東欧やアジアなどで国際情勢を取材